Dishonoredを紐解く:ステルスと創造性が生むエマージェント体験の深層

イントロダクション — なぜ今Dishonoredなのか

Arkane Studiosが放った『Dishonored』(2012)は、ステルスアクションの再定義とも言える作品です。重厚な世界観、自由度の高いレベルデザイン、そしてプレイヤーの選択が物語と世界に直接影響を与える「エマージェントシステム」によって、多様なプレイ体験を生み出しました。本稿では、開発背景、ゲームデザインの核、物語とテーマ、美術・音響、DLCや続編を踏まえつつ、『Dishonored』が現在も支持される理由を技術的・思想的に深掘りします。

開発とリリースの概略

『Dishonored』はフランスのArkane Studiosが開発し、Bethesda Softworksが2012年にPC、PlayStation 3、Xbox 360向けに発売しました。発売後は好評を受け、追加コンテンツ(DLC)や後継作がリリースされ、シリーズとして拡張されました。Arkaneは初代の成功を基盤に、後の『Dishonored 2』(2016)やスピンオフの『Dishonored: Death of the Outsider』(2017)へと進化させています。

コアとなるゲームデザイン

『Dishonored』の魅力は「プレイヤーの意図がそのまま表出するシンプルさと拡張性」にあります。鍵となる要素を整理すると次の通りです。

  • ステルスとアプローチの多様性:正面からの戦闘、暗殺、気付かれないようにすり抜ける、遠回りして目的を達成するなど、同一のミッションでも多数の攻略法が存在します。
  • 超常能力と道具:主人公コーヴォ(Corvo)が持つ「瞬間移動(Blink)」や時間操作(Bend Time)、対象に入り込む(Possession)などの能力は、組み合わせによって創造的な解法を生みます。武器やガジェット、環境要素とも連携可能です。
  • カオス(Chaos)システム:敵を殺す行為や大量殺戮は世界の混乱度(カオス)を上げ、街の状態やエンディングに影響を与えます。これにより「非致死的プレイ」と「殺害主体のプレイ」でゲーム体験が分岐します。
  • レベルデザインの自由度:マップは立体的で複数の経路が設計されており、観察・試行によってプレイヤーが自分なりのルートを発見することを促します。狭い通路から屋根上、下水道に至るまで、環境が攻略の手段になります。

レベル設計とエマージェント・ゲームプレイ

Arkaneは「プレイヤーの発見」を重視したステージ設計を行っています。単なる隠れ場所の配置ではなく、環境そのものが物語を語り、プレイのヒントを与えます。NPCの巡回ルート、見張りの視界、灯りや音の発生源などが有機的に絡み合うことで、思わぬ偶発が発生し、意図しないながらも達成感のある瞬間が生まれます。

この種のデザインは“エマージェント(創発的)プレイ”と呼ばれ、”設計されたルール”と”プレイヤーの実験”が相互作用して予期せぬ結果を生み出します。『Dishonored』はその好例で、単純に正解を示すのではなく、プレイヤーが自ら正解を作り出す余地を残しています。

ストーリー、テーマ、世界観

舞台は産業革命的なスチームパンク風の都市「ダンウォール(Dunwall)」。疫病(ペスト)と政治的陰謀が街を蝕んでおり、主人公コーヴォは汚名を着せられ、復讐と正義の狭間で行動を迫られます。物語は単純な“復讐譚”にとどまらず、権力、犠牲、責任といった重いテーマを扱います。

重要なのは、プレイヤーの行為が物語の受け取り方を変える点です。例えば非致死的に標的を排除すれば街は比較的安定し、逆に殺戮を重ねれば混沌が広がる。ゲームは明確に道徳的な答えを押し付けず、プレイヤーの選択に対する帰結を提示することで、物語の読解を重層化しています。

美術と音響:雰囲気の作り込み

『Dishonored』の美術は写実と誇張のバランスに優れ、煤けた街並みや独特の建築様式が強い没入感を生みます。照明の使い方、時折見える血痕や死体といったディテールは、空気感を決定づける要素です。

音響もまた重要です。環境音、NPCの会話、物音による敵の反応などがステルスプレイを支える設計になっており、音を利用したフェイクや気配の読取が高次のプレイにつながります。

DLCとシリーズ展開

オリジナル発売後、『Dishonored』には複数のDLCが追加されました。代表的なものは「The Knife of Dunwall」「The Brigmore Witches」で、これは暗殺者ダウド(Daud)を主人公にしたストーリーを描いています。他にチャレンジマップの「Dunwall City Trials」や武器・スキンを追加するバンドル的コンテンツも提供されました。

その後、シリーズは続編『Dishonored 2』とスピンオフ『Death of the Outsider』へと展開し、世界観とゲームメカニクスの拡張が図られています。これにより初代で提示されたコンセプトは深化・洗練されていきました。

技術的側面と限界

発売時点のハードウェア制約やAI挙動の限界も存在しました。特に初期世代のコンソール版ではフレームレートや描画負荷が問題になる場面があったこと、AIのパスファインディングや状況認識が完璧ではない場面が見られたことは事実です。一方で、これらの制約が“ゲーム的なカバー”を生み、プレイヤーが工夫で乗り越える余地を与えたとも言えます。

なぜ今でも語られるのか — 継続的な魅力の源泉

『Dishonored』が発売から年月を経ても色褪せない理由は以下に集約できます。

  • プレイヤー主体の“物語体験”:プレイの仕方自体が物語に影響を与える設計。
  • 実験を許容するレベル設計:一つの問題に対する複数の解決策を意図的に用意している点。
  • 世界観の作り込み:ダンウォールという舞台が持つ個性と説得力。
  • 道徳的ジレンマの提示:単純な善悪では割り切れない選択をプレイヤーに委ねる点。

プレイの提案 — 深掘りするための実践的アドバイス

もし初めて遊ぶ、あるいは再プレイするなら以下を試してください:

  • 非致死ルートでの一貫プレイ:街やNPCの反応を注意深く観察することで、別の読み取りが生まれます。
  • 特殊能力の組合せ実験:BlinkとBend Timeなどを組み合わせると、想定外の脱出や暗殺が可能になります。
  • DLCで視点を変える:ダウドの物語を見ることで世界観の別面が浮かび上がります。

まとめ

『Dishonored』は単なるステルスゲームではなく、プレイヤーの想像力と選択を引き出すために緻密に設計された作品です。技術的な限界や時代性はありますが、レベルデザイン、美術、物語の結びつき、そしてプレイヤーに行為の帰結を突きつける倫理的な構造は今日でも学ぶべき点が多く残っています。新たにシリーズに触れるプレイヤーにも、再訪する古参にも多様な発見を与えてくれる名作と言えるでしょう。

参考文献