ムハル・リチャード・エイブラムスとAACM—現代ジャズを革新した教育者の軌跡
序章 — 孤高の先導者、ムハル・リチャード・エイブラムスとは
ムハル・リチャード・エイブラムス(Muhal Richard Abrams、1930年生〜2017年没)は、アメリカのピアニスト/作曲家であり、1960年代以降の現代ジャズ(特にアヴァンギャルド/クリエイティヴ系)における最重要人物の一人です。演奏家としてだけでなく、組織者・教育者としても大きな影響力を持ち、シカゴを拠点にした実験的な音楽運動を牽引しました。
プロフィール(簡潔に)
- 生没年:1930年(9月19日)生まれ、2017年(10月29日)没。
- 活動拠点:主にシカゴ。1960年代以降、地元の若手ミュージシャンと共同で多くの実践的活動を展開。
- 役割:ピアニスト、作曲家、編曲者、教育者、そしてAACM(Association for the Advancement of Creative Musicians)の共同創設者の一人。
- 受賞・評価:生前に数々の栄誉を受け、批評家や後進ミュージシャンから高い評価を得た(例:マッカーサー・フェローシップなど)。
AACM とコミュニティづくり — 音楽を超えた実践
1965年にムハルが関わったAACMは、単なるアンサンブルやコレクティヴではなく、作曲・演奏・教育・コミュニティ活動を包含する総合的なプラットフォームでした。ここからロスコー・ミッチェル、アンソニー・ブラクストン、ジョージ・ルイス、ロイユ・ジェンキンスらが輩出され、自由な創造性を支える制度と機会が確立されました。
エイブラムスはこの運動の中核として、若手を鼓舞し、自己の音楽的視座を共有しながらも各人の独自性を尊重する環境を作り上げました。彼の「コミュニティとしての音楽」への姿勢が、多くの後進にとっての土台となっています。
音楽的特徴 — 作曲性と即興の均衡
- 作曲/構造志向:エイブラムスは単なる即興主義者ではなく、形式や楽曲構造を重視する作曲家でした。彼の作品は緻密なアレンジや対位法的な構造を含みつつ、演奏者に即興の自由を残す設計になっています。
- 幅広い語彙:ブルースやゴスペルなどの黒人音楽の伝統、20世紀前半のクラシック手法、ヨーロッパ現代音楽や即興の実践など、多様な要素を横断的に取り込みます。その結果、生まれる音楽はしばしば「厳密さ」と「自由さ」が同居する独特の響きを持ちます。
- テクスチャと色彩感:ピアノは単なる和声楽器にとどまらず、打楽器的なアタックや内部奏法、アンサンブル全体をコントロールする指揮的役割をも担います。色彩的な和音配置や対話的な編成が特徴です。
- 沈黙と間の活用:余白(間)を音楽的要素として活用することで、緊張と解放のダイナミクスを生み出します。これは彼の音楽の「呼吸感」を形作る重要な要素です。
即興演奏における魅力
エイブラムスの即興は、単なる技巧の見せ場ではありません。彼は音の選択や間合いによって物語を紡ぐタイプの即興家であり、共演者の発言を注意深く拾い、受け渡しながら新たな展開を作っていきます。聴き手にとっては、予期せぬ場所での和声的な飛躍や、突如訪れる静寂が大きな驚きとなります。
代表的な録音と聴きどころ(入門ガイド)
エイブラムスは長年にわたって多くの録音を残しています。初期のリーダー作や、大編成を用いた作品、ソロ・ピアノ作品などバリエーションに富みます。入門のポイントは以下の通りです。
- 初期の作品(1960年代後半〜1970年代)では、シカゴにおける実験的な空気と新たな表現を模索する姿が顕著。
- 中期以降は作曲的な大作や序曲的作品、アンサンブルを駆使した色彩豊かな編曲が目立つ。
- ソロや小編成の録音では、ピアノの音色・タッチ・間の取り方に注目すると、彼独自の語法がよく分かる。
- 共演者に注目する聴き方も有効。多くの録音でエイブラムスは当時の革新者たち(AACMに関係する面々)と深い対話を行っています。
具体的な盤名を挙げると、初期の代表作として知られる「Levels and Degrees of Light」は、彼の作曲的志向と実験精神を読み取るのに適した一枚です(詳細な盤情報は参照文献を参照してください)。
教育者・メンターとしての側面と遺産
演奏活動以上に、エイブラムスは「場」を作る人でした。ワークショップ、コレクティヴ運営、若手への助言を通じて、多世代にわたる音楽家ネットワークを育てました。その影響は音楽表現の多様性を支える社会的基盤として今日にも受け継がれています。
なぜ今聴くべきか — 現代への示唆
エイブラムスの音楽は、ジャンルの枠を超える創造性と共同体性を示しており、現在のクロスオーバー/異分野協働の潮流にも通じるものがあります。個々のソロやアンサンブル演奏から、作曲と即興の境界を問い直すヒントが得られるため、現代の音楽家・聴衆双方にとって刺激的です。
聴くときの具体的なポイント(実践的ガイド)
- まずは冗長な先入観を捨て、音の「間」や「沈黙」にも耳を傾ける。
- テーマやモチーフがどのように変形・再現されるかを追い、作曲的構造を体感する。
- 共演者同士の応答(呼応・反応)を注意深く聴く。エイブラムスはそこに物語を埋め込みます。
- 複数回聴くことで、初回では気づかなかった対位や細かな音色の工夫が見えてきます。
総括 — 伝統と革新をつなぐ存在
ムハル・リチャード・エイブラムスは、伝統的な黒人音楽の源流と20世紀の前衛的手法を結びつけ、かつ自らが場を作ることで次世代へ継承した稀有な人物です。彼の音楽は難解さだけで説明できるものではなく、聴き手の感覚を拡張し、共同的な創造の可能性を提示します。エイブラムスの世界に触れることは、ジャズの境界を再考する旅の始まりになるでしょう。
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参考文献
- Muhal Richard Abrams — Wikipedia
- Muhal Richard Abrams, Pioneering Composer and Mentor in Avant-Garde Jazz, Dies at 87 — The New York Times
- Muhal Richard Abrams — AllMusic
- AACM — Association for the Advancement of Creative Musicians (公式/関連情報)
- Muhal Richard Abrams — Discogs(ディスコグラフィ参照)


