ミュージック・コンクレートの父・ピエール・シェフェール:生涯・技法・影響を徹底解説
ピエール・シェフェール — プロフィールと概観
ピエール・シェフェール(Pierre Schaeffer, 1910–1995)は、フランスの作曲家・音響技術者・音楽理論家であり、「ミュージック・コンクレート(musique concrète)」の創始者として知られます。電気録音やテープ編集を用いて、日常音や機械音など「既成の音」を素材に音楽を構築する方法を確立し、20世紀の音楽・音響文化に決定的な影響を与えました。
生い立ちとキャリアの要点
- 工学的素養とラジオ経歴:若年期に技術・工学に関わり、ラジオ放送の世界に入ったことで録音・編集技術に親しみます。ラジオ局での仕事を通じて音の収集と編集の機会を得ました。
- ミュージック・コンクレートの創始:レコードや磁気テープに記録された「具体的な音(concrete sound)」を、速度変更・逆回転・ループ・カッティングなどの編集技術で再構成する方法論を提唱・実践しました。
- 研究組織の設立:放送局内での実験的スタジオ運営や、後のGroupe de Recherches de Musique Concrète(GRMC、後のINA-GRM)設立などを通じ、音響研究の場を制度化しました。
- 理論的著作:音の聴取と分析を体系化した著作群(例:「À la recherche d'une musique concrète」、「Traité des objets musicaux」)で、音楽学・音響学の言説に大きな影響を与えました。
シェフェールの音楽的・理論的な魅力
シェフェールの魅力は単に「奇抜な音」を用いた点にあるのではなく、音そのものの聞き方(聴取法)と音楽の概念を根底から問い直した点にあります。主な魅力を挙げると:
- 音を「オブジェ」として扱う視点:彼は「objet sonore(音のオブジェ)」という概念を提唱し、音を発生源の意味から切り離して、音そのものの質感・持続・動きとして分析・美化しました。
- 「縮小された聴取(écoute réduite)」の実践:音の発生原因や文脈を一旦脇に置き、音の時間的・スペクトル的性質に集中して聴くという方法論を打ち出しました。これにより、日常音が新たな音楽的意味を獲得します。
- テクノロジーと芸術の関係再定義:録音・編集技術を単なる記録手段でなく創作行為そのものとみなし、技術を用いた音の操作が作曲の中核であることを示しました。
- 聴覚の教育化:リスナーの聴き方を変えることで、新しい美学的経験を生む—これは現代のサウンドアートやエレクトロニカの基盤にもなっています。
主要作品と名盤(代表曲・推薦リスト)
下記はシェフェールの代表作や、彼の思想・技術を理解するのに有益な音源です。
- Étude aux chemins de fer(鉄道のエチュード, 1948) — ミュージック・コンクレート初期を象徴する作品。機関車や線路音を素材に、音の編集でドラマを生み出します。
- Symphonie pour un homme seul(孤独な人のための交響曲, ピエール・アンリとの共作, 1949–50) — 劇的なコラージュと構築で知られる大作。音素材の劇的運用を通して新たな音楽形式を提示しました。
- Cinq études de bruits(ノイズのための5つのエチュード)等の短編実験作品 — 音の素材と編集の可能性を探るための短・中篇。初期の実験的試みが凝縮されています。
- 著作として:「À la recherche d'une musique concrète」や「Traité des objets musicaux(音響オブジェの論)」は、彼の思想を理解する上で必読です(音源ではありませんが、理論的背景を補強します)。
作曲技法と制作の特徴
シェフェールの制作は、当時の最先端技術と工学的感覚に基づいています。特徴的な手法は次の通りです:
- 日常音・機械音・声などをフィールド録音やスタジオ録音で集める。
- テープの速度変更、逆回転、フェード、カット&ペースト(スプライス)による音の再構成。
- 重ね合わせ・モンタージュ(編集による時間的再配置)で新たな時間構造を作る。
- 周波数的・スペクトル的な変形で音色を再定義し、音源の「正体」が聞き手に必ずしも提示されないようにする(アクースマティック効果)。
聴きどころガイド:はじめて聴く人へ
シェフェールを聴くときに意識すると良いポイント:
- 発生源を忘れて聴く:音が何から来たかを追うのではなく、音の質(音色・アタック・持続)に注目してみてください。
- 時間の操作を味わう:速さの変化やループが生み出す時間感覚のズレを感じ取りましょう。音が通常の時間の流れから「ずれる」感覚が面白さの核です。
- 編集の痕跡を探す:スプライス音や突然の切り替わり、重層の組み合わせに注目すると、作曲家の「手」の跡が見えます。
- 理論書を併読する:可能なら「Traité des objets musicaux」等のテキストを読むと、聴取体験が理論的に補強されます。
シェフェールの影響と歴史的評価
シェフェールは以下のような広範な影響を残しました:
- 現代音楽と電子音楽:ミュージック・コンクレートの概念は、電子音楽・実験音楽の基礎となり、後の世代の作曲家(ピエール・アンリ、カールハインツ・シュトックハウゼンら)やサウンドアーティストに影響を与えました。
- 音響学・音楽学:「音のオブジェ」や「縮小された聴取」は、音楽学・音響哲学の重要な概念になっています。
- ポピュラー文化・サンプリング文化:日常音を素材にする姿勢は、今日のサンプリング文化やサウンドデザインにも通底するものがあり、幅広いジャンルに波及しました。
- 教育と制度化:GRMなどの研究組織を通じて、音響実験の場が制度的に保障され、多くの後進を育てました。
批評的視点と限界
シェフェールの功績は大きい一方で、次のような批判や論点もあります:
- 初期の作品は「技術の驚異」に依存しているとみなされることがあり、音楽的な深みや感情表現の評価が分かれる場合があります。
- 共同制作やクレジット問題(例:ピエール・アンリとの共作に関する論争など)が歴史的に議論を呼んだことがあります。
- また、ミュージック・コンクレートの美学は当時の技術・文化状況と強く結びついているため、現代のリスナーにとっては文脈説明がないと理解しづらい側面があります。
現代への示唆
シェフェールが提示した「音そのものを材料とする作曲行為」は、現在のサウンドデザイン、フィールドレコーディング文化、電子音楽のクリエイティブな実践に直接つながっています。技術が進化しても、音と聴取の関係を問い直す姿勢は普遍的な価値を持ち続けます。
結び:なぜ今シェフェールを聴くべきか
シェフェールは「何が音楽になりうるか」を問い直した作曲家です。日常音を異なる文脈で再提示することで、私たちの聴覚習慣と感受性を刷新してくれます。実験の先駆者としての歴史的価値だけでなく、現代の音やノイズに対する感覚を豊かにするために、今一度その作品群に耳を傾ける価値があります。
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参考文献
- ピエール・シェフェール — 日本語ウィキペディア
- Pierre Schaeffer — English Wikipedia
- Pierre Schaeffer — Français (Wikipédia)
- Pierre Schaeffer — Discogs(ディスコグラフィ)
- INA(Institut national de l'audiovisuel)での検索結果 — 資料・音源アーカイブ


