ハーモニックディストーション(倍音歪み)を徹底解説:測定・発生原理・音作りへの応用

ハーモニックディストーションとは何か

ハーモニックディストーション(倍音歪み、以下HD)は、入力信号に含まれる基準周波数(基音)に対して、整数倍の周波数成分(倍音)が新たに生じる現象を指します。オーディオや楽器の世界では「サチュレーション」「歪み」「倍音付加」といった言葉で語られることが多く、意図的に与えることで音色の豊かさや存在感(いわゆる“ウォームさ”や“アグレッシブさ”)を作り出します。

物理的・数学的な背景

線形システムでは出力は入力のスケーリングや位相シフトにとどまりますが、非線形(nonlinear)な振る舞いを持つ機器や回路では入力波形の形状が変化し、その結果としてフーリエ展開上に基音以外の周波数成分が出現します。数学的には入力が正弦波の場合、非線形性のある伝達特性をテイラー展開すると、各次数の項が基音の整数倍周波数(2倍音、3倍音…)を生みます。

重要な性質として、伝達関数が奇関数(f(-x) = -f(x))であれば偶数次成分は消え奇数次の倍音のみが生成されます。一方、動作点のオフセット(バイアス)や非対称な要素があると偶数次倍音も発生します。これが「チューブ(真空管)機器が偶数倍音を多く含み“暖かく”聞こえる」と説明される技術的理由の一つです(ただし聴覚的印象は倍音分布と音量、時間領域の変化に依存します)。

測定指標:THD とスペクトラム

ハーモニックディストーションを定量化する代表的な指標が Total Harmonic Distortion(THD、総高調波歪み)です。一般的な定義は基音以外の全高調波成分の二乗和の平方根を基音成分の大きさで割ったもの(パーセント表記)です。計測器やオーディオ分析ソフトでサイン波を入力してFFTを観測すると、基音に対する2倍音・3倍音などのピークが見えるため、実際の歪み成分を視覚的に判断できます。

注意点として、THDは総合的なエネルギー比を示すため倍音の分布(偶数寄りか奇数寄りか、高次倍音が多いか低次が多いか)や時間変化(モジュレーションやアタック時の歪み)を反映しません。人間の耳での印象と完全に一致するわけではないため、スペクトラム表示や聴感評価を併用することが重要です。

ハーモニックの種類と音響的印象

  • 偶数倍音(2次、4次…):基音の整数倍で位相関係が比較的音楽的であるため「倍音的に調和的」「暖かい」「豊か」と感じられることが多い。管球(真空管)系の機器が偶数倍音を多く生む傾向がある。
  • 奇数倍音(3次、5次…):基音に対してやや不協和な成分を含み、クリスプで歯切れの良い、あるいは硬い印象になる。ギターアンプのハードクリップやトランジスタ回路で顕著になる場合がある。

この区別は一般的な傾向であり、具体的な主観評価は元の音源、倍音の相対レベル、リスニング環境、他のプロセッシングとの組み合わせに強く依存します。

ハーモニックディストーションの発生源(実機レベル)

  • 真空管回路(チューブ):真空管の静特性は滑らかな非線形で、動作点の設定次第で偶数倍音を多く生成します。プリ管やパワー管の飽和は独特の「暖かさ」と余韻を生む。
  • トランジスタ/オペアンプ:一般に奇数倍音が目立ちやすい。出力段のクリッピングは急峻になりやすく、高次倍音が増えると「ギラつき」や「硬さ」を生む。
  • テープ・磁気飽和:アナログテープは非線形で周波数により特性が異なり、低次倍音と高域のわずかなコンプレッションを伴う。サチュレーションは音にまとまり(glue)を与える。
  • トランスフォーマ/インピーダンス不整合:磁気飽和や巻線の非線形が倍音を生成することがある。
  • デジタル系(A/D・D/Aやサンプルクリップ・量子化):クリッピングや高レベル入力によるデジタル飽和は高次倍音を発生させる。量子化ノイズ自体は広帯域のノンハーモニック成分が主だが、特定条件下で周期的な歪みが観察されることがある。

