LEO衛星通信徹底解説:低軌道コンステレーションの技術・運用・規制・ビジネスと未来展望
はじめに — 「LEO」とは何か
IT・通信分野で「LEO」といえば、通常「Low Earth Orbit(低軌道)衛星」を指します。地表から高度数百キロ〜2,000km程度の軌道を回る人工衛星群(コンステレーション)を用いて、地上のユーザーにブロードバンド通信やモバイルバックホール、IoT接続などを提供する仕組みが近年注目を集めています。本稿では、技術的・運用的な観点からLEO衛星通信を深掘りし、そのメリット・課題・業界動向・将来展望までを整理します。
LEOの基礎:軌道・物理特性と伝送特性
LEO衛星は高度が低いため、地上との信号往復遅延(レイテンシ)が衛星通信の中で最も小さく、GEO(静止衛星、約36,000km)に比べてレイテンシが大幅に短縮されます。一般的には衛星高度に応じて往復レイテンシはおおむね数十ミリ秒(例:地上→LEO→地上で20〜50ms程度)が期待され、オンラインゲームや遅延に敏感なアプリケーションにも利用可能です。
一方で、LEO衛星は地球周回速度が速く、地上局(またはユーザー端末)に対する可視時間(接続継続時間)が短いため、ハンドオーバーや軌道管理が頻繁に発生します。また、自由空間損失は高度に依存し、通信リンクには高利得アンテナ(フェーズドアレイなど)やビームフォーミングが不可欠です。
構成要素:宇宙セグメントと地上セグメント
- 宇宙セグメント:多数のLEO衛星で構成されるコンステレーション(例:Starlink、OneWeb、Kuiper、Telesat)。相互接続のためのインターサテライトリンク(ISL、レーザーやミリ波)を持つ設計が増えています。
- 地上セグメント:ユーザー端末(フラットパネルやフェーズドアレイ)、ゲートウェイ(地上局/テレポート)、NOC(運用センター)。ゲートウェイはインターネットやキャリアネットワークへのバックホールを担います。
- ネットワークコントロール:動的なビーム割り当て、ルーティング、周波数管理、ハンドオーバー制御を行うソフトウェア基盤。SDN/NFVの導入が進みます。
周波数帯・物理層のトレードオフ
LEOでは主にKu/Ka帯(約12–40GHz)や最近はV帯(40–75GHz)も利用されます。高周波数は帯域幅を稼げる一方で大気減衰や雨衰弱に弱く、端末や基地局の指向性が重要になります。低い周波数は被覆が良いが帯域幅が限られるため、設計上のトレードオフが生じます。
ルーティングとモビリティ管理の課題
LEOコンステレーションは衛星の高速移動によりトポロジーが数分単位で変化します。これにより次の課題が生じます。
- 頻繁なハンドオーバーと接続切替:ユーザー端末は短周期で衛星を切り替え、切替遅延を最小化する制御が必要。
- エンドツーエンドルーティング:地上と宇宙をまたぐルート最適化、ゲートウェイ選択、ISLの活用(あるいは非活用)の判断。
- QoS保証:帯域・遅延変動への適応、アプリケーションごとのトラフィックシェーピング。
ユーザー端末技術:平面アンテナとビームフォーミング
従来のパラボラアンテナに替わり、電子的にビームを操るフェーズドアレイ(フラットパネル)が普及しています。これにより追尾機構を持たずに高速ハンドオーバーに対応でき、モバイルアプリケーション(車載、船舶、航空機)や家庭用端末での実用化が進みています。ただしコストと消費電力が課題であり、低価格化・省電力化がビジネス成否を左右します。
業界プレーヤーとビジネスモデル
- SpaceX Starlink:大規模な低軌道コンステレーションで個人向けブロードバンドを主軸。インターサテライトレーザリンクの導入など積極展開。
- OneWeb:主にグローバルなバックホール・事業者向けサービスを重視。比較的高めの軌道(約1,000〜1,200km帯)で運用。
- Amazon Project Kuiper、Telesat Lightspeedなど:企業向け・産業向けを含む複数モデル。
- ビジネスモデル:D2Cブロードバンド、キャリア向けのホールセール、船舶・航空・モバイルバックホール、IoT向け低データレートサービスなど多様。
規制・標準化・協調の重要性
LEOコンステレーションは周波数割当(ITUや各国規制)、軌道挙動の調整、地上局配置など国際協調が不可欠です。3GPPでは「Non-Terrestrial Networks(NTN)」としてLEOを含む衛星の5G統合が進んでおり、Release 17以降で衛星ネットワークのサポートが標準化されています。
セキュリティと信頼性
LEOネットワークのセキュリティは多層で考える必要があります。通信の暗号化、端末認証、鍵管理に加え、地上局の物理的防護、ソフトウェアサプライチェーンの安全性も重要です。加えて、ジャミングやスプーフィング(GPS欺瞞)への耐性、ISL経由での攻撃面の評価も必要です。
環境・天文学的影響とデブリ問題
数千機規模のコンステレーションは、宇宙デブリ(スペースデブリ)増加や光害(天文学観測への影響)といった問題を引き起こします。国際的な指針(IADCのデブリ緩和ガイドライン等)に基づき、寿命後の迅速な減衰・意図的な再突入や回避行動が求められています。規制当局(例:FCC)も打上げ・運用条件を厳格化する傾向にあります。
ユースケースと実運用での注意点
- 遠隔地ブロードバンド:インフラが未整備な地域でのインターネット普及に有効。
- モバイルバックホール:セルサイトのバックホール代替、災害時の復旧通信。
- 航空・海洋:航路全域での安定通信。高度移動体対応が鍵。
- IoT:低遅延を必要としない低データレート用途での省電力運用も期待。
注意点としては、サービス料金、端末調達、ローカル規制(周波数利用や輸入規制)、気象影響(豪雨による減衰)などを事前評価する必要があります。
将来展望:融合とエッジ化
今後はLEOと地上ネットワーク(5G/6G)の融合、エッジコンピューティングの宇宙側展開、AIを用いたトラフィック予測・リソース割当などが進むでしょう。加えて、衛星間レーザー通信の普及により衛星ネットワーク自体が「宇宙インターネット」のバックボーンとなる可能性があります。
まとめ
LEO衛星は低遅延とグローバル被覆の両立を可能にし、IT/通信の新たなインフラとして期待されています。だが同時に、ハンドオーバー管理、スペクトル・軌道の国際調整、サイバー・物理セキュリティ、環境影響への対応など多面的な課題を抱えています。事業化には技術力だけでなく規制対応・運用ノウハウ・天文学者や国際機関との協調が不可欠です。
参考文献
- SpaceX Starlink - Official
- OneWeb - Official
- Amazon Project Kuiper - Official
- 3GPP: Non-Terrestrial Networks (NTN) information
- ITU (International Telecommunication Union) - Radio Regulations
- IADC - Inter-Agency Space Debris Coordination Committee
- FCC - Space Debris Policies and Licensing (overview)


