音楽制作と音響で使う振幅変調(AM)の深層ガイド:理論・聴感・実践テクニック

はじめに — 振幅変調とは何か

振幅変調(Amplitude Modulation、以下AM)は、ある信号(搬送波、キャリア)の振幅を別の信号(変調信号)によって時間的に変化させるプロセスです。通信工学ではラジオ放送の基本技術として知られていますが、音楽制作やサウンドデザインの領域でも強力な表現手段です。本稿ではAMの物理的・数学的な解説から、聴覚的特徴、シンセシスやエフェクトへの応用、実践的な操作上の注意点まで、音楽制作向けに詳しく深掘りします。

基本原理:キャリアとモジュレータ

AMでは2つの要素が必要です。ひとつはキャリア(搬送波)となる高周波(音楽用途では通常オーディオ帯域内の周期信号)で、もうひとつはキャリアの振幅を変化させる変調信号(モジュレータ)です。最も単純な形は、キャリアを1次元的にスケールすることで、信号s(t)=[1 + m(t)]・c(t)という形で表せます。ここでm(t)が変調波(変化の量)、c(t)がキャリアです。1+を付けることで変調がゼロのときにキャリアがそのまま出力される“搬送波付きAM”になります。

数学的表現(単純な正弦波変調の場合)

キャリア c(t)=A_c cos(2πf_c t)、モジュレータ m(t)=M cos(2πf_m t)(Mはモジュレーションインデックス、変調深度)としたとき、搬送波付きAMの出力は次のように展開されます。

s(t)=A_c cos(2πf_c t) + (A_c M/2) cos(2π(f_c+f_m)t) + (A_c M/2) cos(2π(f_c-f_m)t)

この式からわかるように、元のキャリア成分に加えてキャリア周波数の上下に±f_mだけ離れたサイドバンドが出現します。サイドバンドの振幅はA_c M/2で、変調深度Mに比例します。したがって、モジュレーション深度を変えることでスペクトル上のサイドバンド強度を直接制御できます。

サイドバンドとスペクトルの理解

  • 単一正弦波モジュレータ:上記のように上側(USB)と下側(LSB)の1対のサイドバンドが生じます。
  • 複数成分/非正弦モジュレータ:モジュレータに高調波が含まれると、それぞれの成分に対してキャリア±その周波数のサイドバンドが現れるため、複雑なスペクトルが形成されます。これが音色変化の源です。
  • 抑圧搬送波(DSB-SC / リングモジュレーション):キャリアを除去すると、搬送波成分はなくなり、モジュレータとキャリアの積によって純粋に和差周波数(キャリア±モジュレータ)だけが残ります。これがリングモジュレータで、金属的・非調和的な響きを生みます。

モジュレーション深度(インデックス)と過変調の影響

モジュレーション深度Mは0〜1(あるいは100%)を基準に考えることが多く、M=0で変調なし、M=1で搬送波の振幅が完全に変動する状態を指します。M>1になると、エンベロープが負になり位相反転やクリッピングのような非線形現象が生じ、豊富な倍音(高次サイドバンド)や歪みが生まれます。音楽制作ではこれを利用して荒く刺激的なテクスチャを作ることができますが、不要なノイズや位相歪みを招くこともあります。

振幅変調とトレモロ(tremolo)の違い

一般には「トレモロ」は音量の周期的な揺れを指す音楽用語で、AMと概念的には重なります。しかし実装の違いから次の点に注意が必要です。

  • トレモロ(LFOで音量をコントロールするエフェクト)は低周波(通常<20Hz)で聴覚的に「揺れ」として認識されます。LFOによる単純なゲイン変化は理想的には搬送波の位相を変えないため、スペクトル面での新たなサイドバンドはキャリア周辺にしか生じず、主に時間領域の音量変化として知覚されます。
  • オーディオ帯域(数十Hz〜数kHz)でのAMはサイドバンドが可聴域に現れ、音色そのものを変化させるため、トレモロとは明確に異なる「シンセ的な変調」に分類されます。

心理音響:揺れ・ビート・ラフネス

人間の聴覚は変調速度に応じて異なる知覚特性を示します。一般的な目安は次の通りです。

  • 0.1〜5Hz:個別の音量の上がり下がりを明瞭に認知(テンポ的な揺らぎとして扱われる)
  • 5〜20Hz:周期的揺れとして連続的に知覚され、『振幅揺れ』やリズム的効果を生む領域
  • 20〜50Hz:粗さ(roughness)やビートとして感じられる。音色にざらつきや金属的な特性を与える。
  • 50Hz以上:変調は音色そのもの(スペクトルの拡張や新規部分音)として知覚される。振幅変調が新たな周波数成分を生むため、結果的に音色合成に用いられる。

