物体検出の完全ガイド:概要・主要モデル・評価指標と実装の要点

物体検出とは — 概要と基本概念

物体検出(object detection)は、画像や映像の中から「どこに」「何が」写っているかを自動で認識する技術です。位置(バウンディングボックス)とクラスラベル(人、自動車、犬など)を同時に出力する点で、画像分類(画像全体に対するラベル付け)やセグメンテーション(ピクセル単位の領域化)と異なります。自動運転、監視カメラ、ロボット、医療画像解析、産業検査など幅広い応用分野があります。

歴史的背景と主要アプローチの変遷

  • 従来(ハンドクラフト特徴量): 2000年代まではHOGやSIFTなどの特徴量とスライディングウィンドウ+分類器(SVMなど)で検出が行われていました。計算コストが高く、精度も限られていました。

  • R-CNN系(2段階検出器): 2014年頃から、選択的探索などで得た領域候補(region proposals)にCNNで特徴抽出を行うR-CNNが登場し精度が飛躍的に向上。続くFast R-CNN、Faster R-CNNでは処理の共有化やRegion Proposal Network(RPN)の導入で高速化と精度向上が図られました。

  • ワンステージ検出器: YOLO(You Only Look Once)やSSDなどは、候補生成と分類を一体化して高速に推論できる手法です。リアルタイム処理が求められる応用で広く使われます。

  • アンカーベースからアンカーフリーへ、トランスフォーマへ: RetinaNetでのFocal Lossによるクラス不均衡対策、センターベース(FCOS, CenterNet)などアンカーフリー手法、さらにDETRのようなトランスフォーマベースの検出器が登場し、設計思想が多様化しています。

技術要素の深掘り

ここでは物体検出を理解するために重要な技術要素を整理します。

1) バウンディングボックスとIoU

検出結果は通常、矩形(bounding box)で表現されます。予測ボックスと正解ボックスの重なり具合はIntersection over Union(IoU)で計測され、IoUが閾値(典型は0.5)以上なら正解と見なす評価が一般的です。COCOの評価ではIoU閾値を0.5から0.95まで0.05刻みで平均したmAP(mean Average Precision)を採用し、検出の厳密さを評価します。

2) 評価指標(AP/mAP, Precision/Recall)

  • Precision(適合率): 検出した中で正しいものの割合。

  • Recall(再現率): 正解のうち検出できた割合。

  • Average Precision (AP): Precision-Recall曲線の下の面積。mAPは複数クラスまたはIoU閾値で平均した値。

3) アンカー(Anchor)とアンカーフリー

多くの従来のワンステージ検出器は、様々なアスペクト比・スケールのアンカー(事前定義されたボックス)を用意し、それらを基準にオフセットを予測します。アンカーベースは学習の安定性に寄与しますが、手動でチューニングが必要です。近年はFCOSやCenterNetのようなアンカーフリー手法が増え、中心点やキーポイントの予測でボックスを決定します。

4) NMS(Non-Maximum Suppression)と改良

同一物体に対して複数の予測ボックスが出るため、重複を排除する処理が必要です。標準的なNMSはスコアの高いボックスを残して他を抑制しますが、誤検出を生むこともあります。Soft-NMSや学習可能なNMSの提案もあり、状況に応じて使い分けられます。

5) クラス不均衡と損失関数

背景領域が圧倒的に多い検出タスクでは正負サンプルの不均衡が問題になります。RetinaNetで提案されたFocal Lossは、容易な負例への寄与を減らすことで難易度の高い正例に学習を集中させ、高精度化に寄与しました。

代表的な物体検出モデル(概観)

  • R-CNN / Fast R-CNN / Faster R-CNN:高精度だが計算量が多い2段階検出器の代表。
  • SSD(Single Shot MultiBox Detector):多層特徴を用いて複数スケールの物体を検出するワンステージ手法。
  • YOLO 系列:高速処理に優れ、実運用で多用。YOLOv1~v4/v5/v7/v8など派生が多数。
  • RetinaNet:Focal Lossでクラス不均衡に対処したワンステージ高精度器。
  • FCOS / CenterNet(アンカーフリー):アンカー設計を不要にし実装を単純化。
  • DETR(Detection Transformer):トランスフォーマを用いて検出をエンドツーエンドで定式化。NMSが不要になるなど新しい設計を提示。

