CRAY-2: 高密度実装と液浸冷却が切り開いたスーパーコンピューティングの革新と教訓

はじめに — クレイの“密集”を追求したスーパーコンピュータ

CRAY-2(クレイ・ツー)は、スーパーコンピュータ設計の巨匠シーモア・クレイが率いるCray Research(クレイ・リサーチ)によって開発されたベクトル型スーパーコンピュータで、1980年代半ばに登場しました。高密度実装と冷却技術の革新、そしてベクトル演算性能の追求により、当時の演算要求に対してユニークな設計思想を示したマシンです。本稿では、CRAY-2の開発背景、アーキテクチャの特徴、冷却・筐体設計、利用例と運用上の課題、そしてその後の影響までを詳しく掘り下げます。

開発背景と登場時期

1980年代は数値シミュレーションと科学技術計算の需要が飛躍的に増大した時期で、Cray ResearchはCRAY-1やCRAY X-MPで高い評価を得ていました。CRAY-2はこうした流れの中で、さらに高いピーク性能とメモリ帯域幅を実現することを目的に開発され、1985年に正式に発表されました。市場投入は1985〜1986年にかけて行われ、主に政府系研究機関や大規模研究所が導入しました。

設計目標と哲学

  • ピーク性能の引き上げ:当時の浮動小数点演算能力をさらに押し上げ、より大規模な数値計算を短時間でこなすこと。
  • 配線遅延と密度のトレードオフ解決:演算ユニットを高速に動作させるためには素子間の配線長を短くする必要があり、それには高密度実装が求められた。
  • 冷却の革新:高密度実装に伴う発熱を解決するため、従来の空冷ではなく液浸冷却など新しい冷却方式を採用。

アーキテクチャの概要

CRAY-2はベクトル演算を中心に最適化されたアーキテクチャで、複数の演算ユニットと非常に高速なメモリ接続を特徴とします。いくつかの重要な点を整理します。

  • マルチプロセッサ構成:システムは複数のプロセッサ(当時の構成で最大4プロセッサが一般的)による共有メモリモデルを採用し、並列実行による性能向上を図りました。
  • ベクトルパイプライン:ベクトル演算に特化したパイプラインを持ち、長いベクトル長の演算で高い効率を発揮します。科学技術計算や流体力学のようなベクトル化しやすい問題に強い構成です。
  • 高速メモリ:プロセッサと密に接続された高速の主記憶を備え、メモリ帯域幅を確保することでベクトル演算のスループットを高めています。

革新的な冷却と筐体設計 — 液浸冷却の採用

CRAY-2の最も特徴的な技術の一つが、液浸冷却(immersion cooling)の採用です。プロセッサと回路モジュールをフッ素系不活性液(例:3M社のFluorinert等)で満たしたタンクに直接浸す方式を採用しました。これにより高密度実装で発生する発熱を効率的に取り去ることが可能になり、プリント基板やチップ間の距離を極端に短くできました。

また、筐体は立方体に近い密集した「石積み」状になっており、モジュールを垂直に積み上げることで配線長を短縮。これが高演算周波数や高スループットを可能にしましたが、その一方で冷却液やメンテナンスに特有の運用ノウハウを必要としました。

ソフトウェアとプログラミング環境

CRAY-2は当時のCray系列で一般的に用いられていたFORTRANを中心とした科学計算向けソフトウェア環境をサポートしました。コンパイラはベクトル化やループ最適化を行い、ベクトルパイプラインを効果的に利用するための最適化機構を備えていました。

一方で、プログラマにはベクトル化可能なアルゴリズム設計やデータ配列の整列(alignment)、メモリアクセスパターンの工夫が要求され、既存の逐次プログラムをそのまま移植しても性能を引き出せないケースもありました。

性能と実用面の評価

CRAY-2は理論上は当時の最高クラスのピーク性能を誇り、特に長いベクトル演算に対しては際立った性能を発揮しました。しかし実稼働環境では、アプリケーションのベクトル化度合いやメモリ容量・アクセスパターンによって理論値との差が生じることが多く、すべてのワークロードで万能というわけではありませんでした。

また、高密度化と液浸冷却に伴う信頼性・メンテナンスの課題も報告されており、システムの稼働率やランニングコストの面で期待通りとは言えない側面もありました。

主な導入例と用途

CRAY-2は主に国防・原子力・気象・流体力学・材料科学などの分野で利用されました。高精度な数値シミュレーションを必要とするラボや研究機関が早期の導入先となり、設置は大規模施設が中心でした。

運用上の課題と教訓

  • メンテナンスの複雑さ:液浸冷却に伴うハードウェアの扱いは従来の空冷システムよりも専門的で、保守体制の整備が必須でした。
  • メモリ容量の制約:高密度実装は記憶容量拡張を難しくすることがあり、大規模メモリを必要とするワークロードではボトルネックになりました。
  • アプリケーション適合性:ベクトル性能を最大限に生かすにはソフトウェアの最適化が不可欠で、移植やチューニングには高い専門性が求められました。

CRAY-2の歴史的意義とその後の影響

CRAY-2は、コンピュータアーキテクチャにおける「密度」と「冷却」を巡る重要な実験であり、その成果は後の設計にも影響を与えました。液冷技術そのものは後にデータセンターや高性能計算機(HPC)の世界で再び注目され、今日の高密度GPUクラスタや空冷では困難な大電力機器に対して液冷が採用される流れにつながっています。

また、CRAY-2が提示した「アーキテクチャとソフトウェアの共設計(co-design)」の重要性も示唆的でした。ハードウェアの力を最大限に引き出すには、コンパイラや数値アルゴリズム側の最適化が不可欠であることが改めて示されました。

まとめ — 成功と限界の両面を持つプロジェクト

CRAY-2は、その革新的な冷却と高密度実装により当時のスーパーコンピューティング分野で注目を集めました。数々の先駆的アイディアを実装した一方で、運用・拡張性・アプリケーション適合性といった面で課題も抱え、商業的な成功という点では限定的でした。しかし、その技術的挑戦は後のHPC設計やデータセンター設計に対して重要な教訓を与え、液冷や密度最適化とソフトウェア最適化の重要性を示す歴史的なマイルストーンとして位置づけられます。

参考文献