ダブルトラッキング完全ガイド:歴史・原理・実践テクニック
ダブルトラッキングとは何か
ダブルトラッキング(double tracking)は、同じパートを複数回録音して重ねることで、音に厚み・広がり・微妙なズレによる豊かな倍音成分を生むレコーディング技法です。主にボーカルやギターで用いられ、同一演奏を意図的に2回(あるいはそれ以上)別テイクとして録る「ナチュラル(手作業)」な方法と、テープやデジタル処理で人工的に疑似倍音を作る「人工的(ADTやプラグイン)」な方法があります。
歴史的背景と代表的な事例
ダブルトラッキングの基礎は、レコーディング技術の発展とともに生まれました。ギター奏者であり発明家でもあったレス・ポール(Les Paul)は、多重録音(multitracking)技術を1940年代後半から1950年代にかけて発展させ、複数トラックを重ねる手法を普及させました。一方、ポップ/ロックのボーカル面で有名なのはビートルズで、ジョン・レノンのボーカルを厚くするために繰り返しダブルトラッキングを用いていました。1960年代中頃、アビー・ロード・スタジオのエンジニア、ケン・タウンゼントが自動ダブルトラッキング(ADT)を発明し、歌手に毎回2回歌わせなくてもテープの遅延を使って“もう一つの声”を作る技術が普及しました。
音響的・精神的な効果
ダブルトラッキングが生む主な効果は次の通りです。
- 音の厚み:微妙なピッチやタイミングの差が重なり合って、単一トラックより豊かな倍音成分を生む。
- 空間感・広がり:左右に別々のテイクをパンすることでステレオイメージを拡大できる。
- 表現の多様化:二つのニュアンス(強弱、発音、ビブラートの違い)によって感情表現が強化される。
- エラーのマスク:微小なミスやノイズが重ねることで目立ちにくくなる場合がある。
ナチュラル・ダブルトラッキングの実践(ボーカル)
ナチュラルなダブルトラッキングは、歌手が同一のパートを2回以上歌い、良いテイクを選んで重ねる方法です。手順とポイントは以下の通りです。
- 同じコンセプトで歌う:フレージングや感情表現の方向性は合わせるが、完全に同じではない自然なズレが望ましい。
- マイクとポジションを変える:まったく同じマイクポジションだと位相や発音の一致が強くなり過ぎる。僅かに距離や角度を変えると万全。
- タイミングの揃え方:うまく揃っていないとピッチのぶれが不自然に目立つので、必要なら少しだけ編集(タイムストレッチ/ワープ)やコンピングを行う。
- パンとEQ:片方を少し左、もう片方を少し右に振り、個別にEQを調整して帯域を微妙に分けると干渉を減らして輪郭を出せる。
ナチュラル・ダブルトラッキングの実践(ギター)
ギターのダブルトラッキングも定番で、リズムギターを左右に別々のテイクで録ることで強烈なステレオ感を作ります。ポイントは次の通りです。
- 同じアンプ/セッティングで複数テイクを録るか、敢えて別のトーンで録って質感の違いを利用する。
- パンニングで左右に振る(典型的にはハードパン)ことでリズム音像を広げる。
- リフやオフビートが正確に一致しない場合は、タイミング補正でノリを揃えるが、微妙なズレは残す。
人工的なダブルトラッキング(ADT・ディレイ・プラグイン)
テープ時代に生まれたADT(Automatic Double Tracking)は、実テープを少しだけ遅らせて同じ信号を重ね、ピッチとタイミングに小さな違いを生むことで疑似ダブルを作る方法です。デジタル時代には、コーラス、ディレイ、ピッチシフト、専用のダブリングプラグイン(例:Waves DoublerやAntaresのハーモナイザー系など)が同様の効果を簡便に得られる手段として普及しました。
人工的手法の利点は、演奏者に追加の負担をかけずに一貫したダブルを得られる点です。欠点は不自然になりやすい点で、特にピッチ補正が強すぎるとロボット的な二重声になってしまいます。自然さを出すには、微妙なランダム化(ディレイタイムの微調整、ピッチのごく小幅のランダムズレ)を加えるのが有効です。
位相・キャンセルと避けるべき落とし穴
