ハリウッドの全貌:歴史・仕組み・現代の課題と未来展望

イントロダクション:ハリウッドとは何か

ハリウッドは単にロサンゼルスの地区名ではなく、世界の映画文化と映画産業の代名詞となったブランドである。19世紀末に開発された土地が映画製作の中心地へと変貌し、20世紀を通じて「スタジオシステム」「ゴールデンエイジ」「ブロックバスター」など映画産業の主要な構造を生み出してきた。本稿では、起源・発展の歴史、産業構造、規制と労使問題、文化的影響、そしてストリーミングやAI時代を迎えた現在の課題と将来展望までを詳述する。

起源と初期の展開(1890s〜1920s)

ハリウッドの土地は19世紀末に開発され、移住者や不動産開発者の手で街が形成された。映画製作がここへ移ってきた理由は複合的で、温暖な気候と一年中屋外撮影が可能な日照、ロケーションの多様性、低コストの労働力に加え、東海岸のトーマス・エジソン率いる特許保有グループ(Motion Picture Patents Company)からの法的回避を図るためでもあった。初期の映画会社が1910年代に西海岸へ移転し、1911年ごろには既に恒久的な撮影所が稼働していた。

スタジオシステムとゴールデンエイジ(1920s〜1940s)

1920年代から40年代にかけて、ハリウッドは「スタジオシステム」とよばれる垂直統合型モデルで成長した。大手スタジオが制作・配給・上映(劇場)を支配し、専属俳優や監督、スタッフを抱えて大量生産的に映画を供給した。スターシステムやジャンル映画の確立、セットや技術の標準化などが進み、米国内外での影響力を確立した。

  • 主要スタジオの成立と役割(例:Paramount、Warner Bros、MGM、Fox 等)。
  • 音声映画(トーキー)の登場(1927年『ジャズ・シンガー』)が産業構造を大きく一変させた。
  • 大恐慌下でも映画は娯楽需要を維持し、ハリウッドは国民文化の中心となった。

検閲・規制と政治的圧力(1930s〜1950s)

映画内容に対する社会的懸念から、業界内部での自主規制となるハイズコード(Hays Code、通称製作コード)が1930年代に導入され、1934年以降は実質的に厳格に適用された。政治的には第二次世界大戦後、冷戦期における共産主義への懸念からハリウッドは下院非米活動委員会(HUAC)の調査対象となり、ブラックリストや追放が行われた。この時期は言論・表現、職業権の面で深刻な影響を映画界にもたらした。

法的再編とテレビの台頭(1948年以降)

1948年のパラマウント判決により、主要映画会社の劇場所有(垂直統合)が違法と判断され、スタジオは劇場部門を切り離すことを余儀なくされた。これがスタジオパワーの衰退を早め、1950年代にはテレビの普及が観客動員を奪い、映画産業はコンテンツの質と独自性、技術(ワイドスクリーン、カラー、3D等)で対抗するようになった。

ニュー・ハリウッドとブロックバスターの登場(1960s〜1980s)

1960年代後半から70年代にかけて、古いシステムの崩壊とともに若い監督たちの台頭(フランシス・フォード・コッポラ、マーティン・スコセッシ、スティーヴン・スピルバーグなど)で映画の表現は多様化した(ニュー・ハリウッド)。1975年『ジョーズ』、1977年『スター・ウォーズ』の成功は「サマー・ブロックバスター」モデルとマーケティング先行型の資本集約型制作を確立し、以後の映画ビジネスは大作フランチャイズ中心に移行していった。

グローバル化と資本集中(1990s〜現在)

1990年代以降、メディア企業の合併や買収が進み、ハリウッドは巨大なコングロマリットによる統合が進んだ。代表例としてディズニーの21世紀フォックス買収(2019年完了)は、コンテンツ所有と配信経路の統合を象徴する出来事である。同時に、国際市場、特に中国市場が収益源として重要性を増し、作品はグローバル観客を念頭に置いて設計されるようになった。

ストリーミング、デジタル化、そして新たな挑戦(2010s〜)

Netflix、Amazon、Apple、Disney+などのストリーミングサービスは制作と流通の構造を根本から変えた。配信プラットフォームは従来の劇場公開モデルに対する代替となり、収益モデル、視聴者データの活用、国際展開の速度・幅を変えている。2019年のパンデミックはこの流れを加速し、劇場と配信の共存や独占配信という新たな実務上の課題を露呈させた。

労働・倫理・技術の課題:組合運動とAI

近年はクリエイターや俳優の労働条件に対する意識が高まり、脚本家組合(WGA)や俳優組合(SAG-AFTRA)のストライキ(2023年のWGAおよびSAG-AFTRAの行動を含む)は、配分・報酬・AI利用規定などを巡る重要な転換点となった。生成AIの導入は脚本、映像生成、ディープフェイクなど多方面で議論を呼び、著作権や人格権、雇用の未来に直接的な影響を及ぼしている。

ハリウッドの産業モデル:制作から興行まで

映画は企画・資金調達→脚本・前制作→撮影・ポストプロダクション→配給・宣伝→上映(劇場・配信)という流れを持つ。近年は共同制作、リスク分散のためのプレセールス、スパンサーシップ、商品化(マーチャンダイジング)が収益源となり、IP(知的財産)を中心としたビジネス設計が主流だ。

文化的影響と批判

ハリウッドは米国文化を世界に伝播する強力なソフトパワーであり、価値観や美意識、政治観に影響を与えてきた。一方で、表現の均質化、ステレオタイプの再生産、白人中心主義、性別や人種における表現の不均衡など多くの批判も受けている。近年は多様性と包摂性(D&I)を掲げる動きが強まり、作品・キャスティング・製作陣の多様化が進行中であるが、実務面での実効性が問われている。

環境負荷と持続可能性

大規模な撮影はエネルギー消費や移動、セット廃棄物など環境負荷が大きい。近年はグリーンプロダクション認証や環境配慮の導入、リモート作業の活用などで持続可能性を高める努力が進んでいるが、産業全体での標準化と実効的な削減が課題である。

今後の展望:競争と共創の時代へ

ハリウッドは依然として資金・人材・グローバル流通の集中点だが、インディペンデント制作や国際的な撮影拠点、テクノロジー企業による参入が業界構造を多層化している。将来は以下のポイントが鍵となるだろう。

  • 技術と倫理の両立:AIや仮想制作の恩恵を享受しつつ、権利保護と労働の公正を確保するルール作り。
  • 多様な収益モデル:劇場、配信、ライセンス、体験型コンテンツの組み合わせによる持続可能な収益設計。
  • 文化的責任:グローバル化に伴う文化間対話とローカライズ戦略、表現の多様化。
  • 環境対策の標準化:撮影現場の脱炭素化と廃棄物削減の業界横断的指標の整備。

結論

ハリウッドは過去120年以上にわたり映画産業の中心地として進化を続けてきた。技術革新、法的変化、国際市場の拡大、労働運動など、多様な力が複雑に作用する場であり続けている。今後はテクノロジーと人間的価値の調和、持続可能なビジネスモデルの構築、そして多様で包摂的な表現の実現が、ハリウッドにとっての成長と信頼回復の鍵になるだろう。

参考文献