RPC(Remote Procedure Call)完全ガイド:仕組み・代表実装(gRPC/Thrift)と設計・運用のベストプラクティス
はじめに — RPCとは何か
RPC(Remote Procedure Call、リモートプロシージャコール)は、異なるアドレス空間(通常は別のプロセスや別のマシン)上にある関数や手続きを、あたかもローカル関数を呼び出すように実行できるようにする通信抽象です。プログラマは遠隔地の処理を意識せずに呼び出しを行えるため、分散システムやマイクロサービス設計で古くから広く使われてきました。
基本概念とメリット・デメリット
RPCが提供する主な利点は、以下の通りです。
- 抽象化:ネットワークやシリアライゼーションの詳細を呼び出し側から隠蔽できる。
- 生産性向上:ローカル呼び出しと同じ感覚で分散処理を実装できる。
- 言語間/プラットフォーム間の橋渡し:IDL(Interface Definition Language)や共通のシリアライズ方式により多言語連携が可能。
一方で注意点もあります。
- 透明性の罠:ローカル呼び出しの感覚で使うと、ネットワーク遅延や部分障害に起因する問題を見落とす。
- フォールトトレランスの複雑化:再試行や重複排除、タイムアウト設計が必要になる。
- 相互運用性やバージョン管理の課題:IDLやシリアライズの変更は互換性問題を引き起こす。
動作原理:スタブ、マーシャリング、トランスポート
典型的なRPCの実行フローは次の要素で構成されます。
- スタブ(クライアント側)/スケルトン(サーバ側):呼び出しインターフェースをローカルの関数呼び出しに見せかける生成コード。呼び出しをパケット化し、戻り値を復元する役割。
- マーシャリング/アンマーシャリング(シリアライズ/デシリアライズ):引数や戻り値をバイト列に変換して送受信するプロセス。プロトコルによりバイナリ(Protocol Buffers、Thriftなど)やJSON/XMLなどが使われる。
- トランスポート:通常はTCPやHTTP/2、UDPなどの上でRPCメッセージを送る。gRPCはHTTP/2、古典的なONC RPCはUDP/TCPを利用する。
- 呼び出しセマンティクス:同期(ブロッキング)、非同期(コールバックやFuture/Promise)、ストリーミングなど様々な動作モードがある。
代表的なRPC実装とプロトコル
歴史的・実用的に多くの実装があります。主要なものを概観します。
- ONC RPC(Sun RPC): UNIX系で古くから用いられる。RFC 1831 などにまとめられている。
- DCE/RPC: Distributed Computing Environment の一部として定義され、Windows の RPC 実装(MSRPC)にも影響を与えた。
- CORBA: オブジェクト指向の分散オブジェクト基盤。IDL中心で複雑だが強力な機能を持つ。
- XML-RPC / SOAP: XMLを使ったRPCスタイル。Webサービスの初期によく使われた。
- JSON-RPC: JSONベースの軽量RPC仕様。HTTPやWebSocket上で使われる。
- Thrift(Apache): Facebook発、IDLと多言語対応のフレームワーク。多様なトランスポート/プロトコルをサポート。
- gRPC: Google発。Protocol Buffers と HTTP/2 を使い、ストリーミングや双方向通信、強力なIDL生成を提供。近年のマイクロサービスで広く採用。
歴史的背景(要点)
RPCの原点に関する有名な論文として、Birrell と Nelson の「Implementing Remote Procedure Calls」(1984年)があり、RPC概念の基礎を築きました。その後、Sun の ONC RPC、DCE、CORBA といった大規模分散システム向けの規格が発展し、Web時代にはXML/JSONベースのRPCが流行、近年はgRPCやThriftのような高速バイナリプロトコルが主流になりつつあります。
設計上の注意点(実運用で重要なポイント)
RPCを使う際は、以下の観点で設計・運用を慎重に行う必要があります。
- 部分障害の扱い:リモート呼び出しはネットワークや相手サーバの失敗に脆弱。タイムアウト、リトライ、サーキットブレーカー(例:NetflixのHystrix)を用意する。
- 冪等性(べきとうせい):再試行時に副作用が二重発生しないよう、APIを冪等に設計するかユニークIDで重複排除する。
- セマンティクスの明示:at-most-once(最大1回)、at-least-once(少なくとも1回)、exactly-once(正確に1回)といった振る舞いを明示し、必要ならアプリ側で保証する。
- スキーマ/バージョン管理:IDLやメッセージフォーマットの互換性維持が重要。後方互換を意識した拡張ルールを定める。
- 観測性:分散トレーシング(OpenTelemetry)、メトリクス、ログを導入し、遅延やエラーの原因を追跡できるようにする。
セキュリティと認証
RPCはネットワークを跨ぐため、認証、認可、暗号化が必須です。一般的にはTLS/SSLで通信を保護し、mTLS(相互TLS)でクライアント・サーバ双方を検証するパターンが多いです。さらにAPIキー、OAuth、JWTなどで呼び出しの権限管理を行います。古いRPC実装には認証が脆弱なものもあるため注意が必要です。
パフォーマンスと効率化技法
性能面では、シリアライズ効率、ネットワークの往復回数(RTT)、接続の多重化(HTTP/2のストリーミングやコネクション再利用)などが重要です。バッチ化やストリーミングを使って多くの小さなリクエストをまとめる、非同期呼び出しで待ち時間を隠蔽する、といった最適化が使われます。gRPCのHTTP/2ベース設計は、多重化や低レイテンシに有利です。
適用例とユースケース
- マイクロサービス間通信:サービス分割による機能呼び出しにRPCを利用(gRPCやThriftが人気)。
- クラウドサービスAPI:内部実装はRPCだが、外部にはRESTやgRPCで提供されることが多い。
- 分散データベースやRPCベースの制御プレーン:ノード間の命令伝達や状態同期。
- リモート管理・RPCベースのRPC(例:プロセス間通信、OSのRPC機構)。
ベストプラクティス(まとめ)
- ネットワークを意識した設計:遅延・障害を前提にする。
- 契約駆動のインターフェース設計:IDLやスキーマを中心にバージョン管理を行う。
- 冪等性・重複排除・トランザクション境界を明確化する。
- セキュリティを標準で組み込む(TLS、認可、監査)。
- 観測性の確保:分散トレース、メトリクス、ログを整備する。
今後の動向
近年はマイクロサービスやサーバーレスの普及に伴い、低レイテンシで多言語対応できるRPC(gRPC、HTTP/2、HTTP/3対応の進展など)が注目されています。また、Web向けにはgRPC-WebやGraphQLのような代替インターフェースも使われます。さらに分散トレーシングやサービスメッシュ(例:Istio、Linkerd)との組み合わせで、RPCの運用性が向上しています。
まとめ
RPCは「リモート処理をローカル呼び出しの形で扱える」強力な抽象であり、適切に使えば開発生産性と性能の両立が可能です。しかし「ネットワーク上の呼び出し」であることを忘れず、障害対策、セキュリティ、互換性管理、観測性を設計段階から組み込むことが成功の鍵になります。
参考文献
- Andrew D. Birrell and Bruce J. Nelson, "Implementing Remote Procedure Calls" (1984)
- RFC 1831 - XDR: External Data Representation and ONC RPC
- gRPC(公式ドキュメント)
- JSON-RPC Specification
- XML-RPC Specification
- Apache Thrift(公式サイト)
- Wikipedia: Remote procedure call


