DRセンター(災害復旧センター)とは|設計・運用・クラウドDRの実務ガイド
災害復旧センターとは — 概要
災害復旧センター(Disaster Recovery Center、以下「DRセンター」または「DRサイト」)は、自然災害、火災、停電、サイバー攻撃などにより通常のITサービス提供拠点が利用不能になった場合に、業務継続やITサービスの早期復旧を目的として代替の設備・人員・運用を提供する施設や体制を指します。DRセンターは単なる別拠点のデータセンターにとどまらず、復旧手順(Runbook)、通信回線、電力・空調、セキュリティ、人員体制まで含めた「復旧可能な環境」を意味します。
DRセンターの目的と位置づけ
- 業務継続(Business Continuity, BC)を支える:業務の中断時間を最小化し、重要業務を継続・復旧する。
- リスク分散:地理的分散により単一障害点(SPOF)を回避する。
- コンプライアンス対応:金融、医療、公共など規制の厳しい分野では法令や業界基準でDR能力の確保が求められる。
DRセンターの種類(ホット/ウォーム/コールド等)
- ホットサイト(Hot Site):本番環境とほぼ同等の機器とデータが常時稼働しており、切り替え時間(RTO)は短い。費用は高め。
- ウォームサイト(Warm Site):機器やネットワークは用意されているが、データ同期や一部設定が必要。RTOは中程度。
- コールドサイト(Cold Site):物理的なスペースや電源などは確保されているが、機器やデータは準備されていない。復旧に時間がかかるがコストは抑えられる。
- スナップショット/バックアップ拠点:バックアップデータを保管する施設。復旧の起点となる。
- クラウドDR(仮想DR):クラウド上に復旧環境を持ち、オンプレミス障害時にクラウド側へフェイルオーバーする方式。柔軟性と自動化が強み。
設計の基本要素
DRセンターを設計する際は以下の要素を明確化・確保する必要があります。
- 重要業務・システムの特定:事業影響分析(BIA)により、どのシステムをどの優先度で復旧するかを決定する。
- 目標復旧時間(RTO)と目標復旧地点(RPO):許容できるダウンタイムとデータ損失量を定義する。RTOは時間単位、RPOはデータ時間差(例:15分)で設定される。
- データ保護とレプリケーション方式:同期レプリケーション(同期ミラーリング)か非同期レプリケーションか、増分バックアップやスナップショットの採用など。
- ネットワーク設計:フェイルオーバー時のIP設計、BGP、多重回線、VPNや専用線の確保。
- 電力・環境設備:UPSや非常用発電機、空調、耐震性の確保。
- セキュリティとアクセス管理:物理的アクセス制御、暗号化、認証・ログ管理。
運用とテスト(継続的な検証が重要)
DRは「作って終わり」ではなく、定期的な検証と更新が不可欠です。具体的には:
- 定期的な全体リハーサル(テーブルトップ演習、部分フェイルオーバー、完全フェイルオーバーの実施)
- 定期的なバックアップの復元テスト
- 運用手順書(Runbook)の整備と最新化
- ステークホルダー(経営、現場、委託先)への周知と役割分担の明確化
- 学習と改善:インシデント後の振り返り(Post Mortem)で手順・設計を改善
クラウド時代のDRセンター(クラウドDR/ハイブリッドDR)
近年はクラウドを活用したDRが一般化しています。クラウドDRの利点は柔軟性、短時間でのリソース調達、自動化の容易さです。一方、クラウド転送コスト、データ保管の法規制、クラウドベンダー依存(ベンダーロックイン)といった懸念もあります。
- クラウドネイティブのDR:インフラをコード化し、IaCで即時復旧を目指す。
- ハイブリッドDR:オンプレミスとクラウドを組み合わせ、重要データは複数場所に冗長化する。
- クラウドベースのレプリケーションツール:例としてAWS Elastic Disaster Recovery、Azure Site Recoveryなど。
運用体制と人材
DRには技術要員だけでなく、連絡調整、意思決定、ベンダー調整を行う体制が必要です。
- BCP/DR責任者:事業継続計画とDR計画の統括者。
- IT復旧チーム:ネットワーク、サーバー、ストレージ、データベース、アプリケーションの各担当。
- コミュニケーション担当:社内外への情報発信、顧客対応。
- 外部ベンダー・代替拠点管理:データセンター業者、クラウド、通信事業者との契約と連携。
コストと投資判断
DRはコストがかかるため、投資判断にはROI(投資対効果)やリスクベースでの優先順位付けが重要です。ポイントは:
- 重要システムの損失による事業影響(売上損失、顧客信頼の毀損、罰則)を金額化する。
- RTO/RPOに応じたコスト最適化:厳しいRTO/RPOほどコストは高くなる。
- アウトソーシング(DRaaS:Disaster Recovery as a Service)の活用により初期コストを抑え、運用型にする選択。
法令・コンプライアンスの観点
業界によってはBCP/DRの整備が義務付けられている場合があります。例えば金融分野では当局によるガイドラインがあり、個人情報や機微データの扱いは法令(個人情報保護法など)に注意が必要です。海外にDR拠点を置く場合はデータ越境の規制も確認してください。
よくある誤解と注意点
- 「バックアップ=DR」ではない:バックアップはデータ保護の一部であり、復旧時間や切り替え手順を含めたDR計画が別に必要。
- 「クラウドに上げれば安心」ではない:クラウド側の障害や設定ミス、人為ミスは発生する。設計とテストが重要。
- 定期テストを怠ると機能しない:環境やソフトウェアの変化により、未検証の手順は失敗する可能性が高い。
導入手順(実務フロー)
- 現状分析(インベントリ、BIA、リスク評価)
- 復旧目標設定(RTO/RPO)
- 設計(DRサイトの種類選定、レプリケーション方式、ネットワーク設計)
- 契約・調達(データセンター、通信、クラウド、外部支援)
- 構築(環境整備、手順書作成、アクセス管理の設定)
- テスト(段階的なリハーサル、全社演習)
- 運用(定期レビュー、更新、教育)
まとめ
DRセンターは単なる「代替サーバ置き場」ではなく、事業継続を保証する総合的な仕組みです。設計は業務優先度、RTO/RPO、コスト、規制を踏まえたリスクベースで行い、定期的なテストと改善を続けることが成功の鍵です。クラウドの登場により柔軟な選択肢が増えましたが、どの方式を採るにせよ「実行可能な手順」「検証」「体制」が揃っているかを常に確認する必要があります。
参考文献
- NIST Special Publication 800-34 Rev. 1 — Contingency Planning Guide for Federal Information Systems
- ISO 22301 — Business continuity management systems
- AWS — Disaster Recovery
- Microsoft Azure — Azure Site Recovery
- 情報処理推進機構(IPA) — 情報セキュリティ・BCP関連資料
- FEMA — Continuity Guidance and Resources