データセットとアノテーション

研究・評価で使われる代表的なデータセットは次の通りです。

  • PASCAL VOC(物体検出の古典的データセット)
  • MS COCO(多様なカテゴリ・厳密な評価指標で広く採用)
  • ImageNet DET(検出サブセット)
  • KITTI, nuScenes, Waymo(自動運転向け、カメラ+LiDARを含む)

アノテーション形式はPASCAL VOCのXML、COCOのJSONが一般的で、専用ツール(LabelImg, CVAT, Labelme, Superviselyなど)で作成・編集されます。高品質なアノテーションは検出器の性能に直結するため、ガイドライン整備と品質チェックが重要です。

実装・運用上のポイント

  • 事前学習とファインチューニング: ImageNet等で事前学習した特徴抽出バックボーンを流用するのが一般的。少量データなら転移学習が有効です。

  • データ拡張: 回転、スケール、切り取り、カラー操作、Mosaicなどで汎化性能を高めます。動画では時間的変化を使う手法も有効です。

  • 高速化・軽量化: モデル量子化(INT8)、プルーニング、ディスティレーション(知識蒸留)、軽量バックボーン(MobileNet, ShuffleNet)でエッジデバイスに適応します。TensorRTやONNX Runtimeでの最適化も一般的です。

  • ハードウェア依存: バッチサイズや入力解像度はGPUメモリに依存します。FPS(フレーム毎秒)とAPのトレードオフを評価して選択します。

  • 継続的評価: ドメインシフト(環境・照明・カメラ特性の違い)により実運用で性能低下が起こるため、定期的な再学習やデータ収集が必要です。

課題と注意点

  • 小さな物体や密集領域の検出は難易度が高い。高解像度入力やFPN(Feature Pyramid Network)等が使われます。
  • 遮蔽(occlusion)や複雑な背景、類似クラス間の差別は誤検出の原因になります。
  • アノテーション誤差やラベル揺らぎは学習を阻害するため、品質管理が重要です。
  • プライバシー・倫理面(顔や個人の特定、監視利用)を考慮した運用・法令遵守が必要です。

応用事例

  • 自動運転:歩行者・車両・信号の検出と追跡。
  • 監視カメラ:侵入検知、人数カウント、異常行動検出との組合せ。
  • 小売・物流:商品検出、棚落ち検知、ピッキング支援。
  • 製造業:外観検査で欠陥を検出。
  • 医療:臓器や病変の位置検出(注意:診断用途では厳格な検証と規制対応が必須)。

最新動向と今後の展望

近年の傾向としては、トランスフォーマ(DETR系)やビジョン・ランゲージの統合、多モーダル(画像+LiDARやテキスト)モデルの台頭があります。また自己教師あり学習や大規模事前学習(foundation models)を用いた少量データでの高精度化、継続学習・オンライン学習による現場適応も注目分野です。エッジ向けに軽量かつ高精度なモデル設計、またプライバシー保護技術(オンデバイス推論、差分プライバシー)も重要になります。

これから物体検出を始める人への実践的アドバイス

  • まずは公開データセットや既存の実装(Detectron2, MMDetection, TensorFlow Object Detection API, Ultralytics YOLO)で動かして仕組みを理解する。
  • 自分の用途に合った評価指標(AP、特定のIoU閾値、推論速度)を定める。
  • データ収集とアノテーションの品質確保に時間を割く。データ拡張やクラスバランスの工夫で性能が大きく改善する。
  • プロトタイプ段階ではpre-trainedモデルのファインチューニングから始め、徐々に最適化(量子化・蒸留等)を行う。
  • 倫理・プライバシー面のガイドラインを整備し、法令を遵守すること。

まとめ

物体検出は「何がどこにあるか」を示す実用的で重要なコンピュータビジョンの問題です。技術は過去10年で急速に進化し、精度・速度・適用範囲ともに大きく広がっています。一方で現場でのドメイン差、アノテーション品質、プライバシーなど運用上の課題も多く、単純にモデルを入れればよいというわけではありません。適切なデータ設計と評価、最適化を通じて、利用ケースに合わせた実装が求められます。

参考文献