ワイヤレスネットワーク完全ガイド:Wi‑Fiの仕組み・周波数・設計とセキュリティ対策

ワイヤレスネットワークとは

ワイヤレスネットワーク(無線ネットワーク)とは、ケーブル(有線)を使わずに電波や赤外線など無線の媒介を用いてデータを送受信する通信ネットワークの総称です。家庭やオフィスで一般的に使われるWi‑Fiをはじめ、セルラー(LTE/5G)、Bluetooth、LoRaWAN、Zigbeeなど用途や距離、帯域幅、消費電力の要件に応じてさまざまな規格と技術があります。本稿ではとくに一般的なLAN用途で使われる「ワイヤレスネットワーク(主にWi‑Fi)」を中心に、その仕組み、標準、設計・運用上の注意点、セキュリティ、今後の動向までを詳しく解説します。

歴史と標準化の枠組み

無線LANの標準は主にIEEE(米国電気電子学会)の802.11ファミリーとして策定され、Wi‑Fi Allianceが互換性認証やマーケティングを担っています。初期の802.11(1997年頃)以降、用途や技術革新に合わせて「802.11a/b/g/n/ac/ax/be」などの世代が生まれ、それぞれ周波数帯や変調方式、MIMOなどの機能が追加されてきました。

無線通信の基本原理

  • 搬送波と変調:情報は高周波の搬送波(キャリア)に変調して送られます。Wi‑FiではOFDM(直交周波数分割多重)やQAM(直交振幅変調)などが使われ、高速かつ効率的な伝送を実現しています。
  • チャネルと帯域幅:無線は周波数帯をチャネルに分割して使います。チャネル幅を広げると理論上の最大伝送速度は上がりますが、干渉やスペクトラム効率の問題も増えます。
  • 電波伝搬:電波は反射、回折、吸収により減衰し、距離や障害物によって到達可能距離や品質が左右されます。高周波帯ほど直進性が高く障害物に弱く、低周波帯ほど回り込みに強い傾向があります。
  • MIMOと空間多重:複数のアンテナを送受信に使うことで、同時に複数ストリームを扱いスループットを向上させます(MIMO、MU‑MIMOなど)。

主な周波数帯とチャネルの特徴

  • 2.4GHz帯:壁の透過性が高く到達距離が比較的長い。チャネル幅は主に20MHzでチャネル数が少ない(重複しやすい)。電子レンジやBluetooth等との干渉が問題になることがある。
  • 5GHz帯:チャンネル数が多く干渉が少ない。高周波のため到達距離は2.4GHzより短く、屋内では壁の影響を受けやすい。DFS(レーダー回避)規則が適用されるチャネルがある。
  • 6GHz帯(Wi‑Fi 6E):新たに開放された帯域(国により可否が異なる)で、幅広い非重複チャネルが利用できるため高帯域幅・低遅延用途に有利。ただし規制や利用条件が国によって異なる。
  • ミリ波帯(60GHz 802.11ad/ay):非常に高い帯域を提供するが到達距離が短く透過損失が大きい。特定用途向け。

主要なWi‑Fi世代と技術的特徴

  • 802.11b:2.4GHz、DSSSを使用、最大11Mbps(理論値)。
  • 802.11a:5GHz、OFDMを採用、最大54Mbps(理論値)。
  • 802.11g:2.4GHzでOFDM採用、54Mbps(互換性向上)。
  • 802.11n:MIMO導入、2.4/5GHzで最大600Mbps(理論値)、チャネル40MHz対応。
  • 802.11ac(Wi‑Fi 5):主に5GHz、VHT(Very High Throughput)、80/160MHzチャネル、256‑QAM、MU‑MIMO(ダウンリンク)をサポート。
  • 802.11ax(Wi‑Fi 6/6E):OFDMAを導入して多数端末での効率を改善、1024‑QAM、MU‑MIMOの強化、Target Wake Time(TWT)で省電力、6GHz帯の追加はWi‑Fi 6Eと呼ばれる。
  • 802.11be(Wi‑Fi 7):320MHzチャンネル、4096‑QAM、Multi‑Link Operation(MLO)など更なる高スループット化・低遅延化を目指す(仕様策定段階・導入期)。

構成要素(家庭〜企業)

  • アクセスポイント(AP):無線を提供する機器。家庭用はルーター一体型が多く、企業では複数のAPを管理するコントローラーやクラウド管理システムが使われる。
  • クライアント端末:スマートフォン、PC、IoTデバイスなど。
  • SSID/BSSID:ネットワーク識別子(SSID)と各AP固有の識別子(BSSID、通常はMACアドレス)。
  • バックホール:APをネットワークに接続する有線(推奨)または無線の経路。メッシュやワイヤレスバックホールは拡張性を高めるが性能はバックホールに依存する。

