ミッドサイド法(MS録音)完全ガイド:原理・実践・ミックスまでの活用法
はじめに — ミッドサイド法とは何か
ミッドサイド(Mid-Side、以下MS)法は、1本の“ミッド(M)”信号と1本の“サイド(S)”信号を組み合わせてステレオ音場を作る録音/処理手法です。Mは主に中央定位の情報を担い、Sは左右差分(空間やステレオ広がり)を担います。MS法の大きな利点は、録音後にステレオ幅を自在に調整でき、モノラル互換性が高く、ミックスやマスタリングで柔軟に使える点です。
原理と音響的な直感
MS法はステレオ信号を「和」と「差」に分解する数学的操作に基づきます。簡潔に言えば、左右(L/R)を足し合わせたものがミッド、左右の差分がサイドです。逆に、ミッドとサイドを合成すれば左右が再現できます。
直感的には、ミッドは“ステージ中央”の音(ボーカル、中心に定位する楽器)を担当し、サイドは“左右の空間情報”や残響・アンビエンスなどの成分を含みます。Sのレベルを上げればステレオ感は広がり、下げれば収束してモノ寄りになります。
エンコードとデコードの数学(基本式)
デジタルやDAW上での標準的な定義は次のとおりです。
- エンコード(LR → MS): M = (L + R) / 2, S = (L − R) / 2
- デコード(MS → LR): L = M + S, R = M − S
実務では、MとSを別トラックに録り、デコード時に片方(通常はS)を位相反転して合成する方式がよく使われます。Sの位相(ポラリティ)と向きを揃えることが正しいデコードには不可欠です。
マイク配置と基本セットアップ
伝統的なMS録音では、次の2本のマイクが使われます。
- ミッド:単一指向(通常はカーディオイド)マイクを中央に向けて設置。中心定位の音を拾う。
- サイド:双指向(フィギュア8)マイクを90度向けて、左右の情報を拾う。片方のローブが左、もう片方が右を正の位相で感度を持ちます。
配置は一般に同軸(コインシデント)に近い形で行い、時間差による定位ぶれを最小化します。サイドはミッドとできるだけ同じ高さ・位置に置き、浮いて聴こえることを避けます。リボンやフィギュア8のコンデンサをSに使うのが一般的です。
録音手順(実践的なチェックリスト)
- マイクの位相と向きを確認する:Sの正負ラベル(またはケーブルの結線)を確認。デコード時に一方を反転する必要がある。
- ゲイン合わせ:Mは中心の音量を基準に、Sは空間感を捉えられるレベルにセット。ただしクリップに注意する。
- モノチェック:Mだけで聞くと中央の音、Sだけで聞くと左右差分(多くは薄く聞こえる)になるはず。MSデコード後にL/Rが正しく再現されるか確認。
- 録音後のメタ情報:どちらのトラックを反転するか、マイクの向き、使用したポラリティなどをメモしておく。
DAWでのデコード(ルーティング手順)
一般的な手順は以下の通りです。
- MトラックとSトラックを用意する(ステレオトラックに録っている場合は左右を分ける)。
- Sトラックのコピーを作るか、2つのインスタンスで処理する。片方は通常位相、もう片方は位相を反転。
- 左チャンネル = M + S(Sは正相)、右チャンネル = M +(Sの逆相)。DAW上ではSをモノにして片方を反転、Lにパン左、Rにパン右で振り分ける手法が手軽です。
- Sのゲインを上下してステレオ幅を調節する。Mは定位の安定のためにそのままにすることが多い。
MS処理の利点
- ステレオ幅の後処理が可能:録り終えた後にSレベルを上げ下げして空間感をコントロールできる。
- 優れたモノ互換性:LとRが完全に同相成分(M)に集約されるので、モノにまとめたときに位相の打ち消しが少ない。
- 選択的な処理:MとSを個別にEQ/コンプ/リバーブなどで処理でき、中央と空間を分けて整えることができる。
- 放送や映画の制作で有用:センターの明瞭さを保ちつつ、広がりを操作できるため、放送モニターや多様な再生環境で有利。
MS処理でよく使うテクニック
以下はスタジオで頻繁に使われる応用です。
