音楽理論で理解する「倒置」──和声・旋律・12音技法までの包括ガイド
倒置とは:定義と全体像
音楽における「倒置」は、ある音列や和音の内部構造を原型からずらしたり向きを変えたりする操作の総称として使われます。意味・用法は文脈によって異なり、大きく分けると次の三つが主要です。
- 和声の倒置(和音の転回) — 和音の根音以外の音を最低音に置く操作。
- 旋律的・対位法的倒置(反行、鏡像) — 旋律や主題の上下の動きを反転させる操作。
- 音列・集合論的倒置 — 12音技法やピッチクラス理論で用いられる、音高を数学的に反転する操作。
これらは相互に関連しながら、和声的安定性、対位法的バランス、動機の変容と統一性などをもたらします。以下で各種類を詳しく掘り下げ、理論的背景、表記法、実践的な応用例、歴史的利用例までを扱います。
和音の倒置(コード・インヴァージョン)
和音の倒置は最も日常的に遭遇する概念です。三和音であれば次の三形態があります。
- 根音在位(root position) — 例:Cメジャーなら C-E-G。
- 第一転回(first inversion) — 例:E-G-C。最低音が三度音。
- 第二転回(second inversion) — 例:G-C-E。最低音が五度音。
通奏低音やフィギュアード・ベースでは、第一転回は“6”と表記され、第二転回は“6/4”と表記されます。第一転回はルートポジションに比べて安定感がやや減るものの、ベース線の流れを自然にするためによく用いられます。第二転回は構造的に不安定で、通例では通過和音、付加和音、あるいはカデンツァルな6-4(装飾的なドミナント領域の和音)として機能します。
和声的な機能も倒置により見え方が変わります。例えばドミナント7の第一転回は、根音が低音にある場合と比べて解決方向や導音の作用が弱まることがあるため、作曲や編曲では注意して扱います。同様に、印象や色彩感も転回によって変化し、和声進行に微妙なニュアンスを与えます。
旋律と対位法における倒置(反行・鏡像)
旋律の倒置は、ある主題を上下反転して提示する技法です。単純な例をとると、原旋律が上行全音・上行長二度・下行短三度と続くなら、その倒置は下行全音・下行長二度・上行短三度となります。視覚的には鏡に映したように動きの向きが逆になります。
対位法では「反行(inversion)」は基本的な変形技法で、フーガやカノンにおいて主題を反行させることで対位的な構成を生み出します。反行により得られる効果は次の通りです。
- 動機的一致性を保ちながら音高の輪郭を変え、受動的あるいは能動的な性格を転換する。
- 和声的な配列を変え、進行上の緊張と解決の仕方を変化させる。
- 対位的技法として、原主題との相互作用から複雑なテクスチャーを生成する。
実践上の留意点としては、単純に上下を反転すると導音や半音の扱いが変わり、調性感に問題が生じることがあります。古典的な対位法では、反行させた主題が新しい調で不自然にならないよう、調整や転調を伴うことが多いです。
間隔の倒置に関する理論的法則
間隔の倒置は、二つの音の相対的な距離と性質を変換する明確な法則があります。基本的なルールは次の通りです。
- 度数の合成則:元の度数とその倒置した度数の和は9になる。例:長三度(3度)とその倒置である短六度(6度)は 3 + 6 = 9。
- 長⇔短、増縮の転換:長の間隔は倒置されると短になり、逆も同様。増四度は減五度に、完全四度は完全五度に倒置される。
この関係は機能和声や対位法の分析で非常に有用です。特にモダンな調性を超える理論領域では、ピッチクラスの倒置(後述)と結びつけて考えることでより一般的な法則性が見えてきます。
12音技法・集合論における倒置
20世紀以降の無調音楽や12音技法では、倒置は形式的操作として明確に定義されます。ピッチクラス表記を用いると、倒置は数学的に次のように表せます。
単純な軸 a に関する倒置は、各ピッチクラス p を p' = (a - p) mod 12 に写す操作です。特に軸を0(C)に取ると p' = (-p) mod 12 という簡潔な形になります。
