古楽(Early Music)徹底解説:歴史・演奏慣習・楽器・現代への影響を学ぶ
古楽とは何か:定義と範囲
「古楽(Early Music、Historically Informed Performance の文脈ではしばしば HIP とも)」は、一般に中世から古典派初期(おおむね中世〜18世紀末、場合によっては19世紀初頭まで)に作られた音楽を、当時の演奏慣習・楽器・音響条件にできるだけ忠実に再現して演奏することを指します。単に古い時代の曲を演奏するだけでなく、史料批判や奏法研究、復元楽器の使用、歴史的調律の採用などを通じて“当時の響き”を再構築することが目的です。
歴史的背景と復興運動
古楽復興は19世紀末から20世紀にかけて徐々に萌芽し、20世紀中盤以降に世界的なムーブメントとして確立しました。初期の先駆者にはアーノルド・ドルメッチ(Arnold Dolmetsch、1858–1940)があり、彼はルネサンスやバロック楽器の複製・演奏を推進しました。1950〜70年代にはグスタフ・レオンハルト(Gustav Leonhardt)、ニコラウス・ハルンコート(Nikolaus Harnoncourt)らが演奏史研究と結びつけた実践を展開し、以降ホグウッド、ジョルディ・サヴァール、ウィリアム・クリスティ、レネ・ヤコブスらが世界的な影響力を持つに至ります。
史料と理論書:演奏慣習の手がかり
古楽の解釈は、当時の理論書や器楽教本、礼拝書、舞曲集、記述的資料に強く依存します。代表的な史料には以下があります:
- Michael Praetorius『Syntagma Musicum』(17世紀初頭)— 楽器図解や奏法の記述。
- C.P.E. Bach『Essay on the True Art of Playing Keyboard Instruments』(1753)— 鍵盤奏法と装飾の指針。
- Johann Joachim Quantz『On Playing the Flute』(1752)やLeopold Mozart『Violin Treatise』(1756)— 表現・装飾・奏法に関する詳細な指示。
- 楽譜そのもの(写本、初版)や教会典礼文書— リズム・配列・編成の手がかり。
主な楽器と音色
古楽演奏で使われる楽器は、現代の標準楽器とは構造・素材が異なり、音色や奏法も異なります。代表例:
- チェンバロ・チェロ(ハープシコード、クラヴィコード):鍵盤楽器の主要形態。
- ビオラ・ダ・ガンバ(ヴィオル属):ガンバ族は独自の音色と演奏習慣を持つ。
- ふつうのバロック・ヴァイオリン(ガット弦、バロック・ボウ)— 弓の形状や張力が異なりアーティキュレーションに影響。
- リュート、シターン、テオルボ:声楽伴奏や通奏低音に用いられる撥弦楽器。
- 自然トランペット・古典期ホルン:バルブのない管楽器で、時代特有の音階制約がある。
調律とピッチ(A=)
近代の等分平均律・A=440Hzが標準化される以前、地域や時代によってピッチは大きく異なりました。バロック演奏でしばしば採用されるA=415Hzは現代ピッチより半音低く、より落ち着いた響きになります。また、平均律ではなくミーントーン(中全音律)やヴィヴィドなウェルテンパラメント(well temperament、バッハの《平均律》に関連)など、調律法が表現に直接影響するため、曲ごとに適切な調律を選ぶことが重要です。
装飾(オルナメント)・運指・発想法
18世紀以前の多くの楽譜では装飾記号や表現指示が簡潔あるいは不完全な場合が多く、演奏者の判断に委ねられていました。従って当時の装飾法(trill、mordent、appoggiatura 等)を知らなければ表現は不自然になりがちです。Quantz や C.P.E. Bach、Leopold Mozart といった理論家の記述は、装飾の長さや位置、アーティキュレーションの実践的な指針を与えてくれます。
通奏低音(Basso Continuo)の実践
通奏低音はバロック音楽の根幹で、チェンバロ、オルガン、リュート類、ヴィオールやチェロなど複数楽器で低声部と和声を支えます。楽譜には通奏低音のための数字や和音記号(数字付きベース)が書かれることが多く、この記号をどう解釈して和声・伴奏を実現するかが演奏家の技量に委ねられています。良い通奏低音は曲全体のテンポ感とバランスを決定づけます。
