ストラヴィンスキー:リズムと革新の音楽史 — 革命、ネオクラシシズム、十二音への遍歴
序論 — 20世紀音楽を拓いた作曲家
イーゴリ・ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky, 1882–1971)は、20世紀音楽の地図を塗り替えた作曲家の一人です。ロシア・モダニズムの熱気あふれる出発から、パリでのバレエ音楽による国際的成功、ネオクラシシズムへの回帰、さらに生涯の後半に至る十二音的手法の導入まで、彼の創作は時代の転換点と密接に重なります。本稿では、主要な事実と作品、様式的特徴、演奏・受容の諸相、そして今日に及ぶ影響を詳しく掘り下げます。
生涯の概略と重要な年月日
ストラヴィンスキーは1882年6月17日、ロシア帝国のオラニエンバウム(現在のロモノソフ)で生まれました。法学を学ぶ一方で音楽の道へ進み、作曲の師として特に重要だったのがニコライ・リムスキー=コルサコフです。1909年にセルゲイ・ディアギレフのバレエ・リュス(Ballets Russes)と出会い、1910年の《火の鳥》(L'Oiseau de feu)を皮切りに、1911年《ペトルーシュカ》、1913年《春の祭典》(Le Sacre du printemps)といった傑作を次々と提供し、一気に国際的評価を得ました。
第一次世界大戦期にはスイスに滞在、戦後もヨーロッパで活躍しますが、1939年以降はアメリカ合衆国での滞在が長くなり、1945年に米国籍を取得。1971年4月6日にニューヨークで亡くなり、棺は後にヴェネツィアのサン・ミケーレ島に埋葬されました。
バレエ音楽と初期の革新(1910年代)
ストラヴィンスキーが世界的な注目を浴びたのは、ディアギレフ率いるバレエ・リュスへの協働からでした。《火の鳥》(1910)は伝統的なロシア民俗色と色彩的オーケストレーションで成功を収め、《ペトルーシュカ》(1911)は民俗的旋律と巧みな楽器法を融合させた作品です。しかし最大の衝撃は《春の祭典》(1913)で、フランス・パリでの初演(1913年5月29日、指揮はピエール・モントゥー、振付はニジンスキー、バレエ・リュス)で物議を醸し、いわゆる“暴動”の伝説を生みました。
《春の祭典》の衝撃は単に音響上のものだけでなく、リズムと身体表現の激烈な結合、位相をずらしたアクセント、非対称な拍節と強烈な打撃感によって、従来の聴取習慣を根本から揺さぶりました。これによりストラヴィンスキーは「リズムの作曲家」として特異な地位を確立します。
ネオクラシシズムへの転換(1920年代〜1930年代)
第一次世界大戦後、ストラヴィンスキーは古典様式への回帰=ネオクラシシズムを展開します。代表作には《プルチネルラ》(1920/21)や室内楽的作品、1923年の《オクテット》、そして1930年の《詩篇交響曲》(Symphony of Psalms)などがあります。これらの作品では形式的な均衡、明晰さ、古典様式からの借用(舞曲、バロック的対位法、協奏曲形式)を通して新たな表現を見出しました。
ネオクラシシズム期の特徴として、過度なロマンティシズムの否定、精緻なリズム配置、管弦楽色の透明化、そしてしばしば古典的テンポ感と非ロマン派的な感情抑制が挙げられます。声楽と器楽の配置にも実験的な配慮が見られ、宗教的題材を古典的様式で扱うという逆説的な手法も用いられました。
アメリカ時代と十二音技法(1940年代以降)
第二次世界大戦を経てアメリカに長期滞在するようになったストラヴィンスキーは、1950年代以降に十二音技法を自身の方法で応用し始めます。スウェーデンやパリでの影響、シェーンベルクらとの対話を背景に、彼は十二音技法をそのまま受け入れるのではなく、“秩序づけられた音列”をリズムと対位法の観点から再解釈する形で採用しました。バレエ《アゴン》(Agon, 1957)や《スレーン》(Threni, 1958)、晩年の《レクイエム・カンティクルム》(Requiem Canticles, 1966)や《オデッセイ》といった作品群にその痕跡を認めることができます。
音楽上の核心:リズム、オーケストレーション、ハーモニー
ストラヴィンスキーの音楽を語る際、以下の要素は欠かせません。
- リズム:非対称拍子、交錯するアクセント、短いモチーフの反復(オスティナート)、機械的・原始的な運動感。特に《春の祭典》に見られる強烈なリズム処理は20世紀音楽に計り知れない影響を与えました。
- オーケストレーション:色彩の扱いが巧みで、伝統的な楽器法の枠を再構成して独自の音響を作り出しました。管楽器や打楽器の新たな用法、ピアノをリズム的打撃音として使うなど、 timbre(音色)への意識が高い。
