リトルネッロ形式とは?バロック協奏曲の構造・歴史・代表例を詳解

はじめに:リトルネッロ形式とは何か

リトルネッロ(ritornello)形式は、主にバロック期の協奏曲や協奏曲的楽章で用いられた構造原理で、イタリア語の ritornare(戻る)に由来する「小さな復帰(ritornello=小さな帰還)」を意味します。簡単に言えば、管弦楽(またはリピエーノ=tutti)が提示する主題(リトルネッロ)が断続的に戻り、その間をソロや小編成(コンチェルティーノ)によるエピソードが挟む、反復と変化の交替によって成立する形式です。

歴史的背景と発展

リトルネッロ形式の起源は17世紀後半のイタリアにあり、オペラや聖歌における器楽的リフレイン(コレッタ、リトルネッロ)から派生しました。器楽協奏曲が独自のジャンルとして発展する過程で、コレッリ(Arcangelo Corelli, 特に《協奏曲集 Op.6》)やトレッリ(Giuseppe Torelli)、アルビノーニ、ヴィヴァルディらがこの形式を取り入れ、洗練させていきました。

特にヴィヴァルディは、短いリトルネッロ主題と対照的なソロ・エピソードを巧みに組み合わせることで、感情、色彩、調性の変化を強調しました。バッハはイタリア流のリトルネッロ手法を受け入れつつ、自らの対位法的処理や拡張で独自の応用を行っています(例:ブランデンブルク協奏曲第5番など)。

基本的な構造と特徴

リトルネッロ形式には以下のような基本要素があります。

  • リトルネッロ(tutti): 管弦楽が提示する主題や複合的な素材。完全形でも断片でも戻る。
  • エピソード(solo/ concertino): ソロ楽器や小編成が担当する自由で技術的・表現的な部分。調性を移動しつつ、リトルネッロの断片的動機を発展させることも多い。
  • 反復と変奏: リトルネッロは同一形で戻るとは限らず、短縮・拡張・転調して現れる。最終的なリトルネッロは通常トニック(主調)で完全形を示す。
  • 調的設計: 開始リトルネッロは主調、途中の再現は属調や関連調で現れることが多く、結果的に奏者は調性の旅を経験する。

形式の細部:全体の進行例

典型的なリトルネッロ楽章の概略は次のようになります。

  • R (リトルネッロ 全形) — E1 (エピソード1: solo)
  • R'(リトルネッロ 断片または転調) — E2(エピソード2)
  • R''(断片) — E3(再び solo の展開) — Rfinal(完全形でトニックに帰着)

リトルネッロ自体が複数の小区分(A, B, C…)で構成されることが多く、各再現ではその一部だけが現れることもあります。このため、同じ素材が断続的に顔を出しながら、形式としては明確な対比と統一を同時に維持します。

和声と調性の扱い

リトルネッロ形式では、エピソード部分が調性の変遷を担うことが多いです。エピソードはしばしば順次進行や短いモチーフ展開で進み、中間的な調へ移行し、次のリトルネッロはその新たな調で現れたり、断片的に挿入されたりします。これにより、形式全体が「回帰するリフレイン」と「旅する調性」の両方を同時に表現します。

終結部では、最終リトルネッロが主調で再現されることが通例で、聴覚的な安定と完結感をもたらします。バロック協奏曲の多くはこの方法で対位法的・和声的な緊張を解消します。

代表的な作品と分析例

いくつか具体例を挙げて、リトルネッロ形式の運用を見てみましょう。

  • ヴィヴァルディ『四季』より「春」第1楽章: 明瞭なリトルネッロ主題が冒頭に提示され、ソロの独奏ヴァイオリンが複数のエピソードで劇的に展開します。リトルネッロは完全形と断片形を繰り返し、調的な旅を導きます。
  • コレッリ《協奏曲集 Op.6》: 協奏曲大成の一つとされ、リトルネッロ形式の協奏曲 grosso の教科書的な例。リピエーノとコンチェルティーノの役割分担が典型的に示されます。
  • バッハ『ブランデンブルク協奏曲第5番』第1楽章: 広大なリトルネッロ主題とソロ・フルート・ヴァイオリン・チェンバロが交錯する一大構造。特にチェンバロ・ソロの協奏的独奏は、リトルネッロとソロの対比を新たに拡張しました。

リトルネッロ形式と古典派以降の様式との比較

リトルネッロ形式は、古典派のソナタ形式やロンド形式としばしば比較されます。主な違いは次の通りです。

  • 回帰の性格: ロンドは基本主題の定常的な復帰(A-B-A-C-A)を特徴としますが、リトルネッロは復帰がしばしば転調・断片化される点で異なります。
  • 調性の扱い: ソナタ形式は主調→副調(提示)、展開(多様な調域)、再現(主調で回帰)という明確な枠組みを持ちます。リトルネッロはその祖形的要素を持つ一方で、よりセクション的(tutti/solo)で、リフレインが外側から構造を支配します。
  • 機能の差: 古典派以降の concerto の第一楽章はソナタ形式が中心となることが多いですが、バロック期の concerto はリトルネッロ形式を骨格としました。ソナタ形式はテーマの対照・発展が中心なのに対し、リトルネッロは配置された素材の再帰性と色彩的対比が中心です。

実演と聴取のためのヒント

リトルネッロ形式を聴くときのポイントは次の通りです。

  • 冒頭のリトルネッロ主題を覚える:以後の復帰を追いやすくなります。
  • ソロのエピソードで何が変化しているか(調、リズム、テクスチャ)に注目する。
  • リトルネッロが完全形で戻るか断片で戻るかを聴き比べ、構造の動きを把握する。

演奏上の考察

指揮者や奏者にとっては、リトルネッロの扱いが表現の鍵となります。tutti 部分のアーティキュレーションやダイナミクス、ソロとリピエーノのバランス、リトルネッロの短縮形をどのように明確にするかが重要です。歴史的奏法(装飾、アゴーギク、テンポ感)を踏まえた解釈も、曲ごとの個性づけに寄与します。

現代における影響と評価

リトルネッロ形式はバロック期に特に有効でしたが、その原理はその後の音楽にも影響を与えています。18世紀末〜19世紀の協奏曲ではソナタ形式が優勢になりますが、交互に主題が戻るという考え方やセクショナリティは、ロンドやソナタ・ロンドなどに連なります。また現代作曲家が古典的要素を借用する際、リトルネッロ的な反復と対比の手法が利用されることもあります。

まとめ

リトルネッロ形式は「戻るもの(リフレイン)」と「進むもの(エピソード)」の緊張関係によって成立する、バロック協奏曲の核心的な構造です。主題の断続的な復帰、エピソードによる調的変化、最終的な主調への回帰といった特徴を理解することで、聴く者は形式の動きをより明確に捉えられます。コレッリ、ヴィヴァルディ、バッハらの作品を通じて、その多様な運用と表現の幅を味わってください。

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参考文献