WAV音源とは何か — 仕組み・利点・実務での使い方を徹底解説
WAV音源の概要
WAV(Waveform Audio File Format)は、デジタル音声データを格納するためのファイル形式の一つで、主に無圧縮のPCM音声を保存するために広く使われています。Windows環境で標準的にサポートされる形式であり、オーディオ制作やマスター納品、アーカイブ用途での“参照用マスター”として利用されることが多いです。WAVはRIFF(Resource Interchange File Format)仕様に基づくコンテナ形式で、ヘッダ情報とデータチャンクで構成されます。
歴史とフォーマットの基本構造
WAVはMicrosoftとIBMのRIFF仕様をベースにしたフォーマットです。ファイルは大きく分けて“RIFFヘッダ”、“fmtチャンク”(フォーマット情報)、“dataチャンク”(実際の音声データ)などのチャンク群で構成されます。RIFFはリトルエンディアン(小さいバイト順)を採用しているため、WAVもリトルエンディアンでデータを格納します。標準的なPCM WAVのヘッダ長は44バイト前後ですが、追加のメタデータや拡張があるとヘッダはさらに大きくなります。
PCM、ビット深度、サンプルレート
- PCM(Pulse-Code Modulation): 標準的なWAV音声はリニアPCMとして格納され、アナログ波形を一定間隔でサンプリングして量子化した数値列として保存されます。
- ビット深度(Bit Depth): 8bit、16bit、24bit、32bit floatなどが一般的です。8bit PCMは符号なし(unsigned)、16bit/24bitは符号あり(signed)が通常の扱いです。ビット深度が高いほど理論上のダイナミックレンジが広がり(約6.02dB×ビット数+1.76dB)、量子化ノイズは低くなります。16bitで約98dB、24bitで約146dBの理論的ダイナミックレンジが得られます。
- サンプルレート(Sampling Rate): 44.1kHz(CD標準)、48kHz(映像/放送系)、96kHzや192kHzなどのハイレゾが存在します。高サンプルレートはオーバートーンの記録に有利ですが、ファイルサイズやCPU負荷、実際の可聴差の面でトレードオフがあります。
チャンネルとインタリーブ
ステレオやマルチチャンネルのWAVは通常インタリーブ(交互配置)でサンプルが格納されます。たとえばステレオなら「左サンプル0、右サンプル0、左サンプル1、右サンプル1…」という順序です。マルチチャンネルやサラウンド(5.1/7.1等)ではWAVE_FORMAT_EXTENSIBLEという拡張フォーマットが使われ、チャンネルマスクやGUIDでサブフォーマット(整数/浮動小数点など)を指定できます。
ファイルサイズの計算と実例
無圧縮WAVのファイルサイズは次の式で求められます(データ部分のみ、ヘッダ除く)。
ファイルサイズ(バイト) = サンプリング周波数(Hz) × (ビット深度/8) × チャンネル数 × 再生時間(秒)
例: 44.1kHz、16bit、ステレオの場合: 44100 × (16/8) × 2 = 176400 バイト/秒 ≒ 176.4KB/秒。1分では約10.1MBとなります(実際のバイト数は1024換算で約10.09MB)。ヘッダ分(通常44バイト程度)を加味してください。
メタデータと拡張(INFO、BWF、RF64など)
WAVは基本的には音声データのコンテナで、ID3のような豊富なメタデータ機能は標準では備えていませんが、"INFO"チャンクや独自チャンクを追加することができます。放送向けにはBroadcast Wave Format(BWF)が用いられ、bextチャンク等でタイムコードや製作者情報などを格納可能です。また、従来のRIFF/WAVはチャンクサイズが32bit(最大約4GB)に制限されますが、大容量ファイルのためにRF64という拡張(64bitサイズ)も策定され、4GB以上のオーディオを扱えるようになっています。
符号化形式と互換性
WAVは“コンテナ”なので、内部に格納されるデータの形式(フォーマットタグ)がさまざまです。代表的なタグはWAVE_FORMAT_PCM(リニアPCM)、WAVE_FORMAT_IEEE_FLOAT(32bit浮動小数点)、WAVE_FORMAT_EXTENSIBLE(拡張フォーマット)など。また、ADPCMなどの圧縮データや、稀にMP3データをWAVコンテナに入れることも可能ですが、互換性や再生環境には注意が必要です。一般的に交換フォーマットとしてはリニアPCM(非圧縮)がもっとも互換性が高いです。
WAVの利点と欠点
- 利点
- 非圧縮なので音質劣化がない(元のサンプルをそのまま保持)。
- ほとんどのDAW、編集ソフト、プレイヤーがサポートしている。
- 編集やマスター工程での信頼性が高く、アーカイブ用途に適する。
- 欠点
- ファイルサイズが大きい(ストレージと転送にコストがかかる)。
- メタデータの柔軟性は限定的(BWFや拡張チャンクで対応は可能)。
量子化ノイズ、ディザリング、リサンプリング
ビット深度を下げると量子化ノイズ(量子化誤差)が問題になります。特に24bitで処理したマスターを16bitに変換してCD用に納品する場合、適切なディザリングを施すことで、低レベル信号の不快なひずみをマスキングし、聞こえの良い結果を得られます。リサンプリング(サンプルレート変換)を行う際は、適切なアンチエイリアシングフィルタや高品質の変換アルゴリズムを使うことが重要です。低品質の変換は位相歪みや高域の損失を招きます。
実務上の推奨設定と納品時の注意点
- レコーディング: 24bit以上、44.1kHzまたは48kHzを基準に。高音質が必要であれば96kHzを検討。
- ミックス/マスタリング: 内部処理は24bit以上、32bit floatでの処理も一般的。ただし最終納品は用途に合わせて(例: CDは16bit/44.1kHz、配信は24bit/44.1kまたは48k)。
- 放送納品: BWF形式や指定のメタデータを付与し、サンプルレート/ビット深度は放送局の仕様に合わせる。
- 納品時にラウドネス規格(LUFS等)の適合が求められることが多いので、最終マスターは規格に合わせて処理する。
- ファイル名やメタ情報を正確にし、衝突を避ける。大容量ファイルの転送はチェックサムやCRCで整合性を確認するのが望ましい。
圧縮フォーマットとの比較
MP3やAACといったロスィー圧縮はファイルサイズを小さくする利点がありますが、情報の一部を不可逆に破棄します。ストリーミングや配信、試聴目的では圧縮フォーマットが適している場合もありますが、編集やマスターの元データとしてはWAVなどの非圧縮フォーマットが一般的に推奨されます。可逆圧縮(FLACなど)も音質を保ちながら圧縮できるため、保存・配布の妥協案として有効です。
実践的なチェックリスト
- 録音時は24bitで十分なヘッドルームを確保する(クリップしない)。
- マスターの最終書き出し前にメタデータやチャンネル順、サンプルレート、ビット深度を確認する。
- 配信サービスやクライアントの要求するフォーマットを事前に確認しておく。
- 長時間・大容量ファイルはRF64対応の形式や分割・圧縮を検討する。
まとめ
WAVは音声制作の現場で最も基本的かつ信頼されているフォーマットの一つです。非圧縮のため音質劣化がなく、高い互換性を持つ反面、ファイルサイズの大きさが課題となります。用途に応じてビット深度やサンプルレート、拡張(BWF、RF64)を使い分けることで、録音からマスタリング、納品、アーカイブまで安定したワークフローを構築できます。
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参考文献
- WAV - Wikipedia
- RIFF - Wikipedia
- Broadcast Wave Format (BWF) - Wikipedia
- RF64 - Wikipedia
- Waveform Audio File Format - Microsoft Docs
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