音作りでの応用例

  • ギター/ベースの歪みペダル:オーバードライブ、ディストーション、ファズは意図的に波形を歪ませ倍音を強調して楽器の存在感を作る。ソフトクリッピング(丸める)かハードクリッピング(切る)かで音色が大きく異なる。
  • プリアンプと真空管エミュレーション:ボーカルやスネアに軽くかけることで倍音が加わりミックス内での立ち位置が良くなる。
  • テープ/サチュレーションエフェクト:ミックスバスに軽く適用して音の一体感やパンチ感を出す手法が一般的。
  • ハーモニックエキサイター/倍音生成器:不要な高域を人工的に補うために高次倍音を合成し、耳に“明るさ”を与える。

制御・デザインの実践テクニック

倍音を活用する際は、単に歪ませれば良いというものではなく、意図した倍音成分だけを付加するための工夫が必要です。主な手法を列挙します。

  • 前処理のEQ:不要な低域をカットして飽和特性を安定させる(低域が多いと不快な歪みになる場合がある)。
  • マルチバンド/帯域限定サチュレーション:特定の周波数帯にのみサチュレーションをかけ、他を保護することでバランスを保つ。
  • パラレル処理(ニューヨーク方式):原音とディストーション音をブレンドして、原音のトランジェントを残しつつ倍音感を付加する。
  • 動的処理併用:コンプレッサーやトランジエントシェイパーで歪みの目立つ部分を整える。
  • 位相と位相関係の調整:倍音は位相によって相殺・強調されるため、混ぜ方で音色が変わる。

測定と実験:自分で確かめる方法

ハーモニックディストーションの特性を把握するために簡単にできる実験を紹介します。

  • 基音(例:1kHzの正弦波)を用意し、異なる機器(チューブプリアンプ、トランジスタ回路、デジタルクリップ)に入力して出力をオーディオインターフェースで録音する。
  • 録音した波形をFFT解析ソフト(例:REW、Audacityのスペクトラム表示、あるいはDAW内のスペクトラム)で観測し、基音と倍音の相対レベルを確認する。
  • THDやTHD+Nの数値を比較し、どの装置がどの程度の倍音エネルギーを生むかを定量的に評価する。

ハーモニックディストーションとインターモジュレーション歪み(IMD)の違い

ハーモニック歪みは単一の周波数成分から整数倍の周波数が生じる現象ですが、複数周波数が同時に存在する場合に発生する別種の非線形歪みとしてインターモジュレーション歪み(IMD)があります。IMDでは二つ以上の音が混ざり合って新たな非整数周波数成分(和差音など)を生むため、音楽信号においてはIMDの影響が聴感に対してより不快に感じられる場合があります。よって音作りではHDとIMDの両方に注意を払う必要があります。

実務上の注意点と誤解の解消

  • 低THD=良い音、という単純な図式は成り立ちません。THDの数値だけで主観的な好みを決めることはできません。
  • 真空管=暖かい、トランジスタ=冷たい、というのは傾向であり、回路設計やフィルタリング、コンポーネント次第で大きく変わります。
  • デジタルでも上手に設計されたサチュレーションは良好な音質を作ることができる。逆にアナログでも設計が悪ければ不快な歪みを生む。

まとめ:ハーモニックディストーションの活かし方

ハーモニックディストーションは音色設計の強力なツールです。倍音の種類(偶数/奇数)、強度、時間的挙動によって「暖かさ」「厚み」「存在感」「アタックの強調」など多様な効果を生みます。測定(THDやスペクトル)と聴感の両方で評価し、EQ、ダイナミクス、マルチバンド処理、パラレル処理などと組み合わせることで目的に応じた最適な歪み処理が可能になります。

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参考文献