市場規模分析の完全ガイド:データ・手法・実務で差がつく市場評価の進め方
はじめに:市場規模分析の重要性
市場規模分析は、新規事業立ち上げ、投資判断、製品開発、営業戦略立案において最初に行うべき基礎作業の一つです。正確な市場規模の把握は、ビジネスの実現可能性を評価し、リソース配分やKPI設定、成長見込みの説明に不可欠です。ただし市場規模は単なる数値ではなく、前提や手法に依存するため、分析の目的に応じた設計と透明性が求められます。
市場規模分析の目的と使いどころ
市場規模分析は主に次の目的で用いられます。意思決定者への説得材料(投資家や経営陣への提示)、内部計画(販売予測と予算立案)、競合優位性の評価(市場シェア推計)、および製品マーケットフィットの検証です。目的により必要な精緻度と時間コストが異なるため、早期段階では概算(ラフなTAM)を用い、実行段階では詳細なセグメント別推計を行うのが一般的です。
基本フレームワーク:TAM/SAM/SOMとトップダウン・ボトムアップ
市場規模のフレームワークとして代表的なのがTAM/SAM/SOMです。TAMはTotal Addressable Marketで理論上捉え得る最大市場規模、SAMはServiceable Available Marketで自社の提供可能な範囲に絞った市場、SOMはServiceable Obtainable Marketで現実的に獲得可能な市場シェアを示します。分析手法としてはトップダウン方式(既存統計や業界レポートを使用して上位から推計)とボトムアップ方式(単価×顧客数など実データを積み上げて推計)があります。一般に信頼性を高めるためには両者を組合せ、クロスチェックすることが推奨されます。
データソースとフェルバッグ(裏取り)の重要性
市場推計には公的統計、業界レポート、調査データ、自社データ、一次調査など多様なデータソースが活用されます。日本では総務省統計局やe-Stat、経済産業省の統計(METI)、JETRO、各種業界団体の年次報告が代表的な公的データ源です。グローバルではOECD、World Bank、IMF、Statista、専門コンサルティング会社の報告が参照されます。複数ソース間で整合性を確認し、データの定義(製品分類、地域、期間)が一致しているかを必ず確認してください。
セグメンテーション設計:誰に対して測るのか
市場を正しく把握するには適切なセグメンテーションが必要です。セグメンテーション軸は顧客属性(年齢、業種、企業規模)、用途・ユースケース、地域、チャネル(オンライン/オフライン)、価格帯などが考えられます。目的に応じてセグメントを細かく分けすぎるとデータ不足で不確実性が増すため、分析の目的と利用者を意識して必要十分な粒度を設定します。
推計手法と計算モデルの実践例
代表的な推計手法は次の通りです。
- トップダウン:業界全体売上×自社対象セグメント比率で算出。手早く概算を得られる。例:日本の小売市場規模×オンライン比率×自社対象カテゴリ比率。
- ボトムアップ:単価×潜在顧客数(または利用頻度)で積上げ。精度は高いがデータ収集コストがかかる。例:1ユーザー当たり月額利用料×見込み顧客数。
- 比準(コンパラティブ)法:類似市場や類似サービスのデータを基にスケールや普及率を類推する方法。海外市場の浸透率を日本に当てはめるケースなど。
- 回帰・拡張モデル:経済指標や人口動態を説明変数に用いて将来需要を予測する統計モデル。
複数手法を用いる場合は結果の整合性を図り、前提条件を明示して比較します。
仮定設定と感度分析(シナリオ分析)の実務
市場規模は多くの仮定に依存します。価格、普及率、利用頻度、代替製品の存在、法規制の変化などが変数となります。したがってベースライン、楽観、悲観の3シナリオを用意し、主要パラメータに対する感度分析を行うのが標準的です。感度分析によりどのパラメータが結果に最も影響するかが明確になり、リスク管理や試験投入の優先順位付けに役立ちます。
将来予測:トレンド把握とモデリングの注意点
将来予測では過去の成長率を単純延長するだけでなく、技術変化、規制、消費者行動の構造的変化を考慮する必要があります。成長曲線には導入期、成長期、成熟期が存在する点を意識し、S字カーブモデルや採用曲線を活用すると有益です。また外部ショック(パンデミック、金融危機など)を加味したストレステストも重要です。
実務でのよくある落とし穴
- データ定義の不一致:売上ベースか取引量ベースかで比較できないケース。
- 過度な単純化:トップダウンのみでボトムアップの妥当性を検証しない。
- サンプルバイアス:一次調査の母集団が偏っている。
- 現実的な浸透スピードを無視した楽観的想定。
結果の可視化と意思決定への落とし込み
分析結果は意思決定者が直感的に理解できる形で提示することが重要です。主要な指標(TAM/SAM/SOM)、仮定一覧、シナリオ別グラフ、感度分析のトルコマップ(どの変数が重要か)を含め、結論と推奨アクションを簡潔に示します。スライドやダッシュボードでは時系列グラフ、ヒートマップ、テーブルを組合せると説得力が増します。
ツールとリソース
市場規模分析でよく使われるツールはExcel/Google Sheets(モデル構築)、Tableau/Power BI(可視化)、RやPython(統計解析、シミュレーション)です。一次調査にはSurveyMonkeyやGoogleフォーム、パネル調査はマクロミルやDynataなどのサービスが利用されます。公開データはe-Statや総務省、経済産業省などを優先的に参照してください。
ケーススタディ:サブスクサービスの市場規模推定例(概略)
例としてB2Cサブスクの日本市場を推定する簡単なプロセスは次の通りです。1) 対象人口の定義(全国15-65歳のスマホ保有人口)2) 購買可能性(興味層の割合)3) 平均支払い額×継続率でARRを算出。トップダウンで類似カテゴリーの市場シェアから整合性を確認し、感度分析で価格と継続率の影響を評価します。このように仮定を明示しておけば、実績が出た段階で逐次修正できる設計になります。
法務・倫理面の注意
市場分析の際に取得するデータに個人情報や機微情報が含まれる場合は、個人情報保護法やGDPR等の法令を順守する必要があります。また、第三者データを用いる際は利用許諾や転載条件を確認し、参照元を明記することが倫理的にも重要です。
まとめ:実務で使えるチェックリスト
- 目的を明確にし、必要な精度を定義する。
- トップダウンとボトムアップを組合せて推計する。
- 主要仮定を一覧化し、感度分析を実施する。
- データ定義を統一し、複数ソースで裏取りする。
- 結果はシナリオ別に可視化し、意思決定に直結する提言を付す。
参考文献
- 総務省統計局 e-Stat
- 経済産業省(METI)統計・報告書ページ
- 統計局ホームページ(日本の公式統計)
- OECD Data
- World Bank Data
- Investopedia - TAM/SAM/SOMの解説
- ジェトロ(日本貿易振興機構)
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