FMシンセの深層解説:原理・歴史・音作りの実践テクニック
FMシンセとは何か
FMシンセ(Frequency Modulation synthesis、周波数変調合成)は、ある音信号(キャリア)の周波数を別の信号(モジュレーター)で変調することで複雑な倍音構造を生成する音響合成手法です。1970年代にジョン・チョーニング(John Chowning)が研究を進め、デジタル実装や商用機器として広まったことで、電子音楽やポップスの音色設計に大きな影響を与えました。代表的な商用機器としてはヤマハのDX7(1983年発売)があり、エレクトリックピアノやベル音、金属的なパーカッション音などが得意です。
歴史的背景と発展
FM合成の理論的基礎はジョン・チョーニングが1970年代初頭に発表した研究にあります。チョーニングは周波数変調によって非常に複雑で豊かなスペクトルを生成できることを示し、スタンフォード大学のCCRMA(Center for Computer Research in Music and Acoustics)を通じて学術界で評価されました。その後、チョーニングの技術はヤマハにライセンスされ、ヤマハがDSPベースで実装したFM合成(商業的には“FM”として知られる)がDX7などのヒット製品を生み出し、1980年代の音楽サウンドを特徴づけました。
基本原理 — キャリア、モジュレーター、変調指数
FM合成の核心は以下の要素です。
- キャリア(carrier): 出力に直接寄与する発振器。基本周波数を持つ。
- モジュレーター(modulator): キャリアの周波数を変化させる信号源。正弦波がよく用いられる。
- 変調指数(modulation index): モジュレーション深度に相当し、生成される側波帯(サイドバンド)の振幅分布を決定する重要なパラメータ。
単純な例では、キャリア周波数fcにモジュレータ周波数fmと変調指数Iを与えると、出力スペクトルにはfcを中心としてfc ± n·fm(nは整数)のサイドバンドが現れます。これらの成分の振幅はベッセル関数(J_n(I))に従います。変調指数を増やすほどスペクトルは広がり、高次のサイドバンドが強くなります。
比率(ratio)と音色設計
キャリアとモジュレーターの周波数比(比率)は音色の“調和性”に直結します。整数比(例:1:2, 1:3)はより調和的で倍音的な音を生み、非整数比(例:1:1.414)は非調和で金属的、ベルのような音を作ります。これを利用して、鐘や金属的なパーカッション、FMエレピ等の独特な音色が設計されます。
アルゴリズムとオペレータ構造
商用のFMシンセは複数のオペレーター(単純な発振器+包絡)を組み合わせて複雑なネットワークを構成します。ヤマハDX7は6オペレータを持ち、32種類のアルゴリズム(接続パターン)でキャリア/モジュレーターの組み合わせを定義できます。オペレーター同士を直列に繋げて深い変調を作る、並列に置いて複数のキャリアを合成する、フィードバック経路を設けてノイズ的なエッジを作るなど、設計の幅は広いです。
包絡と表現性
FMは単にスペクトルを作るだけでなく、各オペレーターに独立した包絡(ADSR)を与えることで時間変化するスペクトルを作り出します。例えばモジュレーターの包絡を短くしてアタック時に強く変調させ、持続では変調を弱めると、打鍵時にだけ金属的倍音が現れるベル音ができます。DX7ではピッチエンベロープやモジュレーション感度、キーアサインやベロシティによる影響も細かく設定でき、演奏表現が豊かになります。
デジタル実装の注意点:FMと位相変調(PM)の違い
理論的にはFMは振動子の瞬時周波数を変調するものですが、デジタルシンセサイザーの実装では位相加算により実効的に同様の効果が得られるため、しばしば「位相変調(Phase Modulation, PM)」の形で実装されます。ヤマハのDXシリーズは内部で位相を直接変調する方式(PM)を採用しており、それでも音響的にはFMの多くの特性を再現します。学術的な区別はあるものの、実務上は“FM音源”として扱われています。
FM合成の長所と短所
- 長所: 少ないオシレーター数で非常に複雑なスペクトルを生成できる。クリスプで透き通った高調波音や金属的な音、独特な電気ピアノ音の再現に優れる。デジタルで効率的に実装可能。
- 短所: パラメータの直感性が低く、プログラミングが難しい。エディットは抽象的で、結果を得るまで試行錯誤が必要になることが多い。
代表的な機材とソフトウェア
- ハードウェア: Yamaha DX7, DX100, TX81Z, Korg Volca FM, Yamaha Montage/ModX系のFMエンジンなど。
- ソフトウェア: Native Instruments FM8, Arturia DX7V, Ableton Operator, Yamaha VSTi(Yamahaのエミュレーション)など。
実践的な音作りテクニック
ここでは基本的なパッチ作成手順を示します。ベル音を例に取ります。
- ステップ1 — ベース設定: キャリア(C)とモジュレーター(M)を用意。Cの周波数を基準に、Mは非整数比(例:fm=1.41×fc)に設定。
- ステップ2 — 変調指数: アタック時のみ高い変調指数にし、減衰させる。これにより打撃感と倍音の減衰が表現できる。
- ステップ3 — 包絡の整形: Cの持続(sustain)は低く、Mのアタックを鋭くして瞬間的な倍音増加を作る。
- ステップ4 — フィードバック: 必要ならモジュレーターのフィードバックを弱く加えて金属のざらつきやノイズ成分を追加する。
- ステップ5 — 複数のアルゴリズム: 他のオペレーターを並列キャリアとして重ね、位相や微小デチューンで厚みを出す。
モダンな活用例とハイブリッド設計
近年はFM単体だけでなく、サブトラクティブ(フィルター)やサンプル再生(PCM)と組み合わせたハイブリッド音源が増えています。例えばヤマハのシンセサイザーの一部はAFM(Advanced FM)とPCM波形を組み合わせ、よりリッチな表現を可能にしています。またDAW内のFMプラグインはマクロや視覚的な表示を提供しており、従来の「難しい」印象を和らげています。
プログラミングのコツと学習法
FMを学ぶ際のコツは「少ない要素で試す」ことです。まずは1つのキャリアと1つのモジュレーター(1オペレータ対1オペレータ)で比率と変調指数を動かし、スペクトルの変化を耳で追いましょう。次に包絡を加え、時間変化を観察します。そしてオペレーターを1つずつ増やしてアルゴリズムの効果を確認します。視覚的なスペクトラムアナライザや確かな参考パッチを比較するのも有益です。
まとめ
FMシンセは少ないリソースで非常に多彩な音色を生み出せる強力な技術です。理論的にはベッセル関数や周波数比など数学的な側面がありますが、実務では耳で確かめながら比率、変調指数、包絡を調整することが鍵になります。DX7に代表される歴史的背景とモダンなソフト/ハードの両面を理解すると、FMの持つ表現力を最大限に引き出せます。
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参考文献
- John Chowning, "The Synthesis of Complex Audio Spectra by Means of Frequency Modulation" (論文、CCRMAアーカイブ)
- Wikipedia: Frequency modulation synthesis
- Wikipedia: Yamaha DX7
- Sound On Sound: Articles on the Yamaha DX7 and FM synthesis
- Native Instruments: FM8 (製品ページ・参考資料)
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