ダブルトラッキングで気をつけるべき大きな問題は位相(フェーズ)です。二つのトラックがほぼ同相で重なると一部周波数が強調され、一方で逆位相に近い部分は打ち消される(コムフィルタやフェーザー的な変化)。ステレオでLとRをミックスダウンしてモノラルにした際に音が薄くなる“位相問題”が発生することがあるため、モノチェックは必須です。
対策としては、録音段階で微妙にタイムやマイク位置を変える、編集で片方を少し遅らせる、EQで片方の中域を調整する、または位相補正ツールを使うなどが有効です。
ミックスにおける応用テクニック
実際のミックスでの具体的テクニック:
- 左右で別トラックをパンしてステレオ幅を作る。
- 片方にわずかなディレイ(10–40ms)を入れて奥行きを作る。ただし長くするとエコーと認識される。
- 一方にハイシェルビング、もう一方にローカットを入れるなど帯域を分けて干渉を避ける。
- サブグループで処理し、コンプレッサーやリバーブを共通にかけて統一感を持たせる。
- モノラル互換性チェックを常に行う。
ジャンル別の使い分け
ダブルトラッキングの使い方はジャンルで異なります。ポップ/ロックではボーカルとリズムギターを重ねて厚みを出すのが定番。ハードロック/メタルではリズムギターをダブルでパンし、ソリッドな厚みを作る。R&Bや現代ポップではむしろ片面にハイファイなメインボーカルを置き、ダブルはハーモニーやサブのテクスチャとして控えめに使うことが多いです。ジャズやクラシック寄りの編成では自然なソロのニュアンスを重視し、ダブルトラッキングを多用しない傾向があります。
現代のワークフローとプラグイン
DAW環境では、コンピング(良い部分を切り貼りして1トラックにまとめる)とダブルトラッキングを組み合わせることが一般的です。最初に複数テイクを録り、最も自然で良い部分をコンピングしてメインに据え、残りをダブルとしてタイミングやピッチを微調整して重ねます。専用プラグイン(ダブラー、コーラス、モジュレーション系)を使うと時間短縮になりますが、耳で自然さを判断することが重要です。
実践ワークフロー(ボーカルでの一例)
ステップバイステップの例:
- 1) デモで決めたテンポとキーでガイドを用意する。
- 2) メインボーカル(テイクA)をクリアに録る。必要ならピッチ補正は最小限に。
- 3) もう一回同じパート(テイクB)を録る。表現は合わせつつ、ニュアンスは敢えて揺らす。
- 4) 両方をパンしてバランスを取り、モノチェックをする。
- 5) 必要なら短時間のディレイやEQで差別化し、サブの声を少し奥に下げる。
- 6) サブのノイズやシビランスが合わない場合はDe-esserや編集で処理する。
よくある失敗とその対処法
代表的な失敗例と対処:
- モノにすると音が薄くなる→位相チェック/タイム調整/EQで対処。
- 二つがぴったり一致しすぎて不自然→片方に微小なディレイやピッチ変化を加える。
- 歌が揃っていない→タイミング補正や部分的なコンピングで整える。
まとめ:いつ使い、いつ控えるか
ダブルトラッキングは非常に有効な技法ですが、乱用すると音像がぼやけたり、モノラル互換性を損なう危険があります。最も重要なのは曲の求める表現に寄り添うことです。楽曲が求めるインティマシー(親密さ)を優先するならシンプルな単独トラックが適していることもありますし、力強さと広がりを求めるならダブルトラッキングは強力な武器になります。
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参考文献
- Abbey Road Studios - What is ADT? (Automatic Double Tracking の解説)
- Britannica - Les Paul(レス・ポール:多重録音の歴史)
- Wikipedia - Overdub(オーバーダビング/ダブルトラッキングの概説)
- Sound on Sound - Double-tracking(テクニック解説)
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