WiGigとは何か?60GHz帯の短距離高帯域無線通信と802.11ad/ayの実用ガイド
WiGigとは:概念と位置づけ
WiGig(ワイギグ)は、60GHz帯のミリ波(mmWave)を使って極めて高速な無線通信を実現する技術の総称で、主にIEEE 802.11adおよびその後継規格であるIEEE 802.11ayに基づきます。一般的には「ワイヤレスでギガビット〜数十ギガビット級の高速通信を短距離で行う」ことを目的としており、ワイヤレスドッキング、映像伝送、VR/AR向けの低遅延大容量通信、屋内バックホール等の用途で期待されています。
歴史と標準化の経緯
WiGigの概念は2010年代初頭から台頭し、IEEE 802.11ワーキンググループ内で60GHz帯を用いる802.11adが策定され、2012年に標準化されました。802.11adは「WiGig」として商用展開され、後続として高性能化を図る802.11ayの策定が進められ、約2020年前後から標準化が進み、より高スループット・MIMO・チャネル結合をサポートする仕様として登場しました。
周波数帯と規制
- WiGigは60GHz前後の周波数帯域(一般に57GHz〜71GHzの範囲)を利用します。
- この帯域は多くの国で非免許(ライセンス不要)利用が認められていますが、国・地域ごとに利用可能な狭域や出力制限などの規制が異なります。
- 60GHz帯は電波の吸収特性(酸素吸収ピーク)や高い自由空間損失があり、短距離・屋内利用に向く特性を持ちます。
技術的な特徴(PHY/MACの要点)
WiGigの技術的要点を整理します。
- チャネル幅:802.11adでは1チャネルあたり約2.16GHzの広帯域チャネルを使用。802.11ayでは複数チャネルの結合(チャネルボンディング)を行い、実効的により広い帯域を確保できます。
- 物理層データレート:802.11adの理論上の最大PHYレートは約7Gbps程度とされます。802.11ayではチャネル結合とMIMOを組み合わせることで「数十Gbps」を目標としています(仕様や実装により異なる)。
- 変調・符号化:OFDMや単一搬送波方式など複数の物理層方式を採用し、用途や実装に応じて選択されます。
- ビームフォーミング/ビームスティアリング:高い周波数では指向性アンテナが必須。位相アレイ等によるビーム形成とビーム訓練(ビーム探索)で到達距離とリンク品質を確保します。
- MIMOとチャネルボンディング(802.11ay):複数の空間ストリームや複数チャネルの結合により総合スループットを拡張します。
- MAC:IEEE 802.11のMACフレーム構造を基盤にし、既存のWi‑Fiと同様の上位プロトコルやセキュリティ機能(WPA2/WPA3等)を利用できます(実装側の対応が前提)。
利点(メリット)
- 極めて広い帯域幅:2.16GHzといった広帯域チャネルを利用できるため、理論上ギガビット級〜数十ギガビット級の高速伝送が可能。
- ケーブル代替:HDMIやDisplayPortのような有線映像伝送を無線化し、ワイヤレスドッキングやワイヤレスディスプレイ用途に適する。
- 超低遅延:大容量を低遅延でやり取りできるため、ヘビーな映像・VR用途など、遅延にシビアなアプリケーションで有利。
- 干渉の少なさ:60GHzは2.4/5GHz帯と利用帯域が異なり、これらと直接競合しづらいため、帯域混雑が少ない。
- 短距離でのセキュリティ優位:電波の飛距離が短い特性は物理的セキュリティ(盗聴の難易度)にも寄与する場合がある。
注意点・制約(デメリット)
- 伝搬特性の制約:高い周波数は自由空間損失が大きく、壁貫通性が極めて低い。屋内でも遮蔽物(人・家具など)でリンクが切れることがある。
- 酸素吸収:60GHz付近は大気中の酸素による吸収が顕著であり、長距離伝送には向かない。
- ビーム管理の複雑さ:ビームフォーミングやビーム追従(モビリティ対応)を行うための制御と訓練オーバーヘッドが発生する。
- 実効スループットの低下:規格上の最高値は理想条件下のPHYレートであり、実運用ではオーバーヘッド、干渉、チャネル条件により大幅に低下する。
- 実装コストと消費電力:高周波RF回路、アレイアンテナ、ビーム制御等により実装コストと消費電力が増大することがある。
- 普及度の問題:802.11ad世代の製品は限定的で、エコシステム(対応機器・周辺機器)が十分に整備されているとは言い難い時期があった。
