カンツォーネの全貌:起源・楽式・名曲・現代への影響
はじめに
「カンツォーネ(canzone / canzona / canzone napoletana)」という語は、イタリア語で単に「歌」を意味しますが、クラシック音楽史の文脈では複数の異なる伝統と様式を指します。本コラムでは、中世・ルネサンスの詩形としてのカンツォーネ、ルネサンス〜バロックにおける器楽カンツォーナ(canzona)、軽快な声楽様式のカンツォネッタ、そして19世紀以降に確立したナポリ民謡的なカンツォーネ(canzone napoletana)を中心に、その起源・構造・代表作・クラシック音楽との交差を詳述します。
\n語源と歴史的背景
語源はラテン語 canzone、さらに古いロマンス語の単語に遡り、「歌」を意味します。中世ヨーロッパのトルバドゥールやトルヴェールの歌唱伝統とイタリアの世俗詩が交差する中で、長めの詩形としてのカンツォーネ(canzone)が発達しました。ペトラルカ(Francesco Petrarca, 1304-1374)は、その長大で技巧的な抒情詩群においてカンツォーネ形式を採用し、以後イタリア詩の重要な定型の一つとなりました。
\nルネサンス/バロックの器楽カンツォーナ(canzona)
16世紀後半から17世紀にかけて、canzona(イタリア語ではしばしば canzona と表記)は器楽作品として独自の発展を遂げました。特にヴェネツィア学校(アンドレア・ガブリエーリ、ジョヴァンニ・ガブリエーリ)では、宗教曲や合奏曲の中で対位法的・模倣的手法を用いた短い楽章群を持つ器楽カンツォーナが作曲されました。これらは複数の対位的主題を持ち、フレーズごとにテンポや拍子感が切り替わることが多く、後のバロック期のソナタ形式への移行に影響を与えたとされています。
代表作の例としては、ジョヴァンニ・ガブリエーリの「Canzon septimi toni a 8」などがあり、コレッリやヴィヴァルディ以前の多声的器楽合奏の完成形を示します。鍵盤楽器でもフレスコバルディ(Girolamo Frescobaldi)らによる鍵盤カンツォーナが作曲され、リチェルカーレやトッカータと並ぶ重要なジャンルでした。
\n声楽のカンツォーネ/カンツォネッタ
16世紀にはカンツォネッタ(canzonetta)という小品的な声楽形式も流行しました。カンツォネッタは簡潔で軽快、しばしばダンス風のリズムを持ち、モテットやマドリガーレよりも親しみやすい性格を持ちます。ジョヴァンニ・フェデリコ・アリオストやルネサンス期の作曲家たちが手がけ、室内音楽や市民的な歌唱文化で好まれました。
\nナポリのカンツォーネ(Canzone Napoletana)──19世紀以降の大衆歌としての成立
「カンツォーネ」と日本で聞いてまず想起されやすいのは、19世紀後半〜20世紀初頭にかけて確立したナポリのカンツォーネ(イタリア語では canzone napoletana)です。これはナポリ方言で歌われる都市民謡的レパートリーで、感情表現が豊かでメロディック、しばしば劇的なクライマックスを持ちます。代表曲としては、エドゥアルド・ディ・カプア作曲、ジョヴァンニ・カプーロ(Capurro)作詞の『'O Sole Mio』(1898)、エルネスト・デ・クレシ作曲の『Torna a Surriento』(1902)などが挙げられます。
この種のカンツォーネは当初は地元のサロンや街頭、音楽出版社を通じて流布され、20世紀初頭にはエンリコ・カルーソ(Enrico Caruso)らのレコード録音により国際的に知られるようになりました。ナポリ出身の歌手たちやイタリア移民コミュニティを経由して、世界中の聴衆に受け入れられました。
\n音楽的特徴と形式
カンツォーネ(広義)に共通する音楽的特徴をいくつか挙げます。
- メロディの明瞭さと歌詞の表現重視:特にナポリのカンツォーネは声の表現力を主眼とする。
- 対位法的構成:ルネサンス/バロックの器楽カンツォーナは複数の模倣主題を持ち、断続的な楽節構造をとる。
- リズムと拍子の多様性:器楽カンツォーナは楽節ごとに拍子や性格が変化することが多い。
- 和声的手法:ナポリのカンツォーネは伝統的なイタリアの調性音楽に基づき、感情表現のための半音下降の装飾や増四度・ナポリの和音(Neapolitan chord = ♭II)などが使用されることがある。
クラシック音楽との接点・影響
カンツォーネはクラシックのレパートリーに直接取り込まれることも多く、オペラ歌手がカンツォーネをレパートリーとして歌うことや、カンツォーネの旋律が管弦楽編曲される例が多くあります。ナポリ民謡的なメロディはオペラのアリアやロマン派の歌曲にも影響を与え、19世紀のイタリア・オペラ(ドニゼッティやヴェルディ)の中にもナポリ風の感覚が現れます。
また、器楽カンツォーナが発展してソナタ形式へと移行した歴史的経緯は、バロック期の器楽発展史における重要な一章です。ガブリエーリの多声合奏からリチェルカーレ、ソナタ、そしてソナタ・ダ・チエーザ/ソナタ・ダ・カメラへと至る系譜の中で、カンツォーナは橋渡しの役割を果たしました。
\n演奏・解釈上のポイント
ナポリのカンツォーネをクラシック歌手が歌う際は、表情豊かなポルタメントや装飾(アジリタ)を用いても良いが、過度なロマンティックな処理は原曲の持つ民衆的直接性を損なうことがあります。器楽カンツォーナの演奏では、各楽節の対位的関係を明確にし、模倣の箇所を鋭く提示することが大切です。歴史的奏法(古楽器、ヴィブラートの節度、テンポの柔軟さ)を意識すると、より当時の響きに近づきます。
\nおすすめの作曲家・作品(聴きどころ)
- ジョヴァンニ・ガブリエーリ:Canzon septimi toni a 8(合奏カンツォーナの代表)
- アンドレア・ガブリエーリ:複数の合奏カンツォーナ
- ジローラモ・フレスコバルディ:鍵盤用カンツォーナ(クラヴィコードやチェンバロのレパートリー)
- エドゥアルド・ディ・カプア:『'O Sole Mio』 ― ナポリ・カンツォーネを代表する名旋律
- エルネスト・デ・カプレス(De Curtis):『Torna a Surriento』 ― ナポリ歌曲の定番
現代における受容と応用
20世紀以降、ナポリのカンツォーネは映画音楽やポピュラー音楽、ジャズ編曲の題材となり続けています。クラシック歌手によるリサイタルでも定番扱いされ、テノール歌手のアンコール・レパートリーとして世界中で歌われています。また、歴史的演奏運動の中で器楽カンツォーナは再評価され、古楽アンサンブルによる演奏・録音も充実しています。
\nまとめ:多義性としてのカンツォーネ
「カンツォーネ」は単なる一語ながら、中世詩形、ルネサンス/バロックの器楽様式、軽やかなカンツォネッタ、そして国民的・都市的なナポリのカンツォーネという複数の層を持ちます。クラシック音楽の歴史のなかで、カンツォーネは詩と音楽、民衆性と芸術性、対位法と即興性をつなぐ接点となってきました。演奏者・聴衆ともに、その多様な顔を理解することで、より豊かな鑑賞が可能になります。
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参考文献
- Britannica, canzone
- Britannica, canzona
- Wikipedia, Canzone Napoletana
- IMSLP, Canzonas (scores)
- Oxford Music Online / Grove Music (参照記事: canzona, canzone)


