ゴルフ場と芝生管理で知っておきたい「センチピードグラス」完全ガイド

はじめに — センチピードグラスとは何か

センチピードグラス(学名:Eremochloa ophiuroides)は、温暖地向けの広がる性質を持つ暖地型(warm-season)芝草です。原産は東アジア(中国南部や東南アジア)ですが、20世紀に米国南部へ導入され、住宅地や公共施設の低管理芝として普及しました。日本ではゴルフ分野での利用例は限定的ですが、南日本や暖地のゴルフ場(フェアウェイ周辺やラフなど)で低管理・耐暑性を理由に検討されることがあります。本稿では、ゴルフ場の視点も交えてセンチピードグラスの特徴、施工・維持管理、注意点を詳しく解説します。

特徴と見た目

センチピードグラスは地面をはう(stoloniferous)走出(ストロン)で広がる芝です。葉は比較的幅があり、色はライトグリーン〜黄緑寄りで、密度は中程度。成長は遅めで、伸び方は横へ広がるタイプのため自然な絨毯状の被覆が得られます。耐暑性や耐湿性は高めですが、耐寒性はあまり強くありません。病害虫への感受性や土壌条件の好みが他の代表的な暖地型(バミューダグラスなど)と異なるため、用途を限定して選ぶのが賢明です。

気候・適応域

温暖で多湿な条件を好み、主に米国南部沿岸域や亜熱帯的気候で良好な生育を示します。日本国内では南日本の沿岸部や温暖地で適応する可能性がありますが、寒冷に弱く冬季の被害(褐色化・休眠)や春先の回復遅れが生じやすいため、寒冷地や標高の高いゴルフ場での採用には注意が必要です。

土壌条件と施肥の考え方

  • pH:センチピードグラスは酸性土壌を好む傾向があり、中性〜アルカリ性に偏ると鉄欠乏(葉色が薄くなる)などが起きやすい。土壌pHは事前の土壌分析で把握し、必要なら酸性化(硫黄資材等)を検討する。
  • 肥料:成長速度は遅く、窒素要求量は低めです。過剰な窒素施用は過繁茂や病害の誘発、回復力低下を招きます。ゴルフ場で使用する場合も、フェアウェイやラフの維持レベルに応じて低〜中程度の窒素管理を基本とし、分割施肥で年数回に分けるのが一般的です。
  • 水はけと土壌構造:やや砂質で排水が良い土壌を好みますが、一定の耐湿性もありスタンディングウオーターには弱い。重粘土では根張りが浅くなりやすいので、排水改良や改良材の投入、深層改良を検討します。

施工と更新(播種・植え付け・ロールアウト)

センチピードグラスは種子での流通もありますが、種子は発芽や純度のばらつき、コスト面で不利なことがあるため、ゴルフ場や大面積での導入ではプラグ(株分け)やストロン(スプラグ)、ソッド(芝生ロール)による植栽が一般的です。植え付け時期は生育が活発になる晩春〜初夏が適期で、土壌温度と気温が安定してから行うと活着が良好です。

刈り込み(モウイング)とグリーンでの適性

刈高の管理は用途によって大きく変わります。一般には1.5〜5 cm 程度で管理されることが多く、低刈りに強い品種でもベントグラスやペレニアルライグラス、バミューダのように超低刈り(グリーンレベル)での速い回復は期待できません。そのためゴルフ用としては「グリーン」には適さないことがほとんどで、フェアウェイやラフ、練習場周辺、低管理エリア(コース周辺の景観用)での採用が現実的です。ボールの走り(ロール)や均一性を重視するトーナメントレベルのグリーンには不向きです。

潅水(かんすい)と乾燥耐性

根が浅めのため乾燥にはやや弱い面がありますが、基礎的には乾燥ストレスに対して比較的耐性を示します。過剰潅水は病害発生や根腐れの原因になるため、必要に応じた深めの間隔での潅水(灌水)を心がけ、土壌水分センサーを用いた管理や早朝の灌水を行うことが推奨されます。ゴルフ場では灌水設備と土壌水分管理を併用し、部分的な乾燥と湿潤をうまくコントロールすることが重要です。