- ハーモニーと調性:初期には民謡からの旋律やモード的要素、ビトナリティ(同時に複数の調を併置)やポリトナリティを用い、中期以降は古典的調性の形式を借用しつつも新しい和声の扱いを行い、晩年には12音技法的な手法を導入しました。
代表作(主要作品とその位置づけ)
- 《火の鳥》(1910)— ディアギレフとの協働で大成功を収めたバレエ音楽。ロシア的色彩と鮮やかなオーケストレーション。
- 《ペトルーシュカ》(1911)— 民俗的旋律と近代的和声・リズムを融合させた傑作。
- 《春の祭典》(1913)— リズムと打楽表現の革新によって20世紀音楽の地平を刷新した代表作。
- 《兵士の物語》(1918)— ナレーション+小編成のための劇的作品。戦後の経済的・文化的状況下での創作。
- 《プルチネルラ》(1920/21)— ネオクラシシズムへの転換を象徴する作品。
- 《オクテット》(1923)、《ピアノ協奏曲》(1925)— 室内楽的な明晰さと形式感。
- 《詩篇交響曲》(1930)— 宗教性と形式の融合。
- 《ダンバートン・オークス協奏曲》(1938)— 小編成でのバロック的枠組みの再解釈。
- 《ラケの出世》(The Rake’s Progress, 1951)— オペラのネオクラシック的成功例(オーデン=カールマン台本)。
- 《アゴン》(1957)、《スレーニ》(1958)— 晩年の十二音技法的実験を示す作品群。
初演、批評、論争と受容の歴史
ストラヴィンスキーの作品は初演時にしばしば論争を呼びました。特に《春の祭典》のパリ初演は感情的な反応を惹起し、その“暴動”伝説は20世紀音楽史の象徴的事件となりました。同時に、ディアギレフとの協働やパリの前衛的な音楽・美術界との接点は、ストラヴィンスキーを国際的寵児に押し上げました。
中期以降のネオクラシシズム転向や晩年の十二音技法採用はいずれも賛否を呼び、旧来的な調性へのノスタルジーを求める層からの批判、革新性を渇望する層からの称賛が混在しました。しかし長期的には、その多様な様式の横断こそが彼の独自性であり、後進の作曲家たちに幅広い可能性を示しました。
録音・演奏実践のポイント
ストラヴィンスキー自身がしばしば指揮を担当し、自作演奏に関する明確なイメージを示したため、彼の録音や指揮解釈は重要な資料です。リズムの推進力、刻みの明確化、アクセントの配置などを強く表出する傾向があります。現代の演奏では、史的演奏慣行を踏まえつつも、テンポの柔軟性や楽器の音色の違いに配慮した多様な解釈が生まれています。
影響と後世への遺産
ストラヴィンスキーの影響は作曲技法だけに留まりません。舞踊、演劇、映画、ポピュラー音楽にまで波及し、リズムに基づく作曲の重要性を高めました。またネオクラシカルな形式の再評価、そして十二音技法を独自に解釈する道筋は、後続の作曲家にとって重要なモデルとなりました。教育者としての直接的な門弟は多くないものの、彼の出版物や講演・自作演奏は広範な音楽家を刺激しました。
研究と読みどころ(書き手としてのストラヴィンスキー)
ストラヴィンスキーは自らの芸術観を幾つかの著述で提示しています。自伝的記述や批評的エッセイは作曲技法の理解に役立ちます。つまり彼の音楽を理解するには、楽譜と録音に加えて、作曲者自身の言葉と当時の批評史を併せて読み解くことが不可欠です。
まとめ — 革新の連続性と様式横断
イーゴリ・ストラヴィンスキーは、ロシア的土壌から出発して世界音楽史に決定的な足跡を残した作曲家です。リズムの革命者としての顔、古典を再解釈するネオクラシシストとしての顔、そして十二音技法を自らの言語に取り込むことを恐れなかった革新者としての顔を併せ持ちます。各時期ごとに様式が変転するように見えて、その根底には「形式への強い関心」「音色とリズムを基盤とする構築性」といった一貫した関心が貫かれています。今日、演奏・研究の両面でストラヴィンスキーの作品はなお生き続け、20世紀以降の音楽理解にとって重要な鍵を提供し続けています。
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参考文献
- Britannica: Igor Stravinsky
- Britannica: Le Sacre du printemps(春の祭典)解説
- Library of Congress: Igor Stravinsky Papers
- Wikipedia: Igor Stravinsky(概説、参考出典として)
- IMSLP: Igor Stravinsky(楽譜)
- The New York Times: Igor Stravinsky obituary (1971)
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