リズム・テンポ・語法(アフェクト)
古楽ではリズムの柔軟性やテンポの取り方に関する現代的な慣習とは異なる考え方が多く見られます。例えば、舞曲の種類ごとに固有のテンポやアクセントがあるため、単純なメトロノーム的テンポだけで判断するのは誤りです。声楽作品ではテキストのアクセントや語感がテンポやフレージングを決める重要な要素になります(アフェクト理論)。
編集と楽譜学の課題
古楽を演奏する上での重要な課題は「どの版を使うか」「どのように解釈して実音にするか」という編集上の判断です。写本・初版の相違、誤記、装飾の省略などがあり、エディション選びや批判校訂が必須です。現代の批判版や歴史的資料に基づく楽譜を用いることが望まれます。
20世紀以降の運動と主要人物
20世紀後半、歴史的演奏法運動は急速に拡大しました。主要な指導者とその貢献:
- Arnold Dolmetsch:古楽器復元と実演の先駆者。
- Gustav Leonhardt:鍵盤・通奏低音の実践と教育で重要な役割。
- Nikolaus Harnoncourt:古楽理論と実践を結びつけたオーケストラ指揮。
- Jordi Savall:ヴィオールと古楽レパートリーの普及。
- Christopher Hogwood、William Christie、René Jacobs:バロック歌劇・宗教曲の新解釈を提示。
批判と議論点
古楽運動には賛美だけでなく批判もあります。批判の主な点は、“史実主義”が過度に固定化すると現代の演奏に必要な創造性を失うのではないか、また復元の試みが実際には推測に依存することが多く“本当の音”を得られないという懸念です。現在の主流は、史料に忠実でありつつも表現上の判断を排除しない折衷的なアプローチです。
現代音楽界への影響と応用
古楽研究は現代演奏に多大な影響を与えています。例えば、モダン楽器の演奏者もバロック弓やガット弦の研究から学び、フレージングやアーティキュレーションに変化をもたらしています。また、多くのオーケストラや歌手が HIP の要素を取り入れ、より多様な解釈が聴衆に提供されるようになりました。
聴きどころと入門作品
古楽を聴き始めるための代表的な作曲家・作品:
- J.S.バッハ:マタイ受難曲、ブランデンブルク協奏曲、平均律クラヴィーア曲集(HIP での比較鑑賞が面白い)。
- ヘンデル:オラトリオ《メサイア》、王室アンセム類。
- モンテヴェルディ:マドリガル、オペラ《オルフェオ》— ルネサンスとバロックの分岐を感じる。
- ビーバー、コレッリ、ヴィヴァルディ:器楽曲集でバロック楽器の色彩を味わう。
演奏者・聴衆への実践的アドバイス
演奏者は一次史料に親しみ、復元楽器やバロック式の奏法を学ぶことを薦めます。聴衆は異なる調律や音色を前提に耳を慣らすことで、より深い理解と楽しみが得られます。録音を選ぶ際は、指揮者・団体の歴史的研究の姿勢や楽器編成に注目すると良いでしょう。
結び:古楽の意味
古楽は単なる過去の模写ではなく、歴史の声を現在に再生し、私たちの音楽理解を豊かにする探求です。史料研究と演奏実践が相互作用することで、作品の新たな側面が浮かび上がり、現代の演奏文化に刺激を与え続けています。
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参考文献
- Britannica - Early music
- Britannica - Historically informed performance
- Britannica - Arnold Dolmetsch
- Britannica - Michael Praetorius
- IMSLP - Syntagma Musicum(Praetorius)
- IMSLP - C.P.E. Bach, Essay on the True Art of Playing Keyboard Instruments
- Quantz - On Playing the Flute(解説)
- Early Music America
- Baroque pitch(解説)


