密閉型膨張タンクの設計・選定・維持管理ガイド:仕組みから計算・トラブル対策まで完全解説

はじめに:密閉型膨張タンクとは何か

密閉型膨張タンク(密閉膨張タンク、密閉型エキスパンションタンク)は、給湯・暖房・冷水循環などの密閉循環システムにおいて水の温度変化に伴う体積変化を吸収し、系統圧力の急激な上昇や弁類の作動を防止する装置です。開放型のベントタンクと異なり空気や外気と隔離された構造で、内部に気室と水室を分けるダイアフラムやブロアーを持つことが多く、酸素侵入を抑えることで配管・機器の腐食を低減します。

密閉型と開放型の比較

主な違いは空気の開放性と酸素管理です。開放型は屋外または屋上の露出タンクで常に大気と接しており、シンプルで初期費用が安価ですが、酸素や不純物が系に入るため腐食リスクが高く、スケジュール化された補給が必要です。密閉型はコンパクトで密封された設置が可能、酸素侵入が少なく長期にわたり安定した動作を実現しますが、適正なプレチャージ(初期空気圧)の管理やブリーザー故障時の点検が必要です。

構造と種類

  • ダイアフラム(隔膜)型:金属容器の内側にエラストマー製の隔膜を設け、ガス室と水室を完全に分離。メンテナンス性や信頼性が高く、住宅や業務用ボイラーで多用される。
  • ブレーダ(バッグ)型:袋状のブレーダが水を受ける方式。ダイアフラムと同様に水とガスは直接接触しないが、形状の違いにより設置方向や容量選定で選ばれる。
  • 金属エアクッション型(古典的):内部に空気層を残すタイプでダイアフラムを持たない。安価だが空気溶解や水logging(エア吸収)により性能が徐々に低下するため現代では限定的。

基本的な動作原理

密閉型膨張タンクは、冷温の静止状態であらかじめガス側に一定のプレチャージ圧力を設定しておきます。系統の水が加熱されると体積が膨張し、膨張分の水がタンク内の水室に流れ込みます。ガス室は圧縮されて圧力上昇を相殺し、系統圧力が設計圧力を超えないようにします。逆に冷却時には水が収縮してタンク内の水が系統に戻り、負圧やサイフォンの発生を防ぎます。

選び方と容量計算の考え方

膨張タンクの選定は、系の総水量、予想される温度上昇幅、系の最大許容圧力、初期充填圧(静水圧)などを踏まえて行います。一般的な考え方の流れは次の通りです。

  • 系の総水量を把握する。配管、ボイラー、貯湯槽、熱交換器などを含めた体積。
  • 温度上昇に伴う膨張率を決定する。水の体積膨張は温度により非線形だが、実務では温度差に応じた膨張率をメーカー資料や水の密度表から算出する。
  • 膨張量 Vexp を算出する。Vexp = Vsystem × Δ(体積割合)
  • 必要なタンク容量 Vt をガスの初期プレチャージ P0(ゲージ値)と系の最大運転圧 Pmax(ゲージ値)を用いて算出する。メーカーが示す標準式は絶対圧を用いた形に整えられているが、分かりやすい式の一例は以下のようになる。ここで Patm は大気圧(約1.013bar)。

必要タンク容積 Vt = Vexp / (1 - (P0 + Patm) / (Pmax + Patm))

この式はガスの圧縮比に基づき、初期ガス容量(=水が受容される準備のある空間)がどの程度必要かを示します。上式は理想気体的な近似で、多くのメーカーが同様の考えで機器容量を算出しています。

設計例(概算)

例:住宅用循環回路の系統総水量が200リットル、温度は20度から80度へ加熱するケースを考えます。密閉系での水の体積膨張率をこの温度差で約2.7%と見積もると、膨張量 Vexp は約5.4リットルになります。初期プレチャージ P0 を1.0bar、許容最大圧力 Pmax を3.0bar とした場合、上の式より

Vt = 5.4 / (1 - (1.0 + 1.013) / (3.0 + 1.013)) ≒ 10.8 リットル

したがって、標準サイズでは12リットル程度の膨張タンクが適合することが分かります。実際には安全余裕、配管損失、冷却時の戻りなどを考慮して、少し大きめの容量を採用することが一般的です。