- 中央(M)に軽くコンプ、サイド(S)に広がり系のEQや軽いハイシェルフをかける。これでボーカルの輪郭を保ちながら空気感を強調できる。
- Mに低域を残し、Sには低域をカットして位相の問題や低域の広がりを防ぐ(例:Sに80–120Hz以下をハイパス)。
- Sにステレオ専用のリバーブやディレイをかけて左右の空間を広げる一方、Mはクリーンに保つ。
- マスタリングでのMS処理:低域はMに集中させ、Sは中高域で広がりを作る。全体のステレオ幅コントロールに適している。
注意点とトラブルシューティング
MS法は強力ですが、誤った扱いでトラブルを招くこともあります。
- 位相の混乱:Sトラックの位相が逆になっていると正しくデコードされない。L/Rが逆に定位したり、中央成分が薄くなる。
- 音量増幅:MとSを合成するとレベルが上がることがある。デコード後にピークやゲインステージを確認してクリップを避ける。
- 過剰なサイド強調:Sを上げすぎると定位が不自然になり、スピーカー間で定位の安定感が失われる。
- 低域の両極配置:サイドに低域を残すと再生環境によって低域の位相差が生じ、モノで低域が薄くなることがある。一般にSには低域のハイパスを推奨。
MSと他のステレオ技法との比較
代表的な技法と比較すると次のような特徴があります。
- MS vs XY:どちらも時間差を避けるコインシデント系。XYはパンチと定位が即決定されるのに対し、MSは録音後に幅を調整できる柔軟性がある。
- MS vs AB(間隔ペア):ABは時間差と残響を重視するためより自然でワイドなサウンドになるが、モノ互換性や定位の精密さではMSが有利。
- MS vs Blumleinペア:Blumleinは2本のフィギュア8を90°に配置する方法で、原理はフィギュア8の空間情報を直接使います。Blumleinは非常に自然ですが、MSのようなポストでの幅調整はできません。
現場での応用例
MS法は様々な場面で有用です。以下は典型例です。
- アコースティックギター/ピアノ録音:中心をMで、部屋の響きや左右のイメージをSでコントロールすることで、後で幅を調整できる。
- ジャズやクラシックの小編成:録音後にステレオイメージを演出しつつ、モノチェックに強い録音が得られる。
- ドラムのオーバーヘッドやフィールドレコーディング:環境音と主体を分けて処理できる。
- 放送やポストプロダクション:放送基準や多様な再生装置に対応しやすい。
よくある設定のTips
- Sはモノにして確認:Sトラックをモノにすると左右の差分がどの程度か把握しやすい。
- デコード前のEQは注意深く:M/S個別にEQする際はデコード後の結果を常にモニタすること。位相相互作用が想定外の変化を生む場合がある。
- プラグインの利用:多くのプラグイン(DAW標準やiZotope、Wavesなど)がMS処理機能を持ち、ビジュアルに幅を調整できる。これらを活用すると手早く安全に操作できる。
まとめ
ミッドサイド法は、録音からミックス、マスタリングまで幅広く使える柔軟なステレオ技法です。中心成分(M)と差分(S)を分離して扱えるため、ステレオ幅の調整、モノ互換性の確保、選択的なEQやダイナミクス処理が容易になります。ただし、位相や低域処理、適正なゲイン管理に注意しないと望ましくない結果になることもあります。現場での確認(モノチェック、位相チェック)を習慣化することで、MSの利点を最大限活かせます。
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参考文献
- Mid-side recording — Wikipedia
- Sound On Sound — Mid/Side Recording
- Shure — Mid/Side Recording (guide)
- iZotope — What is Mid/Side Processing?
- Waves Audio — Mid/Side Processing overview