シンセサイザーやエフェクトでの実装

音響制作におけるAMの実装方法は多様です。代表的なものを列挙します。

  • LFOによるゲイン制御:最も単純でCPU負荷も小さい。トレモロ効果を得るのに適している。
  • オーディオレートAM(キャリアとオーディオ帯域モジュレータ):サイドバンドを生成して音色を変化させる。金属的・ビリビリしたテクスチャを作れる。
  • リングモジュレータ(DSB-SC):キャリアを抑圧して純粋な和差周波数を出力する。非倍音的な、ハーモニックとは異なる響きが得られる。
  • 波形の選択:モジュレータに矩形やノコギリ波を使うと、その高調波分だけ多くのサイドバンドが生じるため、鋭い響きやブラスライクな質感が得られる。

実践的テクニック(音楽制作向け)

  • モジュレーションレートの選定:楽音の基本周波数に対してモジュレータを低く設定するとリズム的効果、高く設定すると音色変化になる。ボーカルや楽器のメイン帯域では注意深く設定すること。
  • 深度の微調整:M=0.1〜0.5くらいから始め、目的の表情が出るところまで少しずつ上げる。M>1は効果的だが位相反転や過大な歪みに注意。
  • フィルタリング:不要なサイドバンドをEQで削ると音像を整えられる。例えば下側(低域)のサイドバンドを強くするか上側(高域)を抑えることで暖かさや冷たさを調整可能。
  • ステレオAM:左右でモジュレータをわずかにディチューンすると広がりが生まれるが、位相相互作用によりモノラル化したときに位相消失が生じる点に注意する。
  • エンベロープ追従と組み合わせる:シグナルのエンベロープを取得して変調深度に反映させると自然な音の揺らぎやダイナミクス連動の効果が得られる。

録音・ライブでの注意点

AM的な処理は位相やラウドネスに影響を与えるため、マスタリングやPAでは以下を注意します。

  • 過変調による予期せぬピーク:Mが大きい場合、瞬間的に大きな値が生成されるためクリッピングに注意する。
  • 位相キャンセル:ステレオで変調をかける場合、ミックスをモノラルにした際の位相相殺をチェックする。
  • モニタリング環境:低周波トレモロはスピーカーや部屋の影響を受けやすい。ヘッドフォンでも確認すると良い。

実験・測定方法(DAW/実機での確認)

  • スペクトラム・アナライザでサイドバンドの位置と振幅を観察する。正弦変調ならキャリアと±f_mに整然と並ぶはず。
  • オシロスコープで波形のエンベロープを観察し、過変調時の位相反転や波形の変化を確認する。
  • 聴感テスト:変調深度・周波数を可変にして主観的な聴感(暖かさ、粗さ、金属感)を比較する。複数再生環境で確認すること。

応用例と歴史的背景

AMはラジオの基礎技術であり、音楽における応用としては古典的エレクトロニクス~現代のシンセ音作りまで幅広く用いられてきました。1960〜70年代にはリングモジュレーターを使った前衛的な楽器音や、電子オルガンなどでAM類似の回路が利用されました。現代ではソフトウェアシンセやプラグインで高精度かつユニークなAM処理が容易になっています。

実装例:簡単なAMプラグインのアルゴリズム(概念図)

1) キャリア波形を生成(サイン、ノコギリ、矩形など) 2) モジュレータ波形を生成(LFOまたはオーディオレート入力) 3) 出力 = (1 + depth * mod) * carrier 4) クリッピング防止のためにサチュレーションやリミッタを持たせる 5) 必要に応じて搬送波の成分をフィルタで抑えDSB-SC動作にすることも可能

よくある誤解と注意点

  • AMとFMの混同:周波数変調(FM)はキャリア周波数自体を変化させるため、生成されるスペクトルやコントロールの仕方が本質的に異なる。FMは複雑な副次成分を作るが挙動はBessel関数等で記述される(AMとは異なる数学的性質)。
  • トレモロ=AMではあるが、低周波領域ではスペクトル的な変化より心理音響的変化が重要である点。
  • リングモジュレーションは搬送波の有無で音色が大きく変わる(搬送波抑圧で非調和的な金属音を作る)。

まとめ

振幅変調は、単純な音量揺れから複雑で金属的な音色生成まで幅広い表現が可能な技法です。基礎的な数学式とスペクトルの理解、モジュレーション深度や周波数選定の感覚を持つことで、制作における武器になります。実験と測定(スペアナやオシロ)を組み合わせ、リスニング環境での最終チェックを怠らないことが良い結果を生みます。

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参考文献