プレチャージ圧の設定と点検

  • プレチャージ圧は基本的に系の静水圧(充填圧)と同じかやや低めに設定します。家庭用では一般に0.7~1.5bar程度が多いですが、系の設計圧力に合わせて調整します。
  • 点検はタンクが冷えて水が系に戻った状態で行い、ラジアルポートの圧力をデジタルゲージで測定します。
  • プレチャージが低下している場合はコンプレッサーやフットポンプで補充します。圧力を上げる前には必ず系統を減圧または水を抜いて水がタンクに入らない状態にしてから行います。

代表的な故障モードと兆候

  • ブレーダや隔膜の破断:隔膜が破れるとガス室と水室が混ざり、タンクが水で満たされて水logging状態になり、膨張吸収能が消失。兆候は圧力の急激な変動や安全弁の頻繁な作動。
  • プレチャージの低下:ゴムバルブの劣化や目視できない微小リークで低下。系圧の上昇が早くなる。
  • 内部腐食や外部の配管接続部の漏れ:設置環境や水質の影響で発生。
  • 不適切な選定:容量不足やプレチャージが系に合っていないため、運転中に圧力が設計値を越える。

維持管理の実務ポイント

  • 定期点検:年1回以上のプレチャージ圧確認と目視点検。圧力変動や安全弁の作動履歴を記録する。
  • 温水側の水質管理:電気伝導度や酸素濃度が高いと腐食が進むため、適切な薬剤管理や不凍液の濃度管理を行う。使用する不凍液や媒介流体とダイアフラムの相性を確認する。
  • 予防交換:ダイアフラムの寿命は素材や運用条件に左右されるが、10年を目安に点検強化または交換を検討する。
  • 非常時対応:安全弁が作動した場合は回路の圧力、膨張タンクの状態、充填圧を必ず確認する。安全弁が繰り返し作動する場合は膨張タンク故障が疑われる。

設置上の注意点

  • 設置場所はアクセスしやすく、配管は保温や凍結防止を考慮した位置にする。
  • 取り付け向きは製品仕様に従う。横置き対応のものと立て置き専用のものがある。
  • 配管接続にはバイパス弁やバルブを付け、タンク交換や点検時に系を停止させずに作業できるようにするのが望ましい。
  • 安全弁・圧力計・逆止弁等の補助機器は必ず併設し、系全体の安全設計を行う。

特殊用途と留意点

太陽熱温水や熱交換器を伴う系では温度変化幅が大きく膨張量が大きくなるため、タンク容量を大きめにとるか複数タンク併用を検討します。冷却システムでは温度差が小さい場合でも冷媒ではなく水系媒体が凍結や高粘度の不凍液を含む場合、ブロアー素材の耐薬品性を確認する必要があります。

規格・標準と安全性(実務上の注意)

密閉型膨張タンクは製品安全規格に基づき製造されています。設計・施工・保守にあたってはボイラーや給湯設備の設計基準および建築設備の法令・ガイドラインに従ってください。特に国内の建築設備設計基準や各自治体の条例、製造メーカーが示す取扱説明書に従うことが重要です。圧力器具に関する法規や点検項目を未確認のまま運用しないでください。

選定時のチェックリスト(実務者向け)

  • 系統総水量と最大温度差を正確に把握しているか
  • 系の最大許容圧力、静水圧、運転条件を明確にしているか
  • 使用流体(純水、硬水、不凍液等)とダイアフラム材質の相性を確認したか
  • 点検・補修が行いやすい設置方法と部材(バルブ、ゲージ)を選定したか
  • 万一の安全弁作動時の排水経路や復旧手順を定めているか

トラブルシューティングの流れ

  • 症状把握:安全弁の頻繁な作動、圧力計の不安定、異音、作動不良を収集。
  • 最初にプレチャージの確認:冷却状態でのガス圧測定。
  • ブリーザーやバルブの目視点検:水の流入や腐食、外傷の有無。
  • 必要に応じてタンクを隔離し、水抜き・再加圧による復旧作業を実施。
  • 隔膜破損等の致命的な場合は交換。メーカー指定の交換部品を使用する。

まとめ:設計と維持管理の要点

密閉型膨張タンクは密閉循環系で圧力を安定させ、機器寿命を延ばすための重要な装置です。適切な容量選定、初期プレチャージの設定、定期点検および水質管理が長期安定運転の鍵になります。特にダイアフラムの素材選定と不凍液などの媒体との相性は見落としがちなポイントです。設計段階で系全体の水量と温度条件を正確に把握し、必要に応じてメーカーの技術資料や計算ツールを活用することを推奨します。

参考文献