『グレイテスト・ショーマン』徹底解剖:音楽・演出・伝記性をめぐる評価と影響

イントロダクション:なぜ今なお語られるのか

2017年公開のミュージカル映画『グレイテスト・ショーマン』(原題:The Greatest Showman)は、ヒュー・ジャックマン主演でP.T.バーナムの半ば創作された物語を大胆に脚色した作品です。監督は映画初監督となるマイケル・グレイシー、音楽はペイセック&ポール(Benj Pasek & Justin Paul)が手掛け、映画は公開当初から観客動員とサウンドトラックの商業的成功により大きな話題を集めました。本稿では、制作背景、音楽、演出、史実との乖離(かいり)、受容と影響までを詳しく掘り下げます。

基本データと制作経緯

『グレイテスト・ショーマン』は20世紀フォックス配給で、2017年12月に北米公開されました。監督マイケル・グレイシーにとっては長編映画のデビュー作で、主演は舞台・映画で知られるヒュー・ジャックマン。共演にザック・エフロン(フィリップ・カーライル役)、ゼンデイヤ(アン・ウィーラー役)、ミシェル・ウィリアムズ(チャリティ・バーナム役)、レベッカ・ファーガソン(ジェニー・リンド役)らがそろいます。上映時間はおよそ105分、製作予算は約8,400万ドルと報じられ、世界興行収入は約4.35億ドルと商業的な成功を収めました(Box Office Mojo)。

音楽とサウンドトラックの役割

本作のもっとも特徴的な要素は音楽です。若手作曲チームのペイセック&ポールが書き下ろした楽曲は、物語の感情的山場を大衆的で強力なメロディーで支えます。代表曲「This Is Me」は、ケーラ・セトル演じるルシアス・キャスト(いわゆる“見世物小屋”の出演者たち)の自己肯定と連帯を歌うアンセムとなり、2018年ゴールデングローブ賞で最優秀オリジナル歌曲賞を受賞、同年の第90回アカデミー賞では主題歌賞にノミネートされました。

  • 作詞作曲:Benj Pasek & Justin Paul
  • 代表曲:「The Greatest Show」「A Million Dreams」「This Is Me」「Never Enough」
  • サウンドトラックは公開後に販売・配信で成功を収め、映画の商業的成功を後押ししました。

演出面の見どころ:舞台性と映画的表現の融合

本作は“サーカス的スペクタクル”をスクリーンに再現することに主眼を置いています。舞台ミュージカル的な振付や群衆シーンを、カメラワークや編集で映画的に咀嚼(そしゃく)する手法が採られています。大掛かりな群舞やセットは、観客の視覚的快感を満たすと同時に、主人公バーナムの野心と劇場演出家としての才能を視覚化します。照明・衣裳・色彩設計が、19世紀末の世俗的華やかさと幻想性を同時に演出している点も評価されます。

俳優陣のパフォーマンスとキャスティングの妙

ヒュー・ジャックマンは、本作でのショーマン像を強烈に体現しています。歌唱力と端的な表現力を兼ね備えた彼の演技は、バーナムの成功への執着と家庭人としての脆さを併せて描き出します。ザック・エフロンはダンスや歌での魅力を活かし、ゼンデイヤは身体表現と非言語的な表情で感情線を支えます。特にケーラ・セトルは「This Is Me」の圧倒的パフォーマンスで観客の共感を掴み、映画の象徴的存在となりました。

史実との乖離と倫理的議論

本作は“実在の興行師P.T.バーナム”をモチーフにしていますが、伝記映画というよりはバーナム像を理想化・脚色したフィクションです。史実のバーナムは観客を驚かせるために誇張や虚偽を用いた人物であり、人種差別的・搾取的な側面も批判されています。映画はこうしたネガティブな側面を曖昧化し、彼を包摂性を掲げるリーダーとして描くことで多くの批判を呼びました。

主な史実と映画的改変の例:

  • ジェニー・リンドとの関係:映画ではバーナムが彼女を招聘し大成功を収めるが、実際にはバーナムによる関係の描き方は脚色が強い。
  • 登場人物の人種・障がいの扱い:映画は“見世物小屋”の出演者たちを主人公側に立たせつつも、歴史的な搾取構造やセンセーショナリズムを十分に描写していないとの指摘がある。
  • バーナムの実像:実際のバーナムは商才に長けた興行師であった反面、動物商売や誇大広告、場合によっては人を商品化する行為で批判を受けている。

批評と観客反応:二分される評価

批評家の評価は概ね賛否両論でした。音楽やエンターテインメント性を高く評価する声が多い一方で、史実の改変や感情的なフォーミュラへの批判も根強くあります。批評サイトのスコアは公開当時おおむね中間的で、Rotten Tomatoesの批評家スコアは約57%、Metacriticは約48/100と報告されています(公開当時の集計)。しかし、一般観客の受容は好意的で、CinemaScoreでは“A”という高評価を得ています。興行的成功とサウンドトラックのヒットは、その人気を裏付けています。

テーマの読み解き:包摂・野心・代償

映画の中心にあるテーマは「包摂」と「野心の代償」です。バーナムの“見世物”は社会的排除を受ける人々に舞台を与え、一方で彼自身の成功願望が家庭関係や道徳を揺るがします。作品は、スペクタクルが持つ魅力とそれが引き起こす人間関係のゆがみを同時に描こうとしますが、史実の負の側面をどこまで見せるかについては賛否が分かれます。

視覚美術と撮影:ショーのスクリーン化

撮影や美術は、サーカスの非日常性を映画語法で再構築することに成功しています。衣裳・メイクアップ・セットデザインがキャラクター性を強調し、照明と色彩が物語の感情的な高まりに呼応します。振付は映画的編集と組み合わさることで、観客が“ショー”に没入する感覚を高めています。こうした視覚的手法は、ミュージカル映画としての使命を果たすと同時に、観客に感情的なカタルシスを与えます。

文化的影響と遺産

公開以降、本作はミュージカル映画の新たな成功例としてしばしば引用されます。サウンドトラックは多くの国でヒットし、「This Is Me」は特にソーシャル・メディアや学校・コミュニティでの合唱などを通じて広く歌われるアンセムになりました。また、本作はミュージカル映画の商業的可能性を再確認させ、同ジャンルの復権に寄与したともいえます。一方で、伝記的責任をめぐる議論は、バイオピクチャー制作の倫理的指標についての再考を促しました。

総括:娯楽性と歴史認識のはざまで

『グレイテスト・ショーマン』は、視覚的なスペクタクルと共感を呼ぶ音楽で多くの観客を魅了した作品です。同時に、史実の改変や倫理的な描写に関する問題提起を残し、単純に称賛するだけでは済まされない複層的な評価を受けています。本作を純粋なエンターテインメントとして楽しむことは可能ですが、史実に関心がある観客は題材の背景を別途調べることで、より深い理解と批評的視座を持つことができるでしょう。

参考文献