階層チャート(階層図)完全ガイド:作成手順・設計のコツとUMLとの違い

階層チャートとは

階層チャート(階層図、英: hierarchy chart / structure chart)は、システムやプログラムを機能やモジュールの階層構造として可視化する図です。主にトップダウン設計の文脈で用いられ、システムを上位モジュールから下位モジュールへ分割した「分割統治」の考え方を表現します。各ボックス(モジュール)とそれらを結ぶ線によって、呼び出し関係や包含関係、データの流れや制御の方向性を示します。

起源と背景

階層チャートは、1970年代以降の構造化設計(Structured Design)や構造的プログラミングの流れの中で発展しました。Ed Yourdon や Larry Constantine らが提案した手法(モジュール分割、結合度と凝集度の概念など)は、階層チャートを体系的な設計ツールとして普及させました。近年では UML やアーキテクチャ記述(ISO/IEC 42010)といった標準手法が広がる一方で、階層チャートはモジュール分割やドキュメントの簡潔な提示手段として今も利用されています。

階層チャートの主な要素と記法

  • モジュール(ボックス): システムの機能単位。上位・下位の関係で配置され、一般に上に親モジュール、下に子モジュールを示す。
  • 呼び出し線・包含線: 親から子へ向かう線で、呼び出し関係または包含関係(子モジュールが親の一部として動作)を示す。
  • データフローの注記: モジュール間で渡されるデータやパラメータを注記することがある。Yourdon 流派では「データ結合」「制御結合」などの区別を重視した表記も用いられる。
  • 制御要素: 条件分岐や反復などの制御構造は、別途記号や注記で表すか、子モジュールの役割で表現する。

階層チャートと他の図(フローチャート・UMLなど)の違い

  • フローチャート: フローチャートは処理の流れ(制御フロー)を逐次的に表現する。対して階層チャートは機能の分割・呼び出し階層を示し、処理の細かな手順は表現しない。
  • UML(クラス図・パッケージ図・コンポーネント図): UML はオブジェクト指向設計や静的構造、動的振る舞いを多面的に表現できる。階層チャートはより手続き的・構造的な視点に寄り、特にモジュール分解を直感的に示す用途で簡潔に使える。
  • データフローダイアグラム(DFD): DFD はデータの流れと処理を重視。階層チャートはモジュールの包含関係と呼び出しを重視するため、目的が異なる。

用途とメリット

  • トップダウン設計の指針: システム全体を上位から下位へ分解して設計を進められるため、設計の全体像を掴みやすくなる。
  • 役割と責務の明確化: 各モジュールが果たす責務を明示することで、保守性や再利用性の向上につながる。
  • コミュニケーションツール: 開発チームや利害関係者に対して、システム構造を非専門家にもわかりやすく説明できる。
  • 影響範囲の把握: 変更や障害発生時にどのモジュールに影響が波及するかを視覚的に追える。
  • テスト設計への活用: モジュール単位での単体テストケース設計や結合テストの優先順位付けに役立つ。

実際の作成手順(実践ガイド)

  • 1. システムの主要機能を洗い出す
    高レベルの機能(例:ユーザー認証、注文管理、レポート生成)を列挙し、親モジュールとして配置します。
  • 2. トップダウンで分割する
    各機能をさらに細かいサブ機能に分解します。分解は「責務が単一になるまで」続けるのが基本。
  • 3. モジュール名と責務を明記する
    各ボックスに短い名前と(必要なら)1行程度の責務説明を付けます。責務は具体的かつ簡潔に。
  • 4. データや制御の関係を注記する
    モジュール間のデータ受渡しや制御フラグがある場合は、線上に注記しておくと実装時の誤解を減らせます。
  • 5. レビューと反復
    チームレビューで冗長な分割や過度な結合を指摘し、凝集度を高め結合度を下げる方向で修正します。

設計上のコツとベストプラクティス

  • 単一責任の原則(SRP): 各モジュールは可能な限り一つの明確な責務を持たせる。
  • 名前付けは意味的に: モジュール名はその役割を短く表す語句にし、動詞(処理)や名詞(データ構造)を適切に使い分ける。
  • 結合度と凝集度を意識: データ結合(パラメータ渡し)を好み、グローバルデータや制御結合を減らす。
  • 階層は深くしすぎない: 深すぎる階層は理解性を下げる。適切な抽象化レベルを保つ。
  • 再利用性と変更容易性を考慮: 汎用的な機能は独立モジュールとして抽出し、他機能から依存される形にする。

注意点・落とし穴

  • 誤った抽象化: 機能を不自然に分割すると、呼び出しが複雑になり逆に理解しづらくなる。
  • 実行時の振る舞いを過度に期待しない: 階層チャートは静的な構造を示すため、並列処理やイベント駆動、例外処理などの動的側面は別図で補完する必要がある。
  • オブジェクト指向設計との適合性: 階層チャートは手続き的/モジュール的観点に強い。オブジェクト指向ではクラス図やシーケンス図と組み合わせて使う方が自然な場合が多い。
  • スケールの問題: 大規模システムでは図が巨大になりやすい。サブシステム単位で分割して管理する工夫が必要。

ツールと自動化

階層チャートの作成には多様なツールがあります。一般的な図作成ツール(Microsoft Visio、draw.io / diagrams.net、Lucidchart)に加え、テキストから図を生成するツール(PlantUML、Graphviz)を使えばバージョン管理や自動更新が容易です。IDE やリバースエンジニアリングツールでコードから呼び出し関係を抽出し、階層図の骨格を自動生成することも可能です。ただし自動生成図はノイズが多く、設計意図を反映するよう手動で整理する必要があります。

現代アーキテクチャへの適用例

  • モノリシックアプリケーション: 階層チャートは内部モジュールの依存関係を整理するのに有効。特にレイヤードアーキテクチャ(プレゼンテーション、ビジネスロジック、データアクセス)を示すのに適している。
  • マイクロサービス: サービス間の依存や役割分担を示す際に階層図的に整理できるが、サービス間の非同期通信や運用の境界は別の図(シーケンス図、コンテキスト図)で補完するのが望ましい。
  • ライブラリ・パッケージ設計: パッケージやライブラリの内部構成を示し、API と内部実装を分離して説明するのに有用。

短い実例(言葉で示すサンプル)

例えば「ECサイト」では、トップに「ECシステム」を置き、子として「ユーザー管理」「商品管理」「注文処理」「決済」「レポート生成」などのモジュールを並べます。注文処理をさらに分解すると「カート管理」「在庫チェック」「価格計算」「配送手配」が現れ、それぞれが独立した責務を持ちます。各線には「商品情報」「在庫数」「注文確定情報」などのデータフロー注記を付けると実装時のインターフェース設計がしやすくなります。

まとめ

階層チャートは、システムやソフトウェアをモジュール単位で分かりやすく表現するための古典かつ有効な手法です。トップダウン設計、責務の明確化、チーム内外のコミュニケーション促進、影響範囲分析など多くの利点があります。一方で実行時の振る舞いや並列処理を表現しにくい点、規模が大きくなると管理が難しい点などの限界もあります。UML やデータフロー図、シーケンス図と組み合わせて使うことで、設計の静的側面と動的側面を補完し、より堅牢で理解しやすいアーキテクチャ記述が可能になります。

参考文献