「プレリュード」とは?起源から名作、演奏と分析のポイントまで徹底ガイド
プレリュードとは何か — 定義と語源
プレリュード(前奏曲、独: Präludium、仏: prélude)は文字通り「前に演奏されるもの」を意味し、ラテン語のprae-(前)と ludere(演奏する)に由来する。初期には即興的な導入音楽としての性格が強く、楽曲や演奏行為のための調整、音響確認、あるいは歌・合唱・儀式の前置きとして用いられた。やがて独立した短い作品としての体裁を整え、作曲家の創意に応じて多様な機能と形式を帯びるようになった。
歴史的展開:即興から計画作品へ
ルネサンスからバロック初期の鍵盤音楽では、プレリュードはしばしば即興的・即席的な導入曲であった。イタリアの鍵盤奏者・作曲家ジャン・フレスコバルディ(1583–1643)やドイツのフローベルガーらの作品には前奏的な性格を持つ小品が見られ、トッカータやカプリッチョと近い自由な様式を採ることがあった。
バロック中後期にはオルガンやチェンバロのレパートリーでプレリュードが整理され、宗教的場面では讃美歌の前奏(コラール前奏曲)が発達した。ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685–1750)は、前奏曲(praeambulum/praeludium)とフーガを対にした典型を確立した。特に《平均律クラヴィーア曲集》(WTC)第1巻(1722年頃)・第2巻(1740年代)は24の長短同主調を網羅したプレリュードとフーガの組で、プレリュードは短い自由曲から整った二部形式や対位法的な主題展開まで幅広い様式を含む。
プレリュードの多様な機能と形式
プレリュードは次のような機能・形式を持つことが多い。
- 導入的機能:大きな作品(オペラ、宗教儀式、合唱曲)の前奏。
- 独立小品:演奏会や録音で単独で演奏される短い作品(例:ショパンやドビュッシーのプレリュード)。
- 練習・教育的楽曲:技術・表現を磨く練習曲としての側面(多くの作曲家が練習用に短いプレリュードを残している)。
- 調性カタログとしての役割:全長短調を網羅するシリーズ作品(バッハ、ショパン、ラフマニノフなど)。
バロックから古典派への橋渡し
バッハ以降、古典派やロマン派の作曲家はプレリュードを自由な前奏曲として、あるいは独立した芸術作品として発展させた。前奏曲の自由さは、構造の明快さを重視する古典派の精神と対照的だが、短い表現で鮮烈な印象を残す形式として好まれた。
ロマン派のプレリュード — ショパン、リスト、シューマン
19世紀ロマン派では、プレリュードは短く濃密な感情表現の場となった。フレデリック・ショパン(1810–1849)の《前奏曲》Op.28(1839年)は、24の前奏曲で全調性を網羅し、バッハの企図を近代的に再解釈した名作である。短い一曲一曲が個性的で、Op.28-15「雨だれ」などはプログラム性と持続的伴奏による情緒表現で広く知られる。
リストやシューマンも短い前奏曲風の作品を作曲したが、ショパンの24曲セットは以後の作曲家たちに強い影響を与え、同様の“全調性を巡る前奏曲集”はスクロボフィン、スクリャービン、ラフマニノフなどで繰り返された。
20世紀の拡張 — ドビュッシー、ラフマニノフ、スクリャービン
20世紀に入ると、プレリュードは更に音色・和声・形式の実験の場となる。クロード・ドビュッシー(1862–1918)の《前奏曲》第1巻(1910年)・第2巻(1913年)は各12曲、計24曲で、印象主義的な和声法と色彩表現を駆使している。興味深い特徴は、多くの曲名を楽曲末尾に配置して暗示的な印象を残す点で、聴き手に自由な解釈を促す。
セルゲイ・ラフマニノフ(1873–1943)は孤高の前奏曲群を遺しており、ピアノ独奏の名作が多い。特に《前奏曲》Op.3-2(1892年の“悲愴的”B短調)は爆発的な主題と豊かな和声で知られる。ラフマニノフはOp.23(10曲、1903–1905年)とOp.32(13曲、1910年)を加え、合計24曲で全調性体系を成した。
アレクサンドル・スクリャービン(1872–1915)もショパンを踏襲して前奏曲を多く書き、後期には抽象的・神秘主義的な音楽語法へと向かった。
オルガンとコラール前奏曲の伝統
