建築・設備向け冷媒 R152a(HFC‑152a)徹底ガイド:特性・安全対策・設計上の留意点
はじめに — R152a(HFC‑152a)とは何か
R152a(一般名:1,1‑ジフルオロエタン、化学式 C2H4F2、CAS No. 75‑37‑6)は、冷媒として利用されるハイドロフルオロカーボン(HFC)の一種です。従来の高GWP冷媒に比べて地球温暖化係数(GWP)が低く、冷凍・空調分野で代替冷媒として注目されています。一方で可燃性を持つため、建築や設備における導入・運用時には設計上・安全管理上の配慮が不可欠です。本稿では、建築・土木(特に設備設計・維持管理)の観点からR152aの特性、適用領域、規制・基準、設計上の注意点、維持管理、代替冷媒との比較までを詳しく解説します。
物性と基本特性
- 化学名・識別:1,1‑ジフルオロエタン(1,1‑difluoroethane)、CAS 75‑37‑6。
- 相転移温度:沸点は低温側(大気圧で約‑24〜‑25℃程度)で、空調用途や小型冷凍機に使いやすい蒸発温度域を持ちます。
- 熱力学特性:冷凍サイクルにおける圧力・温度特性は既存のHFC系冷媒(例:R134a)と比べて類似点があるため、熱効率が良好なケースが多いです。ただし系統設計(充填量、圧力比、オイル互換性など)は冷媒特性に応じて見直す必要があります。
- 環境特性:オゾン層破壊係数(ODP)はゼロとされ、二酸化炭素換算のGWP(100年時間水平)は低めで、従来のR134aやR404Aなどよりも環境負荷が少ない点が利点です(参照資料を末尾に提示)。
- 安全性(可燃性・毒性):R152aは可燃性(ASHRAEの安全分類でA2:低毒性だが可燃性のカテゴリに該当することが多い)で、引火・爆発リスクに対する設計・運用上の対策が必須です。毒性は低めですが、閉所での高濃度漏洩は窒息や酸欠リスクを招きます。
建築設備での適用分野と実績
R152aは主に以下のような分野で検討されます。
- 小型冷凍・冷蔵ショーケース、家庭用や業務用の小型冷凍機
- 一部の民生用・商業用空調機器の代替冷媒
- 冷媒の熱交換特性を活かした中温域の冷凍サイクル
ただし、ビル中央式空調等の大型設備においては、可燃性であることから充填量規制や安全設備の追加が必要になり、導入コストや施工の難易度を吟味する必要があります。
設計上の留意点(建築・設備の視点)
建築物にR152aを導入する際には、以下の設計上のポイントを検討してください。
- 充填量と機器の配置:可燃性冷媒は建築基準法や消防法、各種指針で充填量制限が定められている場合があります。充填量が多い場合は機械室の容積や換気回数、爆発防護設計が必要です。
- 換気計画:万一の大量漏洩を想定した強制換気や自然換気の設計、換気口の位置・容量算定が必要です。換気設備は漏洩時に速やかに濃度を希釈できる能力を持つことが望ましいです。
- 漏洩検知と自動遮断:可燃性検知器(ガス検知器)や自動停止装置、電源遮断系を導入し、所定濃度でのアラーム・自動処置を設計に組み込むことが安全対策の基本です。
- 配管・機器材料・潤滑油の適合性:R152aと冷凍機油やシール材との相性を確認すること。オイルの分離・返油設計や材料耐久性評価が必要です。
- 圧力安全対策:高圧低圧の両側で圧力安全弁や安全容器の設計、配管支持・振動対策などを行います。
- 電気設備・防爆対応:可燃性ガスが存在し得る場所では防爆仕様の機器・電気配線、スパーク防止対策を検討します(法令・規格に準拠)。
- 保守性・点検計画:定期検査(漏洩検査、ガス検知器点検、配管接続部の締め付け等)を実施できる設計と管理体制を整備します。
法規制・基準(国内外のポイント)
日本国内や国際的には冷媒に関する規制・基準があり、R152aの導入はこれらに従う必要があります。主な指針は次の通りです。
- フロン類排出抑制法(日本):冷媒の管理、点検、漏えい通知などが規定されています。可燃性冷媒に対しては取り扱い上の措置が求められる場合があります。
- 消防法・消火設備関係:可燃性ガスを扱う設備に対する消防上の要件(機械室の区画、防爆・防火措置、排気換気等)に適合させる必要があります。
- ASHRAE Standard 15 / ISO 817:冷媒の安全分類や設計ガイドラインの国際基準。R152aは可燃性と分類されるため、規格に従った安全設計が必要です。