代表的な用途(ユースケース)
- ワイヤレスドッキング/ワイヤレスアクセサリ:ノートPCのドッキングステーションをワイヤレス化し、映像・USB・ネットワークを一気通貫で供給。
- 高解像度映像伝送:ワイヤレスでの4K/8K映像伝送やマルチディスプレイ用途。
- VR/ARのワイヤレス化:ヘッドセットのケーブルフリー化によりユーザー体験の向上。
- 屋内無線バックホール/小セルバックホール:小セル基地局やアクセスポイント間の高容量リンク。
- データ同期・ファイル転送:カメラやストレージ間の高速データ転送。
実装上のポイントと設計上の考慮事項
- アンテナ設計:指向性とビーム幅の設計、位相アレイの実装、フォームファクタの制約(端末に搭載できるか)を検討。
- ビーム訓練と再接続戦略:ユーザーが動いたり障害物が入った際の迅速なビーム再確立が重要。
- フェールオーバー:60GHzリンクが切れた際に2.4/5/6GHz帯のWi‑Fiへスムーズにフォールバックする仕組みが必要(トライブリッド構成など)。
- 熱設計・消費電力:高周波回路は発熱しやすい。バッテリー駆動機器では消費電力管理が重要。
- 規制準拠:地域ごとの最大許容出力や使用可能な周波数範囲に合わせた設計が必要。
WiGigと他技術の比較
- Wi‑Fi 6/6E/7(2.4・5・6GHz帯):これらは中低周波での到達距離と壁透過性に優れ、WiGigに比べて長距離や屋内広域カバーに向く。Wi‑Fi 7では320MHz幅やMulti-Link Operationなどで大容量化が進むが、単位チャネル幅では60GHz帯の大帯域に及ばない点がある。
- 5G mmWave:移動通信のミリ波(24GHz以上)と用途が重なる部分があり、屋外小セルや高速モバイル通信での活用が中心。WiGigはローカル短距離用途に最適化されることが多い。
- 有線(HDMI/DP/Thunderbolt等):信頼性と低レイテンシで有線接続が優位だが、WiGigはケーブルレスの利便性を提供。用途や求める性能で使い分けられる。
市場動向と採用状況
802.11ad世代では一部のノートPCドッキングや専用ドック、試作的なVRソリューションに採用例がありましたが、普及は限定的でした。一方で、802.11ayにより性能向上・実効スループット増が見込まれることから、VR/ARのワイヤレス化、屋内バックホール、産業用途での採用検討が再び活発になっています。ただし、実際の普及は規格成熟度、端末メーカーの対応、コスト、規制環境など複数要因に依存します。
導入を検討する際のチェックリスト
- 用途の要求(スループット、遅延、カバレッジ)と60GHzの特性が合致するか。
- 端末・周辺機器の対応状況(Tri‑band対応など)とエコシステムの成熟度。
- 建物の構造や利用環境(障害物の有無、遮蔽の程度)。
- 規制や認証(対象国での周波数・出力制限)への適合。
- フェールオーバーやユーザービリティ(ビーム切替の自然さ)を含めたUX検討。
今後の展望
WiGigは「部屋内でのワイヤレスケーブル置換」や「VR/ARでのケーブルフリー化」といった分野での有用性が高く、802.11ayなどの規格進化により実用性が向上しています。一方で、Wi‑Fi 7などの低中周波域での大容量化や5Gのインフラ進展もあり、単純な競争ではなく用途に応じた棲み分けが進むと考えられます。エコシステム(端末搭載・周辺機器・ソフトウェア)が成熟すれば、より多くの商用採用が進む余地があります。
まとめ
WiGigは60GHz帯の特性を活かした短距離・超高速無線通信技術で、802.11ad/ayを中心に規格化が進みました。大帯域・低遅延という大きな利点を持つ一方で、伝搬特性や実装コスト、エコシステムの成熟度といった課題もあります。用途に応じてWiGigと既存のWi‑Fiやセルラー技術を組み合わせることで、ケーブルレス化や高帯域アプリケーションの実現に役立つ技術です。
参考文献
- Wi‑Fi Alliance — Wi‑Fi CERTIFIED WiGig
- IEEE 802.11ad — Wikipedia (英語)
- IEEE 802.11ay — Wikipedia (英語)
- WiGig — Wikipedia(日本語)
- IEEE 802.11 — TGay (802.11ay) updates