セキュリティと認証

ワイヤレスは有線より盗聴や不正接続のリスクが高いため、適切なセキュリティ対策が不可欠です。

  • WEP:初期の暗号方式。既に脆弱で実運用には不適切。
  • WPA/WPA2:WPA2(AES/CCMP)は長らく標準的だった。WPAはTKIPが中心で互換性のために使われるが推奨されない。
  • WPA3:より強固な認証(SAE)や暗号化、パスワードの弱さに対する保護、オープンネットワーク向けのProtected Management Frames(PMF)やEnhanced Open(OWE)などを導入。
  • 企業向け認証(802.1X):RADIUSサーバとEAP(EAP‑TLS、PEAP等)を組み合わせることで端末の強固な認証を実現する。証明書基盤(PKI)を使うとセキュリティが高まる。
  • 運用上の注意:管理用のSSIDは分離(ゲストネットワーク)、管理者用の強いパスワード・鍵管理、ファームウェアの定期更新、WPS機能の無効化などが推奨される。

性能(スループット)と最適化要因

理論上のPHYレートと実効スループット(実際に利用できる帯域)は大きく異なります。実効性能は以下の要因で左右されます。

  • チャネル幅(20/40/80/160MHz)と利用可能な帯域
  • アンテナ数とMIMOの有無、MU‑MIMO/OFDMA利用の有無
  • 信号強度(RSSI)とSNR(信号対雑音比)
  • 干渉(同一チャネルや隣接チャネル、非Wi‑Fi干渉機器)
  • クライアント数とトラフィックの性質(多数端末ではOFDMAが有利)
  • バックホール回線(有線や無線バックホールの帯域)

設計・導入の実務ポイント

品質の高いワイヤレスネットワークを構築するには事前調査と継続的な運用が重要です。

  • サイトサーベイ:物理環境(壁材、天井高さ、電波遮蔽)を調査し、APの最適設置位置と電力レベル、チャネル割当を決める。予備調査(パッシブ)、実測(アクティブ)、スペクトラム解析を組み合わせる。
  • チャネル設計:重複を避ける。2.4GHzはチャネル数が限られるため物理的分離や2.4GHz使用の最小化を検討する。
  • 容量設計:想定ユーザー数とアプリケーション(映像会議、ストリーミング、IoT等)に応じたAP密度と有線バックボーンの帯域を計画。
  • 冗長性と管理:APのフェイルオーバー、監視(RADIUS、SNMP、ログ収集)、定期的なパフォーマンス評価

トラブルシューティングの基本手法

  • 端末側のSSID接続状態、IPアドレス、DNS設定を確認する。
  • RSSIやSNRを測定して電波状態を把握する。信号が弱ければAPの再配置や出力調整を検討。
  • チャネル競合や干渉はスペクトラムアナライザや専用ツールで検出する。
  • ルーター/APのログ、RADIUSログを確認して認証問題やエラーを特定する。
  • バックホール(スイッチ、ケーブル、インターネット回線)を切り分けて問題箇所を特定する。

家庭用・企業用・IoTの使い分け

  • 家庭用:設置の容易さ、コスト、普段の接続安定性が重視される。ルーター一体型機器やメッシュ機器が普及。
  • 企業用:可用性、セキュリティ、集中管理、キャパシティが要求される。802.1XやVLAN分離、ロギングが重要。
  • IoT:低消費電力、長距離、ローレートが重要。Bluetooth Low Energy、Zigbee、LoRaWANなどWi‑Fi以外の技術も選択肢となる。Wi‑Fiを使う場合は省電力機能(TWT等)や軽量プロトコルの採用を検討。

規制・運用上の注意(国別差)

周波数利用や出力上限、DFSの適用などは国ごとに異なります。たとえば6GHz帯の利用可否やチャネル割当は各国の規制当局(米国はFCC、欧州はETSI、日本は総務省など)が定めています。機器を導入する際は当該国の無線規制に従い、認証・設定を行ってください。

今後のトレンド

  • Wi‑Fi 6/6Eの普及、6GHz帯の商用利用拡大(国により異なる)。
  • Wi‑Fi 7(802.11be)による超低遅延・高スループット化、マルチリンクの実装。
  • クラウド管理とAIを活用した自動最適化(セルフヒーリング、負荷分散、チャンネル最適化)
  • 統合セキュリティ(ゼロトラストとの連携、端末証明書管理)の進展

まとめ

ワイヤレスネットワークは日常生活から企業インフラまで不可欠な存在です。無線通信の基本原理を理解し、周波数帯や世代ごとの特徴、セキュリティ要件を踏まえた設計・運用を行うことが重要です。単に機器を設置するだけでは最適な品質は得られません。サイトサーベイ、チャネルと容量の計画、認証と暗号化の適用、定期的な監視と更新を通じて、安全で安定したワイヤレス環境を維持してください。

参考文献