- 各自治体の建築基準・条例:機械室や換気、設備配置に関して地域独自の要件がある場合があります。
導入前に必ず関係法令・指針を確認し、行政・消防・保守業者と協議してください。
施工・据付時の注意点
- 施工業者は可燃性冷媒の取り扱い教育・資格を持ったスタッフを配置することが推奨されます。
- 現場での溶接・加工作業は冷媒の保管・配管完了後に行わない、または適切なガス抜き/換気を行うなどの安全措置を徹底してください。
- 配管試験(圧力試験・漏えい検査)は所定の手順で行い、冷媒充填前に異常がないことを確認します。
- 機器選定時にはメーカーの適用確認(R152a対応の熱交換器、コンプレッサー、弁類など)を行い、保証条件や保守体制も確認してください。
維持管理と点検(施設管理者向け)
運用中は以下のポイントを日常的に確認してください。
- 漏洩検知器の常時監視と定期校正
- 機械室・配管の状態点検(接続部の発熱、振動、腐食など)
- 冷媒充填量の把握と定期的な品質確認(不純物の混入がないか)
- 緊急時対応手順の整備と訓練(ガス漏洩時の避難、電源遮断、消防通報手順)
- 保守記録の保存(法令で定められた記録保持期間に従う)
環境評価とライフサイクル視点
R152aはGWPが相対的に低い点で環境面の利点がありますが、建築物に導入する際は冷媒のライフサイクルを総合評価することが重要です。具体的には、製造段階、運用中の漏洩率、機器のエネルギー効率、廃棄・回収時の処理までを含めた評価が必要です。冷媒の回収・再生体制が整っているか、廃棄時に適正処理ができるかを契約段階で確認しておきましょう。
他冷媒との比較と代替検討
R152aを検討する際、以下の点で他冷媒と比較します。
- GWPと環境負荷:従来のR404AやR134aと比べてGWPは低めで地球温暖化対策上のメリットがある。
- 安全性:R32や天然冷媒(プロパン:R290、二酸化炭素:R744)なども代替候補だが、可燃性や高圧などそれぞれ別の安全・技術課題がある。R152aは可燃性だが熱効率面で優れる場合がある。
- 設備改修の必要性:既存システムのレトロフィットは、材料相性や充填量、圧力条件の違いで大規模な改修が必要になることがあるため総費用を比較検討する。
実務的な導入フロー(チェックリスト)
- 法令・規格の確認(関係省庁、消防署、地方自治体)
- 用途・負荷条件に適合するかの熱負荷解析
- 安全評価(充填量、換気、検知、隔離設計)
- 機器・部材仕様の確定(メーカー適合確認)
- 施工計画と作業手順(安全教育、緊急対応を含む)
- 試運転・性能確認(効率、漏洩検査、検知器動作)
- 運用保守計画の確立(点検頻度、記録、担当者)
導入事例と建築設計への示唆
実際の導入例では、小規模店舗の冷凍ショーケースや小型業務用冷蔵庫での採用が比較的多く、これらではR152aの熱性能とコストバランスがメリットとなっています。ビル全体の空調システムでの採用は、充填量・安全対策の要件から慎重な検討が必要です。建築設計段階で機械室の容積や換気経路、防爆や監視系統の設置スペースを確保しておくことが、将来の冷媒変更時にも有効です。
まとめ(設計者・施工者・施設管理者への提言)
R152aはGWPが比較的低く、熱性能面で有利な点があるため、建築設備の一部用途では有力な代替冷媒になり得ます。しかし可燃性という特性が設計・施工・運用に影響するため、法規・基準に準拠した安全設計、漏洩検知・換気・防爆対策、適正な維持管理計画が必須です。導入にあたっては、建築設計段階で関係者(設計者、消防・行政、施工業者、機器メーカー、保守業者)を早期に巻き込み、総合的なリスク評価と対策を行うことが成功の鍵です。
参考文献
- PubChem: 1,1‑Difluoroethane (CAS 75‑37‑6)
- Wikipedia: 1,1‑Difluoroethane
- ASHRAE(米国暖房冷凍空調学会) — 規格と安全分類(Standard 34 / Standard 15)
- 環境省:フロン類対策関連情報(日本)
- U.S. EPA — Refrigerants and Environment(冷媒に関する情報)
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