トランス式電源の基本と実務設計ガイド—原理・構成・選定・メリット・デメリットを網羅

トランス式電源とは — 概要

トランス式電源とは、主に交流(AC)電源から所望の電圧や絶縁性を得るために変圧器(トランス)を用いる電源方式を指します。一般に「トランス式電源」と呼ぶ場合は、低周波(主に50/60Hz)の電源周波数で動作する変圧器を使った線形(リニア)電源を念頭に置くことが多く、トランスで電圧を降圧(あるいは昇圧)し、その後整流、平滑、場合によってはレギュレーション(定電圧化)を行って直流(DC)を得ます。

基本原理

変圧器は電磁誘導の原理で動作します。一次コイルに交流電圧を加えると、コアを通る磁束が変化し、二次コイルに誘導起電力が生じます。巻線比(N1:N2)によって二次電圧は一次電圧に比例して変わります(V1/V2 = N1/N2)。負荷が接続されると、電圧と電流の関係は巻数比とインピーダンス反映の法則に従い、電力は概ね一次側と二次側で等しい(損失を除く)性質を持ちます。

トランス式電源の構成要素(典型的なブロック)

  • 変圧器:入力(一次)と出力(二次)の電圧変換および電気的絶縁。
  • 整流回路:ダイオブリッジや半波/両波整流回路で交流を直流に変換。
  • 平滑(フィルタ):電解コンデンサやチョーク(インダクタ)でリプルを低減。
  • レギュレータ:必要に応じて線形レギュレータやトランジスタ回路で出力の安定化。
  • 保護回路:ヒューズ、サージ吸収、温度ヒューズ、過電流保護など。

トランスの種類と設計要素

  • コア形状:EI型、トロイダル(Toroidal)など。トロイダルは小型・低漏洩磁束・低ノイズで高効率だが巻線が難しい。
  • コア材質:シリコン鋼板(低周波用)、フェライト(高周波用)など。50/60Hzではシリコン鋼柱の積層が一般的。
  • 巻線方式:絶縁やリーケージインダクタンスの観点から層間の配慮が必要。二次が複数ある多巻線トランスも一般的。
  • 絶縁距離と耐圧:安全規格(UL、VDE、IECなど)に基づくクリアランスやコーティング。
  • 鉄損・銅損:コアのヒステリシス損と渦電流損、巻線の抵抗によるI²R損失が効率に影響。

整流と平滑(実務的な留意点)

変圧器の二次を整流してコンデンサで平滑すると、負荷に対するリプルが発生します。典型的には全波整流+フィルタコンデンサでリプル周波数は2倍(50Hz入力なら100Hz)となり、リプル電圧は近似式 Vr ≈ Iload / (f_ripple × C) で見積もれます。十分なコンデンサ容量がなければリプル増大やレギュレータのドロップアウトを招きます。

代表的な設計パターン・構成

  • センタータップ式:二次の中央タップを使い正負電源(±V)を生成する手法。真空管アンプやアナログ回路でよく使われる。
  • ブリッジ整流式:単純なブリッジ整流で高効率に直流化。電圧ドロップ(ダイオード2個分)を考慮。
  • チョーク入力式(インダクタ先行):リプル特性が改善されるが設計が大きくなる。

メリット(利点)

  • 低ノイズ性:スイッチングノイズが少なく、アナログ/音響回路や計測器向けに有利。
  • 絶縁性能:一次と二次が電気的に絶縁されているため安全性やグランド分離が得やすい。
  • 過渡・突入特性の扱いやすさ:高周波ノイズの影響を受けにくく、過電圧サージに対しても堅牢。
  • 故障解析が比較的容易:部品点数が少ないため、問題箇所の特定がしやすい。

デメリット(欠点)

  • 体積・重量:低周波トランスはコアが大きくなり、重く場所を取る。
  • 効率:全体の効率はスイッチング電源に劣る場合が多く、発熱管理が必要。
  • コスト:同一出力で見た場合、特に小型・高効率を求める用途では高価になりがち。
  • 周波数依存:商用周波数に依存するため高周波での小型化が難しい。

安全面と実務上の注意点

  • 一次側と二次側の絶縁・クリアランスは必須。高電圧用途は規格(IEC/UL等)に従う。
  • 突入電流(インラッシュ):コアの磁化特性やコンデンサ充電により大きな突入電流が流れるので、サージ制限やNTCインラッシュリミッタの検討。
  • アース接続と漏れ電流:特に金属筐体やユーザ接触箇所は確実にアースすること。
  • 温度管理:コア温度や巻線温度の上昇は絶縁劣化を招くため、定格と放熱設計を守る。

トランス式電源とスイッチング電源(SMPS)の比較

用途により向き不向きがあるため、代表的な比較ポイントを示します。

  • 効率:SMPSが高効率(特に負荷が可変な場合)で、小型・軽量化に優れる。
  • ノイズ:SMPSは高周波スイッチングノイズが出るため、アナログ回路やオーディオ用途では注意が必要(フィルタやレイアウト対策で対応可能)。
  • 絶縁:どちらも絶縁設計は可能だが、トランス式は単純に高信頼な絶縁が得られる場合が多い。
  • コスト/サイズ:低出力ではSMPSの方が有利だが、高信頼・低ノイズが要求される分野ではトランス式の価値がある。

用途例

  • オーディオ機器や楽器アンプ(低ノイズが重要)
  • 計測器・ラボ用直流電源(安定性、絶縁が重要)
  • 真空管機器や高電圧電源(特定の巻線比や高耐圧設計)
  • 産業機器でのアイソレーション用途

選定と設計のポイント(実務)

  • 必要電力(VA)に余裕を持たせる。連続運転では定格の0.7〜1.0倍で考えることが多い。
  • 温度クラスと絶縁耐圧を確認。使用環境(高温・湿度)を考慮する。
  • 起動時の突入電流や短絡時の挙動を評価し、保護回路を設計。
  • リプル許容値に応じた平滑容量とレギュレータの選定。
  • 音響用途では磁気振動(ハム)対策としてトランスの固定やコア選定を行う。

保守・トラブルシューティング

  • 異音(ハム)があればコアの緩みや過駆動の可能性。固定具やコアの状態を点検。
  • 過度の発熱は過負荷または通電時間超過の兆候。インピーダンス測定や絶縁抵抗測定で劣化確認。
  • 巻線の断線や短絡、絶縁破壊はメーカーでの巻き直しや交換が必要なことが多い。

まとめ

トランス式電源は、低ノイズ性や確実な絶縁が求められる分野で今なお重要な役割を担っています。一方で、体積・重量・効率面ではスイッチング電源が有利であり、用途や要求仕様に応じて両者を使い分ける判断が必要です。設計ではトランスのコア材質、巻線、絶縁、平滑設計、保護回路などを総合的に検討し、規格や安全要件に従うことが不可欠です。

参考文献