エアハンドリングユニット(AHU)完全ガイド:設計・運用・省エネ・保守のポイント
はじめに:AHUの重要性
エアハンドリングユニット(Air Handling Unit:AHU)は、建築物の空調設備の中核を担う機器です。空気の供給・ろ過・加熱・冷却・加湿・除湿・再循環・排気といった一連の空気処理を一元的に行うため、居住性、作業環境、感染対策、エネルギー効率に大きな影響を与えます。本コラムではAHUの構成要素、設計上の留意点、エネルギー対策、運転・保守、規格・試験、トラブルシューティングまで、実務で役立つ観点を中心に詳説します。
AHUの基本構成と主要機能
- ファン(送風機): 遠心ファン(後傾・前傾羽根)、軸流ファン、EC(電子制御)ファンなど。圧力と風量を供給し、ダクト系統全体の静圧に合わせて設計する。
- フィルター: プレフィルター(粗じん)、中性能フィルター、最終フィルター、必要に応じてHEPA。ISO 16890、EN 1822、ASHRAE 52.2などの規格に基づく選定が必要。
- 加熱・冷却コイル: 冷水コイル(チラーと接続)、蒸気または温水コイル、DX(直接膨張)コイルなど。凝縮水の処理や凍結防止、コイルの圧力損失も設計に含める。
- 加湿器/除湿器: 蒸気加湿器、電気式、超音波、吸収式除湿機など。衛生管理(菌・スケール防止)と水処理が重要。
- 混合ボックス・ダンパー: 外気と還気を混合するためのダンパー。エコノマイザとしての運用や非常時の排煙連動も考慮。
- エネルギー回収装置: エンタルピー回収ホイール(ロータリー)、プレート式熱交換器、ランアラウンドコイルなど。
- ドレンパン・トラップ: 凝縮水の回収と排水、安全スイッチやオーバーフロー検知の設置。
- ケース・断熱: 二重壁パネル、ガスケット、保温・耐食処理。
- 制御系: 風量制御(VFD)、温度・湿度・差圧センサー、BMS(ビル管理システム)連携。
AHUの種類と配置
- 据置型(ビル内設置): 機械室内に設置してダクトで分送。メンテナンス性に優れ、防音処理もしやすい。
- 屋上設置型(Rooftop Unit): 屋上に設置し各階へダクト供給。省スペースだが防水・防振・凍結対策が必要。
- パッケージ型/モジュラー型: 工場出荷時にユニット化。現場工数を削減できる。
- 専用用途ユニット: クリーンルーム、病院用(陰圧/陽圧管理・HEPA搭載)、データセンター用など。
設計上の主要考慮点
AHU設計は空気質(IAQ: Indoor Air Quality)、熱負荷、風量、圧力損失、騒音、維持管理性、初期投資と運転費用のバランスをとることが重要です。
- 換気量・換気率: ASHRAE 62.1などの基準に従い、用途別に必要な新鮮空気量を算定する。日本では用途別の行政ガイドラインや建築基準を参照する。
- 熱負荷と空気処理量: 熱負荷計算(透過熱、内部発熱、人・機器からの発熱)を基に風量を決定し、コイル能力を選定。
- 圧力損失の管理: フィルター、コイル、ダンパー、ダクト抵抗を合算し、ファン選定時に余裕を持たせる。高効率フィルターは圧力損失が増えるため、送風エネルギーを見積もる。
- 騒音・振動: ファン選定、吸音材の配置、ダンパーやアイソレーターによる振動伝達防止を検討。
- 保守性: フィルターハッチ、コイルの清掃性、点検スペース、フィルター交換の経路確保。
- 安全: 火災時ダンパー、煙感知器連動、ドレンオーバーフロー検知、アース・電気的保護。
フィルター選定と室内空気質(IAQ)管理
近年、感染対策・健康配慮からフィルター選定は重要性を増しています。ISO 16890が粒子捕集効率の国際標準となり、ePM1/ePM2.5/ePM10の評価軸を提供します。病院やクリーンルームではHEPA(EN 1822)を使用することが多く、一般商業施設ではePM1~ePM10クラスの中から設計換気量と圧力損失を勘案して選びます。
またUVGI(紫外線空気殺菌)や定期的なコイル・ダクト清掃、適切な湿度管理(一般に40〜60%を推奨)もIAQ改善に有効です。
エネルギー効率化の手法
- 可変風量制御(VFD/可変周波数ドライブ): 部分負荷運転で消費電力を削減。
- エネルギー回収: 熱回収ホイールやプレート熱交換器で外気導入時の負荷を低減。
- 高効率ファン・ECモーター: モーター効率向上でランニングコスト低減。
