ヴェイパーウェーブとは?起源・美学・技法・主要アーティストと派生の深層解説
ヴェイパーウェーブの概要
ヴェイパーウェーブ(Vaporwave)は、2000年代後半から2010年代初頭にかけてインターネット上で形成された音楽ジャンルおよび視覚文化です。滑らかに加工された既存の楽曲(イージーリスニング、スムーズジャズ、R&B、広告音楽、80〜90年代のポップ)をサンプリングし、テンポを落としたりピッチを変えたり、ループやリバーブを多用して作られることが多く、郷愁(ノスタルジア)と資本主義や消費文化への皮肉・風刺が同居する点が特徴です。
起源と歴史的背景
ヴェイパーウェーブは、インターネット(Bandcamp、SoundCloud、Tumblr など)を媒介として2010年前後に顕在化しました。重要なマイルストーンとしては、2011年に発表された Vektroid 名義(Macintosh Plus)の『Floral Shoppe』や、James Ferraro の『Far Side Virtual』(2011、ヴェイパーウェーブ前史的な作品とされることが多い)などが挙げられます。これらのリリースを通じて、既存メディアの「消費され尽くした美学」を再提示する方法が確立されました。
初期は匿名・変名での活動が多く、匿名性やネットミーム文化と結びついてジャンルが拡散しました。2010年代中盤には、シーンは多様化し、よりダンス寄りの「フューチャーファンク」や、商業施設の空気を模した「モールソフト」、より激しい音像の「ハードヴェイパー(Hardvapour)」などの派生ジャンルが出現しました。
美学(ビジュアル)と主題
ヴェイパーウェーブは音だけでなく、特有の視覚表現(ヴィジュアル・アイデンティティ)を持ちます。典型的なモチーフは以下の通りです。
- 80〜90年代のコンピュータUI(Windows 95風)や低解像度のCG
- ギリシャの大理石彫刻やローマ風の柱(古典彫刻)とネオンの組み合わせ
- 日本語やカタカナの断片(消費文化や海外から見たエキゾチシズムの象徴として)
- ショッピングモール、ATM、企業ロゴ風のイメージ
- ピクセル化・色飽和・グリッチ表現
これらはしばしば「過去の消費文化への郷愁」と「資本主義の空虚さへの批評」を同時に表現します。表面的にはノスタルジアに満ちて見えても、作中の改変や断片化は元のコンテクストを揺るがし、逆説的な解釈を促します。
音楽的手法と制作技術
ヴェイパーウェーブで多用される制作技術は比較的単純ながらも効果的です。代表的な手法は以下の通りです。
- サンプリング:既存楽曲(BGM、CM音楽、古いポップスなど)を切り取り、再利用する。
- タイムストレッチ/ピッチシフト:テンポを遅くしたり、音程を下げることで「朧げな郷愁」を生む。
- ループと断片化:短いフレーズを繰り返すことで反復的な催眠効果を作る。
- リバーブ/ディレイ/ローファイ処理:空間感と遠近感を強調し、古い再生装置のような質感を付与する。
- イコライジング/テープ・サチュレーション:周波数帯を操作して時代的な質感を再現する。
また、映像やアートワークはトラックの印象を大きく左右するため、制作時点でビジュアルと音の連携が重視されます。
主要アーティストと代表作
シーンを形作った重要人物と作品は以下の通りです(代表的な例)。
- Vektroid(Ramona Xavier) - Macintosh Plus『Floral Shoppe』(2011): ヴェイパーウェーブの象徴的作品として広く認知。
- James Ferraro - 『Far Side Virtual』(2011): ヴェイパーウェーブの前史的影響を与えたとされる実験的ポップ。
- Saint Pepsi(現 Skylar Spence) - 『Hit Vibes』(2013)など: フューチャーファンクやダンス寄りの影響を示す例。
- 2814(HKE & Telepath) - 『Birth of a New Day』(2015): エレクトロニカ/アンビエント寄りに進化した側面を示す。
これらの作品はジャンルの多様性を示し、ポップ寄りの作品から深い環境音楽的作品まで幅があります。
サブジャンルと進化
ヴェイパーウェーブは短期間で多くの派生を生みました。主なサブジャンルは以下です。
- フューチャーファンク(Future Funk):ディスコ・ファンクや日本のシティポップのサンプルを使い、ダンス性の高い楽曲を作る。
- モールソフト(Mallsoft):ショッピングモールのBGMや環境音を模したアンビエント志向。
- ハードヴェイパー(Hardvapour):鋭いビートや工業的・暗い音響を前面に出し、ヴェイパーウェーブへの反発・再解釈を行う。
2010年代後半にはこれらの要素が交錯し、幻想的・環境的な作品や、政治的・実験的な方向へと広がっていきました。
文化的意味と批評
ヴェイパーウェーブは単なるノスタルジア表現ではなく、消費社会やデジタル時代の記憶の消費を問い直す実践だと評価されることがあります。一方で、「ただのミーム」「サンプリングの著作権問題」など批判もあり、商業利用や主要メディアでの文脈化により本来の皮肉性が希薄になるとの指摘もあります。
どのように作るか(入門ガイド)
初めてヴェイパーウェーブを制作する場合、基本的なステップは以下の通りです。
- 素材を探す:古いBGM、CM、80〜90年代のポップなどからサンプルを選定。
- DAWで編集:選んだフレーズをタイムストレッチ、ピッチシフト、ループ化。
- 質感付与:リバーブ、EQ、テープ・エミュレーション等で古びた音像を作る。
- アートワーク作成:古いOS風UI、彫刻とネオン、カタカナ文字などを組み合わせる。
- 発表:Bandcamp や SoundCloud、Tumblr などネット上で匿名/変名で公開することが一般的。
著作権には注意が必要で、商用利用や配信を考える場合はサンプルクリアランスやリサンプリング(再演奏)を検討してください。
現在の状況と影響
2020年代に入ってもヴェイパーウェーブは断続的に再評価され、ファッション、広告、映像表現、ゲーム音楽などに影響を与え続けています。インターネット・ミーム文化やリミックス・カルチャーの重要な一形態として、デジタル時代の記憶と消費を考察する素材を提供しています。
結論
ヴェイパーウェーブは音楽ジャンルとしてだけでなく、視覚表現と結びついた総合的なカルチャー現象です。ノスタルジアと批評性、ネット文化の即興性が混在し、常に変化し続ける点がこのムーブメントの本質といえます。制作と受容の双方において、過去と現在の関係を再構築する試みが今後も続いていくでしょう。
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参考文献
- Vaporwave — Wikipedia
- Macintosh Plus: Floral Shoppe — Pitchfork
- Why Vaporwave Stuck Around — Pitchfork
- Vaporwave: the genre that seduced the internet — The Guardian
- Future funk — Wikipedia
- Hardvapour — Wikipedia
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