WLAN(Wi‑Fi)完全ガイド:基礎からWi‑Fi 6/7・セキュリティ・導入設計の実務ポイントまで
WLANとは — 基礎から最新技術までの詳解
WLAN(Wireless Local Area Network、ワイヤレスLAN)は、有線ケーブルを使わずに無線通信でローカルエリア内の機器同士を接続するネットワーク技術です。一般に「Wi‑Fi(ワイファイ)」というブランド名で広く知られており、家庭、オフィス、公共空間、工場などでの無線接続を支えています。本コラムではWLANの定義、歴史、主要規格、技術要素、運用とセキュリティ、導入・設計の実務的ポイント、今後の方向性までを詳しく解説します。
WLANの基本概念と用語
- SSID(Service Set Identifier):ネットワークの識別名。端末はSSIDを見て接続先を選ぶ。
- BSSID:アクセスポイント(AP)ごとの一意の識別子(通常はAPのMACアドレス)。
- AP(アクセスポイント):無線端末と有線ネットワークをつなぐデバイス。家庭用ルーターもAP機能を持つ。
- STA(Station):無線ネットワークに参加する端末(スマホ、PC、IoT機器など)。
- BSS / ESS:BSS(Basic Service Set)は1つのAPとそのカバー範囲内の端末群。ESS(Extended Service Set)は複数BSSをブリッジして広域を構成するもの。
- インフラストラクチャモード / アドホック(IBSS):APを介する方式と、端末同士が直接通信する方式(アドホック)。
歴史と規格の進化
WLANの標準はIEEE 802.11ファミリーとして定められています。主なマイルストーンは以下の通りです。
- IEEE 802.11(1997年):最初の標準。2 Mbps〜最高11 Mbps程度の速度規定。
- 802.11b(1999年):2.4 GHz帯で最大11 Mbps(DSSS) — 初期の家庭用普及に寄与。
- 802.11a(1999年):5 GHz帯でOFDMを採用、最大54 Mbps。
- 802.11g(2003年):2.4 GHz帯でOFDMを採用し、54 Mbpsを実現。
- 802.11n(2009年、Wi‑Fi 4):MIMOを導入、チャネルボンディングで最大数百Mbps。
- 802.11ac(2013年、Wi‑Fi 5):主に5 GHzで高速化。MU‑MIMOや広帯域チャネルでギガビット級を実現。
- 802.11ax(2019年、Wi‑Fi 6):OFDMA、改良されたMIMO、BSS Coloringなどで密集環境での効率向上。
- 802.11axの6 GHz適用(通称Wi‑Fi 6E):6 GHz帯の追加による帯域拡張。
- 802.11be(Wi‑Fi 7、標準化の進行): 320 MHzチャネル、4096‑QAM、マルチリンクなどさらなる高速化を目指す。
上記の「Wi‑Fi X」という名称はWi‑Fi Allianceが付与している世代名で、利用者向けのわかりやすい表記です。
周波数帯とチャネル、伝搬特性
主に利用される周波数帯は2.4 GHz、5 GHz、そして6 GHz(地域による)。各帯域には特徴があります。
- 2.4 GHz:伝播距離が長く障害物透過性が高いが、チャネルが狭く家電やBluetoothなどとの干渉が多い。
- 5 GHz:利用可能なチャネルが多く高速だが、減衰が大きく範囲は狭め。DFS(Dynamic Frequency Selection)やTPC(Transmit Power Control)の規制を受けるチャネルがある。
- 6 GHz:新たな広帯域を提供し干渉が少ないが、利用可能性は地域・機器依存。
チャネル幅(20/40/80/160/320 MHz)や空中線利得、出力設定が実効スループットと電波干渉に影響します。設計時にはDFSや地域の無線規則(例:国ごとの電波法やFCC規制)を遵守する必要があります。
物理層・MAC層の重要技術
- 変調と符号化:BPSKから高次QAM(256‑QAM、4096‑QAMなど)まで進化し、1シンボルあたりの情報量を増加。
- MIMO(Multiple Input Multiple Output):複数のアンテナで同時送受信し空間多重でスループットを向上。
- MU‑MIMO:複数端末へ同時に送信して効率化。
- OFDMA(802.11ax):チャネルを小さな資源単位(RUs)に分割し、複数端末の同時送信を可能にすることで遅延と効率を改善。
- ビームフォーミング:指向性を付与して特定端末へのSNRを改善。
- MACの改善:キャリアセンス(CSMA/CA)に加え、WMM(QoS)、802.11k/v/r(ローミング支援・管理)などが導入されている。
セキュリティの進化と実務的対策
無線は盗聴やなりすましのリスクが高いため、セキュリティ対策が不可欠です。主な歴史と推奨は次の通りです。
- WEP:初期の暗号化方式。脆弱で実務では廃止。