- デマンド制御換気(DCV): CO2センサー等で占有状況に応じた換気量調整。
- 運転最適化・BMS連携: スケジュール制御や季節・時間帯による最適化。
- 断熱と気密: ケーシングの断熱、ダクトの気密改善で損失を低減。
運転管理と保守(O&M)のポイント
AHUの寿命と性能維持は、適切な運転管理と定期保守に依存します。主な項目と一般的な頻度の目安は以下の通りですが、使用環境やメーカー推奨に従って調整してください。
- フィルター交換: プレフィルターは1〜3ヶ月、最終フィルターは3〜12ヶ月を目安に状態と圧力差を監視。
- コイル清掃: 年1回以上、汚染度によっては複数回。凝縮水による微生物増殖に注意。
- ファン点検: ベアリング、バランス、プーリ・ベルトの摩耗確認を年1回以上。
- ドレン排水確認: トラップ、排水ホース、オーバーフロー検知を定期点検。
- センサー校正: 温湿度・差圧・流量センサーの定期校正。
- 制御ソフトの監査: 運転ログの監視、異常時のアラーム設定。
- 清掃・衛生対策: ドレンパン、ダクト内、吸気口の清掃、必要に応じて消毒。
試験・調整(Commissioning)と性能検証
新設や改修後は必ずコミッショニングを実施し、設計風量・温湿度制御・圧力関係・振動・騒音が設計値を満たすか確認します。代表的な試験は以下の通りです。
- 風量測定(ピトー、バロメーター、トラップ測定)
- フィルター差圧測定
- コイルの冷暖房能力試験
- 断熱・気密試験(ダクトリークテスト)
- 振動・騒音測定
- BMS連携・制御ロジックの動作確認
法規・規格・ガイドライン
設計・運用で参照すべき主要な規格・ガイドラインには次のものがあります。地域や用途によっては追加の法規制があるため、適用範囲を確認してください。
- ASHRAE 62.1(換気の基準)
- ASHRAE 170(医療施設の換気基準)
- ISO 16890(空気ろ過の評価)
- EN 1822(HEPA/ULPAフィルターの性能規格)
- SMACNA(ダクト施工基準)
- 各国の建築基準法、衛生行政のガイドライン、メーカーの施工・保守マニュアル
よくあるトラブルと対処
- 風量不足: フィルター目詰まり、ダクト閉塞、ファン不具合、VFD設定ミス。差圧と電流値を確認。
- 異音・振動: インペラバランス不良、ベアリング摩耗、取付け不良。運転停止後点検。
- 室内のにおい・カビ臭: ドレンパン滞留、汚れたコイル、ダクト内汚染。清掃と殺菌対策。
- 凝露・凍結: コイル過冷却、断熱不足、外気導入の温湿度管理不良。凍結防止配管やバイパス制御。
- 過大なエネルギー消費: フィルター過負荷、不適切な運転スケジュール、VFD未導入。エネルギー監査で原因特定。
導入事例的視点(設計での工夫)
複数ゾーンを持つビルでは中央AHUと差圧管理、VAVシステムの組合せが一般的です。病院ではゾーン毎に陰圧/陽圧制御とHEPAを組み合わせ、データセンターでは温度管理を最優先に冗長性を持たせます。設計段階でメンテナンスパスの確保、将来の増風・フィルターランクアップを見越した空き容量の確保も重要です。
まとめ
AHUは単なる機械設備ではなく、建物全体の快適性・安全性・省エネ性を左右する重要装置です。設計では熱負荷・換気基準・圧力損失・騒音・保守性をバランスさせ、運用では適切なフィルター管理・清掃・制御最適化・定期点検を実施することが長期的な性能維持とコスト低減につながります。最新の規格や技術(ISO 16890、ECファン、熱回収技術、UVGIなど)を活用しつつ、現場の実態に即した設計・運用を心掛けてください。
参考文献
ASHRAE(American Society of Heating, Refrigerating and Air-Conditioning Engineers)
ISO 16890 — Air filters for general ventilation
CIBSE(Chartered Institution of Building Services Engineers)
SMACNA(Sheet Metal and Air Conditioning Contractors' National Association)
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