ラウンジジャズ入門:歴史・サウンド・名盤・現代的再評価
ラウンジジャズとは何か
ラウンジジャズは一言で言えば「くつろぎを演出するジャズ/大人向けの音楽」です。1950年代から60年代にかけて、ホテルのラウンジやカクテルバー、空港ラウンジといった社交空間で流されることを念頭に置いたアレンジや演奏スタイルが確立されました。ゆったりとしたテンポ、滑らかなトーン、聴き手を邪魔しない控えめなソロや伴奏、そして弦楽器やヴィブラフォン、パーカッション、時にはエキゾチックな楽器を取り入れた彩り豊かな編成が特徴です。
歴史的背景と発展
ラウンジジャズのルーツは戦後のアメリカにあります。第二次世界大戦後の経済成長と中産階級の拡大により、レジャーや外食文化が発展し、ホテルやナイトクラブでの「カクテル・カルチャー」が成熟しました。ハイファイ(高音質再生)機器の普及も手伝って、音楽は空間の演出装置として重視され、レコード会社もこの需要に応えました。
同時期に誕生した関連ジャンルとして「エキゾティカ」や「スペースエイジ・ポップ(Space Age Pop)」があります。これらは異国情緒や未来志向の音響実験を取り入れ、ラウンジ的なムードと深く結びついています。代表的な制作陣にはレズ・バクスター(Les Baxter)、マーティン・デニー(Martin Denny)、アルトゥール・リマン(Arthur Lyman)、ホアキン・ロドリゲス(Juan García Esquivel、一般にエスキベル/Esquivelと表記されることが多い)などが挙げられます。
音楽的特徴
- テンポ:概して中庸から遅めで、リラックスを促す。
- 編成:小編成のジャズバンドに加え、弦楽四重奏やハープ、ヴィブラフォン、ライト・パーカッションが用いられることが多い。
- アレンジ:豊かなハーモニー、間(ま)を生かしたフレージング、控えめだが効果的なソロ。
- 音響志向:1950年代後半〜60年代前半のステレオ分離やマイク配置の実験が音像の個性を作った。
- リズムの多様性:ラテン(ボサノヴァ、サンバ)、スウィング、ブラジリアン・ジャズの要素を取り込むことが多い。
代表的アーティストと名盤
ラウンジジャズはジャンルの境界が曖昧なため、以下はあくまで「ラウンジ的な要素を強く持つ」アーティストとアルバムの例です。
- マーティン・デニー(Martin Denny) — 『Exotica』(1957 年)はエキゾティカとラウンジの代表作の一つ。
- レス・バクスター(Les Baxter) — 多彩なオーケストレーションで知られ、ラウンジ/エキゾティカ両面で影響力がある。
- エスキベル(Esquivel) — スペースエイジ・ポップの立役者で、独特のステレオ効果とユーモラスなアレンジが特徴。
- スタン・ゲッツ/アントニオ・カルロス・ジョビン関連作 — ボサノヴァ以降、ラウンジ的な心地よさをジャズに持ち込んだ重要作が多数存在する。
- ジュリー・ロンドン(Julie London)やペギー・リー(Peggy Lee)などのシンガーたち — 低めの声色と控えめな歌唱で“ラウンジ歌唱”の典型を示す。
文化的役割と場所性
ラウンジジャズは単なる音楽ジャンルではなく、空間全体のムードを作る「演出音楽」として機能しました。ホテルのラウンジ、バー、シガーラウンジ、空港ラウンジなど“待つ・飲む・語る”という行為に寄り添う音楽でした。インテリアや照明、カクテル文化と結びつき、「ミッドセンチュリーモダン」という美学とも親和性が高い点が特徴です。
衰退と90年代以降の再評価
1960年代後半からロックやポップ、若者文化の台頭でラウンジ的な音楽は商業的影響力を失いました。しかし1990年代に入るとリイシューやコンピレーション(例:Capitol の『Ultra-Lounge』シリーズ)が制作され、コレクターや若い世代の再発見を促しました。インターネットやストリーミングの普及によって、プレイリスト文化の中でラウンジは“背景音楽”としてだけでなく、レトロでスタイリッシュな選択肢として支持を受けています。
現代への影響と派生
ラウンジジャズは現代の多くの音楽スタイルに影響を与えています。ダウンテンポ、チルアウト、ラウンジ・ハウス、ヌージャズ、ラウンジのエッセンスを取り入れたシーンとしては、フレンチ・エレクトロニカ(Air、Saint Germain)、トリップホップ(一部の楽曲にラウンジ風味あり)、ラウンジを意識したシンガー/バンド(Pink Martini など)があります。また、映像作品や広告でしばしば「大人の余裕」「レトロさ」を表現するためのサウンドとして採用されます。
聴きどころと聴き方ガイド
- まずはムードを楽しむ:リラックスや集中のBGMとして意識せず流すのもラウンジの楽しみ方。
- 編曲に注目:弦の使い方、ヴィブラフォンの扱い、ステレオの広がりなど、細部で制作意図が見える。
- ボーカルの距離感:マイク・テクニックやアレンジによって“近さ”や“遠さ”が演出される点に耳を澄ませると面白い。
- 関連ジャンルを横断:エキゾティカ、ボサノヴァ、スペースエイジ・ポップなどを聴き比べると理解が深まる。
レコード収集・再生のポイント
オリジナルのプレスは音質やミックスの独特さが魅力です。ステレオ初期の録音はチャネル分離が極端な場合があるため、オリジナル盤を適切に再生すると当時の音響実験を体感できます。一方でリマスター盤はノイズ処理やEQで聴きやすくされているため、環境に応じて選ぶとよいでしょう。
まとめ:ラウンジジャズが持つ価値
ラウンジジャズは「背景音楽」としての機能を超え、空間演出、録音技術の実験、異文化の再解釈といった多面性を持つジャンルです。過去の音楽文化の断片でありながら、現代のリスニング文化にも柔軟に馴染むため、今なお多くのリスナーやクリエイターにインスピレーションを与え続けています。
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参考文献
- Lounge music — Wikipedia
- Exotica (music) — Wikipedia
- Martin Denny — Wikipedia
- Les Baxter — Wikipedia
- Esquivel — Wikipedia
- Ultra-Lounge — Wikipedia
- Exotica | music — Britannica
- Lounge Music — AllMusic
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