音楽理論で深掘りする「インヴァージョン」──和声・旋律・対位法・十二音技法まで

インヴァージョンとは何か — 基本定義

音楽における「インヴァージョン(inversion)」は、文脈によって意味が異なるが、共通する核は「要素の上下関係をひっくり返すこと」にある。和声(和音)の転回、音程の反転、旋律の鏡像化(メロディの反行ではなく上下反転)、対位法における反転可能性、そして十二音技法における逆行反転(inversion)など、技法としての適用範囲は広い。本稿では各領域ごとに定義・記譜法・分析上の扱い、歴史的あるいは実践的意義まで詳しく掘り下げる。

和声のインヴァージョン(和音の転回)

和音のインヴァージョンは最も日常的に接する概念だ。三和音なら根音(root)を基準として、根音以外の音を最低音(ベース)にすることで第一転回(第一インヴァージョン)、第二転回(第二インヴァージョン)と呼ぶ。例えばC(C-E-G):Cが最低音なら原位(root position)、Eが最低音なら第一転回(C/E)、Gが最低音なら第二転回(C/G)である。

バロック〜古典派では通奏低音(figured bass)の数字表記が発達し、第一転回は通常「6」(三度上にある和音を示すため)、第二転回は「6/4」と表記される。ロマン派以降やジャズ/ポピュラー音楽ではスラッシュ・コード(例:C/E)という表記が一般化している。

分析的には、転回は和声機能(主和音、属和音、下属音など)を変えないが、低音の変化により和声進行や声部の流れ、ベースラインの動機づけが大きく変わる。特に第二転回の6/4は安定度が高くないため、 cadential 6/4(終止的6/4)など特別な機能を持つ例が多い。

  • 長所:声部進行が滑らかになり、低音の動きで和声感を補強できる。
  • 短所:低音が和音の根音でないため、耳には和声機能が弱まる場合がある。

音程の反転(interval inversion)

音程の反転は、二音間の関係を上下逆にすることで得られる。理論的にはインターバルの数値は「9を足すと元の数値になる」(例:3度の反転は6度、2度は7度)。品質は長・短(major/minor)が互いに入れ替わり、完全(perfect)は不変、増・減は互いに変わる。半音で見ると、同一オクターレンジでは二つのインターバルの半音数の和は12になる(例:長3度=4半音、短6度=8半音、4+8=12)。

これは対位法や和声分析で重要な帰結をもたらす。たとえばメロディと伴奏の音程関係を反転すると、和声音響の性質が変化するが、音程クラスの相対的位置関係は保たれるため、作曲技法として洗練された変形が可能になる。

旋律のインヴァージョン(メロディの上下反転)

旋律のインヴァージョンは、各音をある軸(通常は基準音またはトニック)に対して鏡像化する操作である。上行の動きは下行に、下行は上行に変化する。単純な例として、基準音Cに対してC→E(長3度上)を反転するとC→A(短6度下)になる(音程の反転規則に従う)。

歴史的には対位法(特にバロック時代)で対位的材料を増殖する主要手段として用いられた。旋律のインヴァージョンはテーマの同一性を保ちながら音高輪郭を変えるため、変奏やフーガの処理に向く。音楽表現としては、鏡像的な対称性が生まれ、統一感と対照を同時に得られる。

対位法におけるインヴァージョン:可逆(invertible)対位法

「invertible counterpoint(可逆対位法)」は、二声(あるいは多声)を上下逆にしても和声進行が成立するように作られた対位法である。歴史的な例としてはバッハの《対位法芸術(The Art of Fugue)》や《音楽の捧げ物(Musical Offering)》のカノン群に可逆的処理が見られる。可逆性を保証するためには、各声部の音程関係において不協和音(ディソナンス)の配列や解決が上下逆でも成立するように注意深く設計する必要がある。

実務的には、可逆性はオクターヴ、十度(10度)、十二度など特定の音程で成り立つことが多い。十度可逆(inversion at the tenth)は古典派の二重変奏やフーガでよく用いられ、声部の音域や音程関係を保ちながら豊かな書法を可能にする。

十二音技法(セリエル)のインヴァージョン

20世紀以降、特に十二音技法では「原列(prime)」「逆行(retrograde)」「逆行反転(retrograde inversion)」「反転(inversion)」が基本的な変形操作として確立した。反転は原列の各音の高度差を上下反転して新たな列を作る。たとえば原列が [0, 2, 7, ...] のように示されると、その反転は [0, 10, 5, ...](12-2=10, 12-7=5 のように)で表現される。逆行は列を逆順にする操作で、逆行反転はこれらを組み合わせたものだ。

ソナタ形式や調性音楽とは異なる統合原理として、列の反転は形式的統一と多様化を同時に実現する手段となった。例としてはシェーンベルク、ウェーベルン、ベルクらの作品における列操作が挙げられる。特にピッチクラス集合論の観点からは、反転は集合の補集合や同型性を理解する重要な鍵である。

記譜・分析上の注意点

和声の転回はスラッシュ・コードやfigured bassで明示できる。インターバル反転の分析では数(1〜8)と品質(長短・増減・完全)を正しく扱うことが重要だ。旋律の反転を記譜する際は基準音を明確にし、上下どちらに反転するか(軸の位置)を示すと読み手に親切である。

十二音列の反転はピッチクラス表記(mod 12)で扱うと計算が容易になる。多声の可逆対位法では声部の音域(レンジ)と和声音響(特に完全音程と不協和音の取り扱い)に留意する必要がある。

実践的アドバイス:作曲・編曲での使いどころ

  • ポピュラー/ジャズ:スラッシュ・コードを使ってベースラインを魅力的にし、転回でボイシングを滑らかにする。rootless voicingsとの併用で密度と透明感を調整できる。
  • クラシック:テーマ変奏やフーガの発展部で旋律反転を使えば、統一性を保ちながら多様性を付与できる。可逆対位法は二重カノンや対位法的な間奏に有効。
  • 現代音楽:十二音列の反転を組み込んで、動機の統合と発展を図る。逆行反転との組合せで複雑な対称構造を作れる。

聴覚的・表現的効果

インヴァージョンは単なる理論上の操作以上の効果を持つ。転回和音はベースラインの重心を移し、和声の印象を柔らかくする。旋律反転はモチーフに鏡像的な性質を与え、しばしば「対話」や「反響」を連想させる。対位法的な反転は緊張と解決の関係を新たな観点から提示し、十二音技法の反転は秩序と変化を両立させる抽象的な美学を生む。

学習と練習のための具体的課題

以下のような練習で理解を深めるとよい。

  • 簡単な三和音を各転回で弾き、ベースの違いが和声機能に与える影響を耳で確かめる。
  • 短いモチーフを選び、基準音を決めて旋律反転を作成し、元のモチーフと比較する。
  • 二声の短いフーガ主題を書き、可逆対位が成立するか検証する(オクターヴと十度で試す)。
  • 十二音列を一つ選び、反転・逆行・逆行反転を計算し、ピッチクラス表記と実音で確認する。

まとめ:技法としての普遍性と応用範囲

インヴァージョンは和声・旋律・対位法・現代技法のいずれの領域でも中心的な役割を担う。単に要素を逆にする操作であるが、その結果として生まれる音響的・構造的効果は非常に多様で、作曲・編曲・分析のいずれにも不可欠な考え方である。様式やジャンルを越えて使える普遍的なツールとして、理論的理解と実践的トレーニングの両方を通じて習得することが望ましい。

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参考文献