病害虫と生態的脅威

  • センチピードグラスは線虫(ネマトーダ)やモグラ、モグラに伴う土壌動物による被害を受けやすいことが報告されています。特に花崗岩地域や砂壌土での線虫被害は芝の細根を傷めるため注意が必要です。
  • 菌核病やパッチ病(大型パッチなど)のような糸状菌疾患に感染する場合があり、過剰な窒素や過湿は発生リスクを高めます。
  • 害虫としては芝ミミズやモリチャ(mole cricket)などによる掘り起こしが問題になることがあります。病害虫対策は土壌診断・観察に基づく統合的管理(IPM)が有効です。

除草と薬剤の取り扱い

センチピードグラスに使用できる除草剤や殺菌剤、殺虫剤は製品ごとに対象種・適用ラベルが異なります。特に芝草は薬害(薬剤で葉焼けや成長阻害)が出やすいので、使用前に必ずラベルを確認し、ゴルフ場レベルの安全基準と環境配慮を優先してください。除草に関しては事前の雑草調査と、機械的管理(目土・手取り)を併用することが望ましいです。

ゴルフ場での実際的な運用例と利点・欠点

利点:

  • 維持管理コストを抑えたいフェアウェイやラフ、練習場周辺で低投入・低頻度の管理を目指す場合に向く。
  • 高温多湿期に見た目の回復力が比較的良好で、夏季ゴルフの景観を維持しやすい。
  • 酸性土壌や低肥沃な土壌でも比較的安定して育つ特性。

欠点:

  • グリーンの超低刈りや高速ロールを要求される用途には適さない(回復力・密度・ボール挙動が不十分)。
  • 寒冷や低温に弱く、冬季の芝枯れ・復活遅延が発生しやすい。
  • 病害虫や線虫の影響で局所的に急激に衰退する「センチピードグラス衰退(centipede decline)」が報告されており、土壌診断やIPMが不可欠。

改修・再生とオーバーシーディング(秋冬管理)

既存のセンチピードグラスエリアをリノベーションする際は、まず土壌診断を行いpHや栄養バランス、線虫の有無を確認します。部分補植はプラグやストロンで行うのが現実的で、完全張替えはコストがかかります。冬期の外観維持やプレー性向上のためにライグラス類でオーバーシード(冬期芝種による補植)を検討する場合がありますが、ライグラスとの競合や薬剤・肥培管理の違いを踏まえた調整が必要です。

環境配慮と持続可能性

センチピードグラスは低施肥・低管理でも一定の被覆を保てるため、長期的には施肥や灌水の削減が期待できます。これにより化学肥料や水資源の使用を削減し、環境負荷を低減するポテンシャルがあります。ただし、病害虫発生時の突然の薬剤使用や部分的な再生はトータルでの環境負荷を上げる可能性があるため、事前の計画と監視が重要です。

現場で働くグリーンキーパー向けの実務チェックリスト

  • 導入前に土壌pH、CEC、線虫検査を実施する。
  • 年次施肥量は低めに設定し、分割で与える。葉色が薄ければ鉄や微量要素の補給を検討。
  • 灌水は土壌湿が過剰にならないよう、センサーとスケジュールに基づく運用を行う。
  • 春先の回復期は雑草や病害の監視を強化し、早期対策を行う。
  • 薬剤使用はラベルを厳守し、地域の規制や安全基準を満たすこと。
  • 部分的な衰退には速やかにプラグやストロンで補植し、原因(土壌や線虫)を並行して対処する。

まとめ

センチピードグラスは「低管理で耐暑性を発揮する」特性から、ゴルフ場の一部(フェアウェイ周辺、ラフ、練習場、景観帯)で有用ですが、グリーンや大会基準のフェアウェイのように高速性・均一性を求められる場所には向きません。導入の前に気候、土壌、維持方針をよく検討し、土壌診断を基にした管理プランを立てることが成功の鍵です。

参考文献