十二音技法では、基本形(原型)を I、そして転回型を Iに対する倒置として表記し、さらにそれらに対する移高(平行移動)を組み合わせて用います。これにより、行列(行列表)を使って全音列の変形群を網羅的に扱うことができます。Schoenberg、Webern、Berg らの作品でこの技法は広範に使われています。
歴史的な使用例と作曲家のアプローチ
倒置は、西洋音楽史を通じて様々な形で活用されてきました。ルネサンスやバロック期の対位法では、反行や逆行、鏡像のカノンが実例として知られます。バロック期の作曲家、特にJ.S.バッハは、複数の対位法的変形を駆使した作品を残しており、たとえば《音楽の捧げ物(Musical Offering)》や《フーガの技法(The Art of Fugue)》には反行や鏡像(鏡像フーガ)を用いた例が見られます。
古典派・ロマン派では、倒置は主に主題の変奏手法や和声処理の一部として使われました。動機を保ちつつ表情を変えるため、旋律の倒置は変奏技法で頻繁に利用されます。20世紀では十二音技法により倒置はより形式化され、作曲の基盤的操作となりました。
実践的な作曲・編曲テクニック
倒置を実際の創作に取り込む際の具体的なヒントを挙げます。
- モチーフの変奏に使う:主題の上下を反転させ、元の動機性を保ちながら新しい表情を得る。短いフレーズの倒置は特に効果的。
- 和声進行の滑らかさを保つ:和音の第一転回はベースラインの連続性を確保しやすい。ベースの動きを優先する編曲では積極的に活用する。
- 機能的効果を狙う:6-4の第二転回をカデンツァルに用いることで一時的な浮遊感を演出する。パッシング・コードとしての第二転回は進行を繋ぐのに役立つ。
- 対位法的発展:主題の反行を導入してポリフォニーを豊かにする。反行と原主題を組み合わせる際は、協和・不協和の処理に注意する。
- 現代技法の応用:ピッチクラスの倒置を行列表やソフトで可視化し、音列の全体構造を計画する。
聴取上の効果と表現的側面
倒置は単なる分析記号ではなく、聴覚的にも意味を持ちます。旋律の倒置は音高の輪郭を変え、しばしば性格の転換を伴います。原旋律が上昇傾向で力強さを示すなら、その倒置は下降傾向で落ち着きや陰鬱さを与えることがあります。ただし、必ずしも「上行=肯定、下行=否定」といった単純な対応は成立しません。文脈、和声、リズム、音色などが総合的に印象を決定します。
分析のポイントと誤解しやすい点
倒置に関する分析でよくある誤解と注意点を挙げます。
- 旋律の倒置は必ず同じ印象を与えるわけではない:和音やリズムの変化により、別物に聞こえることがある。
- 和音の転回と機能は混同しない:第一転回の和音が直ちに別の機能を意味するわけではなく、周囲の進行と総合して判断する。
- ピッチクラス倒置の表記は一意ではない:作家や教科書によって記法の細部(軸の取り方、移高の扱いなど)が異なるので、分析時は定義を明確にする。
これらを踏まえれば、倒置は作曲家・分析家双方にとって強力な道具になります。適切に使えば、統一感のある変奏、対位法的な複雑性、あるいは新たな和声的色彩を生み出すことができます。
まとめ:倒置の役割と可能性
倒置は単なる「技法」ではなく、音楽構造を変換し、動機を再解釈するための多面的な操作です。和声の転回はテクスチャーと安定性を調節し、旋律の反行は動機の性格を変え、12音技法の倒置は音列の体系性を拡張します。歴史的にも古典から現代まで広く使われてきたこの技法は、作曲・編曲・分析において不可欠な要素です。
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参考文献
- Britannica: Inversion (music)
- Wikipedia: Inversion (music)
- IMSLP: Bach - Musical Offering
- Wikipedia: Twelve-tone technique
- Oxford Music Online(Grove)
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