メロディックトラップとは何か──起源・音楽的特徴・制作技法・今後の展望を徹底解説
イントロダクション
メロディックトラップ(Melodic Trap)は、2010年代中盤以降にヒップホップ/トラップの潮流の中で急速に広まったサブジャンルで、トラップ特有のリズム/サウンドを保ちつつ、メロディや和音進行を前面に押し出したのが特徴です。自動チューン(Auto-Tune)やメロディックなラップ/歌唱、シンセ・パッドやギター的なサウンドを組み合わせ、エモーショナルな表現を強めた楽曲が多く、ポップ寄りのヒットを生み出す力にも長けています。
起源と歴史的背景
トラップ自体は2000年代初頭にアトランタのヒップホップシーンから派生しました。初期のトラップは粗いビート、重い808ベース、そしてストリートや犯罪に直結したリリックが中心でしたが、2010年代に入ると、Zaytoven、Metro Boomin、Mike Will Made-Itなどのプロデューサーや、Future、Young Thugらの表現が多様化を促しました。
その変化の中で、ラップと歌の境界が曖昧になり、よりメロディを重視するアプローチが広がります。Post Malone、Travis Scott、Lil Uzi Vert、Juice WRLD、Lil Baby、NAVなどのアーティストは、トラップのビートに感傷的なメロディや恋愛/内省的な歌詞を重ね、メロディックトラップの流行を加速させました。こうした潮流は、クラウド・ラップやエモ・ラップ、R&Bの要素を取り込むことでさらに豊かな表情を獲得しました。
音楽的特徴
- リズムとドラム:典型的なトラップのハイハットの細かい連打(16分音符〜32分音符)、トリプレット(3連系)フィーリング、スネアやクラップの配置はそのまま維持されます。キックは大きなサブベースと結びつき、低域を支配します。
- 808ベース:サブベースの存在感が強く、メロディックトラップでは808がメロディと対話するように使われることが多いです。サイドチェインやピッチベンドで表情をつける手法も一般的です。
- メロディとハーモニー:シンセ・パッド、エレクトリックギターのアルペジオ、マリンバやベル系の音色などを用いて、調性感(スケールや和音進行)を前面に出します。短調(マイナーキー)を基本とし、哀愁を帯びたメロディが好まれます。
- ボーカル表現:オートチューンやピッチ補正を効果的に使い、メロディアスな歌唱ラインとラップを行き来します。感情的でしばしば内省的な歌詞が特徴です。
制作テクニック(プロダクション)
メロディックトラップの制作では、以下のような要素が頻出します。
- サウンドデザイン:柔らかいパッド、リバーブのかかったリード、プラック(短くて鋭いシンセ)やギター系のサンプルを重ね、空間的な広がりを作ります。プリセットの加工(フィルター、ディチューン、モジュレーション)で独自性を出します。
- メロディの作り方:スケールはマイナーやドリアン、場合によってはメジャーの切り替えを利用します。短いフレーズをループさせ、オートメーションで変化を付けることで耳に残るフックを作ります。
- ベース&キックの処理:808とキックの周波数を分けるためにサイドチェインやEQの切り分けを行い、低域のぶつかりを避けます。808のピッチをメロディに合わせて曲全体で可変させることが多いです。
- ボーカル・プロセッシング:オートチューンのセッティングは曲の美学を左右します。軽くかけることでナチュラルな歌唱感を残すか、強めにかけてシンセのような音色を作るかで印象が変わります。ダブルトラック、ハーモニーの重ね、ディレイやリバーブで奥行きを出します。
- アレンジとダイナミクス:ビルドアップとブレイクを意識した展開が多く、サビ(フック)でメロディを最大限強調します。音数を削って空間を作ることで、入ってくるメロディに耳が向くように設計されます。
和声・メロディ理論の応用
メロディックトラップではシンプルながら効果的な和音進行が多用されます。短調の「i–VI–VII」や「i–VII–VI」的な進行、あるいはマイナー→メジャーのモーダルシフトを用いたドラマティックな変化が典型です。コードはシンセやパッドで持続させ、上音域にキャッチーなメロディを配置します。ブルース/ペンタトニックのフレーズがボーカルメロディに用いられることも多く、親しみやすさと哀愁を同時に与えます。
歌詞・テーマ
メロディックトラップの歌詞は従来のトラップのテーマ(犯罪、麻薬、ストリート)に加え、恋愛、孤独、メンタルヘルス、成功と孤独の二面性など内省的な内容が多く見られます。これはリスナーとの感情的な共鳴を狙ったもので、特に若年層に強い支持を得ています。
主要アーティストと代表曲(事例)
- Future — 多くの楽曲でメロディックなアプローチを採用し、トラップのメロディ化を牽引。
- Travis Scott — サイケデリックな空間系プロダクションとメロディが特徴(例:Astroworld関連曲)。
- Post Malone — トラップとポップの橋渡し的存在で、メロディ中心の楽曲で商業的成功を収める。
- Juice WRLD — エモーショナルでメロディアスなラップ/歌唱が象徴的。
- Lil Uzi Vert, NAV, Lil Baby などもメロディックトラップの重要アクター。
グローバルな広がりとクロスオーバー
メロディックトラップはアメリカ発祥ですが、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、アジアでも独自の発展を遂げています。例えばラテン・トラップはスペイン語圏でメロディとリズムが融合し、新たなヒットを生み出しました。さらにK-popや日本のポップシーンにおいてもトラップ由来のビートやメロディ手法が取り入れられています。
批評と論点
支持側は「感情表現の幅が広がった」「ポップ性とアンダーグラウンドの融合に成功した」と評価します。一方で批判としては「商業化で個性が薄れる」「プロダクションが似通いがち」といった点が挙げられます。また、オートチューンの多用が“表現の近代化”か“音楽的均質化”かで議論を呼ぶこともあります。
今後の展望
テクノロジーの進化(AI制作補助、リアルタイムボーカル処理)やジャンル横断的コラボレーションにより、メロディックトラップはさらに多様化すると考えられます。エモ/ポップ/R&Bの要素をどのように取り入れるか、ローカルな音楽文化とどう融合するかが次の鍵です。また、制作側のクリエイティビティが求められる中で、サウンドデザインやミックスの細部が差別化ポイントとなるでしょう。
実践的アドバイス(プロデューサー/アーティスト向け)
- シンプルなコード進行と強いフックを組み合わせ、ボーカルが映える空間を作る。
- 808とキックの周波数処理に注意して、低域を明確に分離する。
- オートメーションでシンセやエフェクトに変化をつけ、反復を飽きさせない工夫をする。
- ボーカルの感情表現を最優先にしてエフェクトを選ぶ(リバーブ量、ディレイのテンポ同期など)。
まとめ
メロディックトラップは、トラップのリズム的・低域的強度を維持しつつ、メロディや和声、感情表現を前面に出すことで、大衆性とアーティスティックな深みを両立させたジャンルです。制作面ではサウンドデザイン、ボーカルプロセッシング、アレンジの巧妙さが重要であり、今後もジャンル横断的な進化が期待されます。
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参考文献
- Trap music — Wikipedia
- What Is Melodic Rap? — Genius
- Producing trap — Sound On Sound (制作テクニックの記事)
- How Trap Music Took Over — Rolling Stone
- Billboard — トラップ/ヒップホップ関連記事
- Travis Scott — Wikipedia
- Future — Wikipedia
- Post Malone — Wikipedia
- Juice WRLD — Wikipedia
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