建築で考える「輻射熱」──物理と設計対策、快適性・省エネへの応用ガイド

はじめに

輻射熱(ふくしゃねつ、radiant heat)は温度差のある表面間で放射によってエネルギーがやりとりされる現象です。建築・土木の現場では、外皮(屋根・外壁・窓)や室内表面、都市スケールでの地表・空間放射が熱負荷と快適性に大きな影響を与えます。本コラムでは物理的基礎、評価指標、材料やディテールの設計対策、測定・シミュレーション手法、実務での応用例までを詳しく解説します。

輻射熱の基礎物理

熱の移動には伝導、対流、輻射の三種類があります。輻射は電磁波(主に赤外線)の形でエネルギーが伝わり、物質の媒質を必要としません。黒体放射の基本法則としてステファン=ボルツマン則があり、単位面積当たりの放射エネルギーは次のように表されます。

E = ε σ T^4

ここでEは放射輻射放出(W/m2)、εは表面の放射率(0〜1)、σはステファン=ボルツマン定数(5.670374419×10^-8 W/m2K4)、Tは絶対温度(K)です。2つの表面間の正味の放射熱交換は、視野因子(ビュー・ファクター)と各表面の放射率を考慮して計算します。簡単な並行平板間の正味交換は:

Q = σ A (T1^4 - T2^4) / (1/ε1 + 1/ε2 - 1)

という形で表されます(Aは面積)。実際の建築では多面体や周囲への天空放射などが絡むため、ビュー・ファクターや多面解法を使います。

輻射と伝導・対流の違い(実務上のポイント)

  • 輻射は素材の表面温度と表面特性(放射率)で決まる。空気温度と一致しない場合が多く、例えば冷房空間で壁が高温だと室内が寒く感じる一方、空気温は一定でも快適性を損ねる。
  • 伝導・対流は空気や構造体を介するため、風や断熱性能に左右される。これに対して輻射は直線的に見える範囲の表面に大きく影響される(視野効果)。
  • 設計対策も異なる。対流は換気や空気流の制御、伝導は断熱厚さや熱橋対策が有効。輻射は表面の放射率・反射率、遮蔽や視界の遮断、放射線を利用した暖冷房システムなどで制御する。

建築における輻射熱の影響

外部から:太陽放射(短波)と建築表面の吸収・放射(長波)は外皮温度を決定します。屋根や外壁が太陽を吸収すると表面温度が上がり、夜間に長波で放射することで周囲へ熱を放出します。都市スケールでは建物の放射特性が蓄熱・都市熱環境(都市熱島)に寄与します。

内部から:床・壁・天井からの放射は室内の平均放射温度(Mean Radiant Temperature:MRT)を決定し、人体が感じる熱的快適性に強く作用します。暖房で表面温度を上げれば低い空気温でも快適になる(放射暖房)。逆に窓面が冷たいと局所冷感を生みやすい。

材料・表面特性(放射率と反射率)

  • 放射率(ε):材料が長波(熱赤外)を放射する能力。高εの材料は熱をよく放射し、低ε(高反射)の材料は放射が抑えられる。金属光沢のアルミ箔は低εで放射を抑制するため「輻射バリア」として使われる。
  • 太陽反射率(Solar Reflectance)と熱放射率(Thermal Emittance)は波長依存で独立。昼間の外装では「高反射率(短波を反射)かつ高放射率(夜間で天空へ放射しやすい)」がクールルーフの理想。
  • ガラスはスペクトル選択の重要素材。低放射(Low-E)ガラスは長波を室内へ反射して断熱性を高める一方、日射熱取得型Low-Eもある。太陽制御ガラスは近赤外を遮断し室内負荷を低減する。

室内熱環境と快適性(MRT・測定法)

人が感じる熱環境は空気温だけで決まらず、MRTや放射非対称性が重要です。MRTは周囲の放射場を等しい効果を持つ均一な温度に置き換えた指標で、黒球温度(globe thermometer)で近似的に測定されます。設計基準(ISO 7730、ASHRAE 55)ではMRTや局所放射不均一性を考慮して快適性基準が定められています。

設計・施工の具体的対策

  • 外皮設計
    • 高反射/高放射の外装(クールルーフ、反射塗装):昼間の吸熱を抑え、夜間の放射で熱を逃しやすくする。
    • 緑化屋根・外壁:放射特性の改善と蒸発冷却で表面温度を下げる。
    • 断熱と熱橋対策:伝導を抑えることで表面温度をコントロールし、輻射差を小さくする。
    • 遮蔽・庇・外付けブラインド:直達日射を遮り、表面吸熱を低減する。
  • 窓対策
    • Low-Eガラスで外へ放射する熱を抑え、結露と冷感を防止。
    • スペクトル選択型ガラスや遮蔽で日射熱負荷を低減。
    • 二重窓やトリプルガラスでキャビティが放射・対流を抑制。
  • 室内対策
    • 放射暖房(床暖房、放射パネル):空気温を低めに保ちながら快適性を得られる。
    • 放射冷房:天井やパネルで放射冷却を行う場合は結露管理が重要。
    • 局所冷暖房と空気循環の組合せで放射不均一を改善。

放射暖房・放射冷房システムの留意点

放射系はエネルギー効率や居住快適性で有利ですが、応答が遅い、局所的な放射非対称による不快(天井と床の温度差)、冷房時の結露リスクがあります。設計では表面温度制御、パネルの配置、湿度管理、制御系の連携が必要です。近年は低温差で運転可能な放射冷暖房が注目されており、ヒートポンプとの組合せで高効率化が図られています。

測定とシミュレーションツール

  • 熱画像カメラ(サーモグラフィ):外皮の温度分布、熱橋、断熱不備を可視化。
  • 黒球温度計:MRT測定の簡易手段。
  • 球形・平面の放射センサ(ピログラバ、長波放射計):天空放射や表面放射を定量測定。
  • 数値シミュレーション:熱伝達と輻射を同時に扱う熱解析(建物熱負荷解析ソフト、CFD、ラジオメトリック手法)で詳細評価が可能。ラジアンテンス法やビュー・ファクター法を用いる。

実務的事例と注意点

・クールルーフ導入:商業建築で夏季の空調負荷が低減される事例が多い。素材選びで昼間の反射と夜間の放射を両立させることが重要。
・外付庇・ブラインド:窓からの放射負荷低減に有効だが、冬季の採光や日射熱取得とのバランスが必要。
・熱橋の補修:外壁の熱橋があると局所的に表面温度が下がり結露やカビを招く。熱画像で発見し、断熱追加や連続断熱で対処する。
・放射冷房を運転する際は天井表面温度が結露露点を下回らないよう、除湿運転や換気の制御が不可欠。

まとめ(設計者へのチェックリスト)

  • 外皮材の太陽反射率と熱放射率を確認する。
  • 窓のLow-E・スペクトル特性、庇や遮蔽の寸法・角度を評価する。
  • MRTや局所放射不均一を評価し、必要なら放射系装置での制御を検討する。
  • 熱画像検査を設計段階・施工後・維持管理で行い、熱橋や断熱欠損を早期に発見する。
  • 放射冷暖房を採用する場合は結露対策と湿度管理、制御システムの設計を厳密に行う。

参考文献