カノンとは何か:歴史・形式・代表作で読み解く対位法の芸術
カノンとは:定義と基本概念
カノン(canon)は、西洋音楽における対位法的技法のひとつで、ある声部(主題や先行声部)が提示された後、一定の遅れ(エントリー)と一定の移高(度数)や変形を伴って別の声部がその同一素材を模倣する音楽構造を指します。一般的には「追いかける」関係が明確で、模倣の正確さや変形のありかたによって多様なタイプに分類されます。ラウンド(輪唱:例えば“Row, Row, Row Your Boat”のような)も広義のカノンに含まれます。
歴史的展開:中世から現代まで
カノン的技法の起源は中世のオルガヌムや初期の対位法に遡ります。中世・ルネサンス期には、単純な模倣から発展し、複雑な“mensuration canon(計量・プロラティオを利用するカノン)”や多声音楽の実験が行われました。代表例として、15世紀フランスの作曲家ジョスカンやオックeghemらの作品に見られる高度な比例異なるエントリーを用いたミサ曲(例:Ockeghemの《Missa Prolationum》)があります。
バロック期には対位法が学問的に体系化され、ヨハン・セバスティアン・バッハのような作曲家がカノンを高度に駆使しました。バッハは《Musikalisches Opfer(音楽の捧げもの)》や《平均律》、器楽曲の中で反転や増幅(augmentation)・縮小(diminution)を用いた多彩なカノンを残しています。バロックのもう一つの有名な例がヨハン・パッヘルベルの《カノン ニ長調(Canon in D)》で、シンプルな反復進行と三つのヴァイオリンの模倣的重ねにより広く親しまれています。
古典派以降、カノンは形式的素材としてだけでなく、作曲技法の一側面としてあらゆる時代の作曲家に取り入れられました。モーツァルトは室内楽や小品でユーモラスな短いカノンを書き、ロマン派でもブラームスらが対位法的素養を作風に反映しました。20世紀は対位法の伝統を受け継ぎながら、新しい調性感やリズム感の中でカノン的技法を再解釈する作曲家(ストラヴィンスキー、シェーンベルク、ヴェーベルンなど)が現れ、現代音楽でもカノンは重要な構造手段として機能しています。
カノンの主要な種類と技法
- 同一(ユニゾン)カノン:追随声が同一の音程で、一定の遅れをおいて入る最も基本的な形。
- 転回(鏡像、inversion)カノン:主題の上行・下行が反転して模倣される。音程関係が上下逆になるため「鏡像」と呼ばれる。
- 逆行(cancrizans/crab)カノン:主題を逆向き(後退=retrograde)で模倣する。前から読むか後ろから読むかの違いが音楽的効果を生む。
- 増倍(augmentation)/縮小(diminution):模倣声が主題の音価を長く(2倍など)または短くして提示する。リズム感の拡張や圧縮を生む。
- 転調カノン(canon alla quintaなど):模倣が特定の度数(五度、オクターブ等)で行われる。
- 計量(mensuration)カノン:異なる拍子比や速度で同一素材を歌わせる高度な形式。ルネサンス期に多く見られた。
- 多重カノン/永遠(perpetual)カノン:複数の声部が互いに模倣し続ける、しばしば無限的に続けられる構造。
- パズル(謎)カノン/テーブル・カノン:楽譜上に謎解きの形で記され、演奏者は指定された読み方(上下逆さなど)を行って初めて正しいカノンが現れる。
代表作とその分析
・パッヘルベル:カノン ニ長調(Canon in D) — 三つのヴァイオリンと通奏低音による反復的なカノンと、八小節の和声進行(D–A–Bm–F#m–G–D–G–A)が循環することで、シンプルながら強い調性感と心地よい連続感を生み出します。元々はバロック期の舞曲的・器楽的実演作品として書かれたと考えられており、20世紀後半に結婚式やメディアを通じて世界的に普及しました。
・J.S.バッハ:Musikalisches Opfer 等 — バッハはカノン技法を教材的・挑戦的なパズルとしても用いました。『Musikalisches Opfer』には、与えられた主題(ロスキン王からの主題)をもとにした異形のカノン(増倍、反行、反転など)が含まれており、対位法の高度な応用例として名高い。これらは作曲技法の学習と音楽美の双方を兼ね備えた作品群です。
・ルネサンスのミサ曲(例:Ockeghem《Missa Prolationum》) — プロラティオ(拍子の異なる指定)を各声部に与えて同一旋律を異なる速度で歌わせる、楷書とも言える計量カノンの傑作。理論と実践が密接に結びついた対位法の極致とされます。
作曲・演奏における実用的なポイント
作曲側:
- 模倣関係(遅れの長さ、度数、変形の種類)を初めに明確に定める。これが作品の骨格になる。
- 調性・和声の整合性に注意。模倣が移調される場合、和声進行が自然に継続するかをチェックする必要がある。
- 音域と声部間のバランスを考慮する。追随声が先行声を妨げないよう配慮すること。
- 教育目的ならば、単純なユニゾンやオクターブのカノンから始め、鏡像や増倍へと段階的に進めると理解が深まる。
演奏側:
- 輪郭が重ならないようにダイナミクスやアーティキュレーションを工夫する。模倣が聴き取りやすくなる。
- テンポ設定は要。遅すぎると同期が難しく、速すぎると模倣の関係がぼやける。
- 歌もの(声楽)の場合はテキストの明瞭さを保ちつつ、対位法的な線の独立性を維持する。
カノンがもたらす音楽的効果
カノンは単なる技巧の見せ場ではなく、音楽的に以下のような効果をもたらします:
- 時間的・空間的な広がり:エントリーの遅れによって時間的重層が生まれる。
- 統一感と多様性の共存:同一素材の反復で一貫性を保ちつつ、変形によって変化を与える。
- 知的・感情的な二重奏:理知的な構築美と、重なり合う声部が作る響きの豊かさが同居する。
現代の応用と創作のヒント
現代作曲では、伝統的なカノンのルールを保ちながらも、電子音響や非西欧的スケール、ポリリズムと組み合わせる試みが進んでいます。たとえばコンピュータを用いた自動模倣や、テンポを別々に変化させるリアルタイム処理で新たな聴取体験を作ることができます。創作の際は“どの点を保持してどの点を破るか”を明確にすることが新鮮な作品を生む鍵です。
聴き方の提案:カノンを楽しむために
- まずは主題を把握し、次に各声部がどのタイミングで入るかを数えてみる(例えば4拍遅れなど)。
- 鏡像や逆行が用いられている場合は、主題を頭の中で逆に再生してみると構造が見えてくる。
- 和声進行で魅せるタイプ(パッヘルベル)と、厳密な模倣そのものに美があるタイプ(バッハ等)を比較して聴くと、カノンの多様性がより分かる。
まとめ
カノンは西洋音楽の対位法的伝統を象徴する技法であり、単純な輪唱から計量カノン、逆行・鏡像・増倍といった高度な変形まで多様な表現が可能です。歴史を通して学術的な教材であると同時に、豊かな音響美を生む創作手段として活用されてきました。古典的名作の鑑賞と合わせて、自分で簡単なカノンを書いてみることで、対位法の理解と音楽的耳の養成に大いに役立ちます。
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参考文献
- Encyclopaedia Britannica: "Canon (music)"
- Wikipedia: "Canon in D major (Pachelbel)"
- IMSLP: Pachelbel, Canon in D (score)
- Encyclopaedia Britannica: "Musical Offering (Bach)"
- Wikipedia: "Missa Prolationum (Ockeghem)"


