パーシェ指数とは?計算式・特徴・実務での使い方を詳解(ラスパイレス・フィッシャーとの比較付き)
パーシェ指数とは
パーシェ指数(Paasche index)は、ある時点の価格変化を測るための代表的な価格指数の一つで、19世紀のドイツ人経済学者ヘルマン・パーシェ(Hermann Paasche)の名に由来します。特徴は“比較の重み(ウェイト)”に当該比較時点(現在)の数量を使う点で、消費者・生産者が当該時点の選好や配分を反映した重みで価格変動を評価します。
基本的な計算式
パーシェ価格指数(P_P)は次の式で定義されます。
P_P(0,t)=\frac{\sum_i p_{t,i} q_{t,i}}{\sum_i p_{0,i} q_{t,i}}
ここで p_{t,i} は時点 t における財 i の価格、q_{t,i} は時点 t におけるその数量、p_{0,i} は基準時点 0 の価格です。分子は時点 t の価格で現時点のバスケット(数量)を購入するコスト、分母は基準価格で同じバスケットを購入するコストであり、比率で示されるため価格水準の相対変化を直接表します(多くは 100 を掛けて百分率表示します)。
簡単な数値例
- 基準年(0年): 商品A price=100, 商品B price=200
- 現在年(t年): 商品A price=120, 商品B price=180
- 現在年の数量(q_t): A=10, B=5
分子 = 120×10 + 180×5 = 1200 + 900 = 2100
分母 = 100×10 + 200×5 = 1000 + 1000 = 2000
P_P = 2100 / 2000 = 1.05 → 5% 上昇
この例では、現在の消費配分で見ると全体の価格は 5% 上がったと評価されます。
ラスパイレス指数との対比
もっとも比較されるのはラスパイレス指数(Laspeyres index)で、これは基準時点の数量 q_0 を重みとして用います。
Laspeyres は式 L(0,t)=\frac{\sum p_t q_0}{\sum p_0 q_0}。
一般的な性質として、
- ラスパイレスは基準時の消費バスケットを固定するため、価格上昇に伴う代替(substitution)効果を捉えられず、物価上昇率をやや高めに示す(上方バイアス)傾向がある。
- パーシェは現在の消費バスケットを使うため、代替を反映して価格上昇率を低めに示す(下方バイアス)傾向がある。
したがって典型的には P_P ≤ P_F ≤ L(厳密ではないが、消費の代替方向が一般的であればこの傾向になる)という関係が観察されます。ここで P_F はフィッシャー理想指数です。
フィッシャー理想指数との関係
フィッシャー理想指数(Fisher index)はラスパイレスとパーシェの幾何平均で定義されます。
P_F = sqrt(L × P_P)
フィッシャー指数は多くの理論的性質(例えば時間反転性や因子反転性の満足)を持ち、「理想的」または「スーパーラティブ(superlative)」指数として評価されることが多いです。ただし実務上は計算の容易さやデータ可用性により Laspeyres 系列やチェーン方式が使われることも多いです。
理論的性質(テスト)
- 時間反転性(Time reversal test): 価格指数を逆方向に計算すると逆数になるべきという性質。フィッシャーは満たすが、ラスパイレスとパーシェは一般に満たさない。
- 因子反転性(Factor reversal test): 価格指数と数量指数の積が価値比(Σp_t q_t / Σp_0 q_0)に等しくなるか。フィッシャーは満たすが、個別のラスパイレス・パーシェは満たさない。
- 代替効果の内包: パーシェは現在の数量で重みをとるため消費者の代替をある程度反映するが、完全な生活費補償(cost-of-living)概念とは一致しない。
長所と短所(要点)
- 長所
- 現在の構成(q_t)を使うため実際の消費パターンを反映しやすい。
- 価格上昇に対する代替の影響を織り込みやすく、実際の支出変化に即した評価が得られやすい。
- 短所
- 現在の数量が分からないと計算できないため、速報性の高い統計や遡及的なベース年比較では不便。
- パーシェは「下方バイアス」を持つ傾向があり、真の生活費・付加価値の変化を過小評価することがある。
- 時間反転性や因子反転性を満たさないため理論的一貫性に欠ける点がある。
実務での利用例と留意点
パーシェ指数は以下の用途で用いられることがありますが、各国の統計局は使い分けやチェーン方式を採用することが多いです。
- 生産者物価指数(PPI)の一部や特定産業の価格分析で、当期の構成(生産量)に基づく評価を行う場合。
- 国民経済計算における付加価値や産業別実質系列計算では、チェーン化したパーシェ型の処理やフィッシャーを参照することがある(ただし実務は国による)。
- 企業の内部分析や特定サービスの価格変動を、実際の販売構成に合わせて評価する際に有用。
注意点としては、現在数量の入手可能性、製品の質変化の調整、集合財(composite items)の取り扱い、製品の範囲変化(新製品や絶滅品)など諸問題があります。これらはどの指数にも共通する課題ですが、パーシェは数量が変動することによるバイアスの影響を受けやすいです。
チェーン化(chain linking)と実務的解決
チェーン化は、各期を隣接する期と比較して短期の指数を算出し、それらを連鎖的に掛け合わせて長期の時系列を作る方法です。チェーン・パーシェやチェーン・ラスパイレスという呼び方で実務上よく使われます。
チェーン化の利点は基準の陳腐化(古い基準の数量や価格が現実を反映しなくなる問題)を軽減すること、欠点は長期間の累積により連鎖誤差や解釈の複雑さが生じることです。
分解と要因分析
パーシェ指数を用いる場合、価格変動の寄与を商品群別・要素別に分解できます。典型的に総合指数の変動は「価格効果」と「数量効果(構成変化)」に分けられ、一定期間の値の変化を詳細に分析する際に便利です。分解では常に分子・分母に用いる数量が明確であることが重要です。
政策・経営への示唆
物価や生産価格を評価する際にパーシェを採用すると、実際の市場行動(消費・生産のシフト)を反映でき、価格ショックに対する経済主体の適応を評価しやすくなります。一方で公的統計で物価上昇率を示す場合、下方バイアスにより実際の生活費上昇を過小に評価するリスクがあるため、複数の指標(ラスパイレス、フィッシャー、トーンクヴィストなど)で補完するのが望ましいです。
まとめ
パーシェ指数は「当該時点の数量をウェイトにとる」ことで代替効果を反映しやすい価格指数です。具体的な用途や目標に応じてラスパイレスやフィッシャーと使い分けることが重要で、単一の指数だけに依存すると政策判断や企業戦略で誤った結論を導く可能性があります。現代の統計実務ではチェーン化やスーパーラティブ指数の採用により、パーシェの利点を取り入れつつバイアスを低減する工夫が取られています。
参考文献
- U.S. Bureau of Labor Statistics: Chapter on Price Indexes
- ILO: Consumer Price Index Manual: Theory and Practice
- OECD/Eurostat: Handbook on Price and Volume Measures in National Accounts
- Diewert, W. E.: Exact and Superlative Index Numbers (学術論文解説)
- Wikipedia: Index number (参考的背景資料)