教会音楽の伝統ではオルガン・プレリュードが重要で、讃美歌(コラール)の前奏として編まれたコラール前奏曲は特にドイツ語圏で発展した。バッハのコラール前奏曲群は、宗教的意味とポリフォニー技術の両立を示す典型である。19世紀以降もブクステフーデやメンデルスゾーン、ヴァン・デル・ステュックらによって受け継がれた。
オーケストラ・プレリュードと交響詩的発展
オペラや劇音楽における前奏曲(序奏)は、オーケストラのための短い導入曲として古くから存在した。ワーグナーは序奏(Vorspiel)を通して主題を劇的に提示する手法を発展させ、ドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》のように、単独の管弦楽作品として大きな芸術作品に昇華した例もある。
音楽分析:プレリュードに見られる技法
プレリュードを分析する際に注目すべき点は次の通りである。
- モチーフとその展開:短い素材をどう発展させるか(繰り返し・増幅・対位法)。
- 和声進行と調性の扱い:短い中での大胆な転調や遠隔調への踏み込み。
- テクスチュア(伴奏形態):アルペッジョ、オスティナート、対旋律、和声のブロックなど。
- 形式:即興的自由形式、二部・三部形式、対位法的構成など。
- 音色とダイナミクス:ピアノの持つ色彩を活かした和声的・装飾的な工夫。
演奏と解釈のポイント
プレリュードは短さゆえに一瞬で楽曲世界を提示する必要がある。演奏者は次を意識するとよい。
- 冒頭の設定:テンポ、タッチ、ペダルの選択で曲の性格を明確にする。
- フレージングの凝縮:短い中でも句の中での起伏をつけ、方向性を語る。
- 音色の変化:同一和音進行でも音色やタッチを変えて物語性を持たせる。
- 比喩的な表現:プログラム性の強い曲は物語を、抽象的な曲は音響的印象を優先する。
教育的価値とレパートリー
プレリュードは教材としても優れ、技術習得と表現力の両方を養うのに適している。初級者には短いプレリュードが手軽なレパートリーとなり、中級〜上級者にはショパン、ドビュッシー、ラフマニノフなどの名曲が音楽理解を深める教材となる。また、コンサートの前半に短いプレリュードを置くことでプログラムに変化を与え、聴衆の集中を促す効果がある。
おすすめの聴きどころと名曲リスト
入門としては次の曲を推奨する。
- バッハ:平均律クラヴィーア曲集より複数のプレリュード(短くも豊かな対位法と和声)
- ショパン:前奏曲 Op.28 全曲(特に第4番、第15番「雨だれ」)
- ドビュッシー:前奏曲第1巻・第2巻(各12曲)
- ラフマニノフ:前奏曲 Op.3-2(B短調)、Op.23・Op.32 の代表作
- スクリャービン:前奏曲集(初期から後期まで様式の変化を堪能)
現代におけるプレリュードの位置づけ
現代音楽でもプレリュードは消えておらず、新たな音響や技法を取り入れて進化している。電気音響や拡張テクニックを用いた短い前奏曲は、コンサートの冒頭で場を整え、聴衆を音の世界に誘う機能を果たす。
まとめ — プレリュードの魅力
プレリュードはその短さと自由さにこそ魅力がある。即興的な始まりから高度に構成された独立作品まで、プレリュードは作曲家の個性と時代精神を凝縮して示す。聴く側は一瞬で作者の世界に没入でき、演奏する側は濃密な表現を短時間に凝縮して提示できる。歴史的には導入的機能を持っていたが、音楽史の中で独立したジャンルとしての地位を確立したと言える。
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参考文献
- Britannica: Prelude (music)
- Britannica: The Well-Tempered Clavier
- IMSLP: Well-Tempered Clavier (scores)
- IMSLP: Chopin, 24 Preludes, Op.28
- Britannica: Claude Debussy
- IMSLP: Debussy, Preludes
- Britannica: Sergei Rachmaninoff
- IMSLP: Rachmaninoff, Preludes
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