- WPA / WPA2:TKIP→AES(CCMP)へと改良。WPA2(AES)は長く主流だったが、設定ミスや古い実装に脆弱性が残る場合がある。
- WPA3:2018年に導入。個人向けにSAE(Simultaneous Authentication of Equals)で辞書攻撃耐性を向上、企業向けにより強固な暗号化とProtected Management Frames(PMF)の必須化などが含まれる。
- 認証方式:企業・大規模環境では802.1X(RADIUS + EAP、例:EAP‑TLSやPEAP)を推奨。PSKは小規模用途向け。
- 運用上の注意:WPSは既知の脆弱性があるため無効化、ファームウェアの定期更新、強いパスフレーズとPMFの有効化、管理ネットワークとユーザネットワークのVLAN分離が重要。
導入・設計の実務ポイント
良いWLANは単にAPを数多く置くだけでは実現しません。以下のプロセスとポイントを踏まえることが重要です。
- サイトサーベイ:事前に電波伝搬の測定と干渉源(隣接AP・電子機器)を把握。シミュレーションと実測を組み合わせる。
- チャンネルプランニング:特に2.4 GHzは非重複チャネルの制約があるため慎重に。5/6 GHzでは広い帯域を活用。
- AP配置と電力制御:セル間干渉を抑えるために出力と設置高さを調整。高密度環境ではセルを小さくして空中線制御を行う。
- Roaming対策:802.11r(高速ローミング)、k(測定情報)、v(BSS遷移管理)の実装でハンドオーバを改善。
- モニタリングとログ:端末の接続状況、再接続頻度、スループット、エラーなどを継続監視してボトルネックを特定。
- スケーラビリティと冗長性:大規模環境ではコントローラ型、クラウド管理型のソリューションが運用を楽にする。
性能改善とトラブルシューティングの考え方
「遅い」という苦情の多くは物理層の電波品質と65%以上がオーバーロード・干渉・設定ミスに起因します。代表的な対処法:
- 干渉源の特定(スペクトラムアナライザ/SSIDスキャン)と対策(チャネル変更、出力低下)。
- 密集環境では20 MHzでの運用やOFDMA/MU‑MIMOの活用、クライアント側のアップデート。
- 異常な再接続や高遅延があればログで再認証の失敗やビット誤り率(BER)を確認。
- クライアント多様性を考慮した混在運用(古い802.11b/gデバイスの存在はパフォーマンスに影響する)。
ユースケース別の考慮点
- 家庭:簡易なPSK+WPA2/WPA3設定で十分。ゲスト用SSIDとプライベートSSIDの分離を推奨。
- オフィス:802.1Xでユーザ認証、VLANによる分離、AP設置の計画的実施を行う。
- 公共/イベント:多数接続に対応するための帯域制御、キャプティブポータル、トラフィックシェーピングが必要。
- 産業用途:遅延や信頼性が重要。専用の産業用AP、高い冗長性、干渉対策を検討。
法的・規制面の注意
無線は各国で周波数割当や出力制限が定められているため、設計・導入時には該当する国・地域の法規制を遵守することが必要です(例:日本の電波法、米国のFCC規則、EUのETSI規格など)。特にDFSチャネルの運用や6 GHzの利用可否は地域差が大きい点に注意してください。
将来動向
今後の進化はより高いデータレートだけでなく、スペクトル効率の向上、低遅延・高信頼通信、多リンク化による柔軟な接続(MLA:Multi‑Link Operation)、IoT向けの省電力最適化などが中心です。Wi‑Fi 7(802.11be)では320 MHzや4096‑QAM、より高度なマルチリンク機能が期待されていますが、商用化の進展や端末側の対応状況を注視する必要があります。
まとめ
WLANは単に「無線でインターネットに接続する仕組み」ではなく、多数の物理/MACレイヤ技術、セキュリティ手法、運用ノウハウが絡む包括的なシステムです。適切な設計(サイトサーベイ、チャネル計画、AP配置)、強固なセキュリティ(WPA3や802.1Xの採用)、継続的な監視と更新がユーザ体験と安全性を大きく左右します。最新規格の恩恵を受けつつ、環境や利用目的に応じた現実的な設計判断が重要です。
参考文献
- IEEE 802.11 Standards (IEEE)
- Wi‑Fi Alliance — Wi‑Fi technology and certification
- Wi‑Fi Alliance — Discover Wi‑Fi (Wi‑Fi generations and features)
- FCC — Unlicensed Operations (spectrum rules)
- ETSI — European Standards for wireless communications
- Cisco — What is Wi‑Fi? (implementation & best practices)
- Jisc — Wi‑Fi design and deployment guide (practical considerations)


