はじめに — K.76とは何か
モーツァルト:交響曲 ヘ長調 K.76(カッヘル番号 K.76、旧番号 K.42a として記載されることもあります)は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの初期交響曲群に属する作品の一つです。生涯の初期、十代前半から中盤にかけて作曲されたこれらの交響曲は、作曲家のスタイル形成の過程を知るうえで重要な位置を占めます。本コラムでは、成立事情、楽曲構成と形式、編成・演奏上の特徴、現代の版や録音事情、そして鑑賞のポイントまでをできる限り詳しく掘り下げます。
成立年代と来歴(成立事情と真偽の問題)
K.76 の成立年は確定していませんが、研究者の多くは1770年前後、すなわちモーツァルトが十代前半から中盤にかけて作曲した時期の作品と位置づけています。作品番号の変遷(K.76 と K.42a の混在)は、コッヘル目録の改訂や発見史に由来するもので、同作品の筆写譜や写譜の散逸、複数の写本の存在が混乱を招きました。 また、初期交響曲には時に作曲者不詳や偽作の疑いがつくものがあり、K.76もどの程度までヴォルフガング自身の筆致であるか、あるいは家族や門下の筆写・改訂がどの程度であるかについては議論があります。今日では、様式的特徴と現存資料を照合した結果、モーツァルトの主要作品として扱うのが妥当だとする見解が一般的ですが、一部の部分的改変や写譜者による補作の可能性は排除されていません。
編成(楽器編成)
当時の標準的な宮廷・地方楽団向けの編成を踏まえると、K.76 は弦楽器(第1ヴァイオリン・第2ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ/コントラバス)に加え、オーボエ2本とホルン2本を含む編成が想定されます。バスーンは目录で必ずしも独立して記載されない場合があり、実演では通奏低音的に兼任されることが多いです。大規模な管楽器群やピアノ・フォルテは用いられず、小編成オーケストラを前提にした音響設計です。
楽曲構成(楽章構成と形式)
K.76 の典型的な構成は三楽章形式(速・遅・速)で、これは同時期の多くの交響曲に共通する構成です。各楽章の一般的な特徴は以下の通りです。
- 第1楽章:序奏を持たない場合が多く、ソナタ形式的な展開を持つ軽快なアレグロ系の楽章。主題は歌謡的で短いフレーズが連なり、調性はヘ長調(トニック)を中心に展開します。展開部では序破の素材をモチーフ的に扱いながら、和声的な遠隔転調は控えめで古典初期の均衡が保たれます。
- 第2楽章:遅いテンポの緩徐楽章。歌謡的なアリア風の主題と簡潔な伴奏形を特徴とし、対位法的要素は控えめで、色彩的にはホルンやオーボエの暖かな音色が効果的に用いられます。
- 第3楽章:迅速な終楽章で、ソナタ形式またはロンド形式のいずれかが採られます。活発なリズムと軽快な動機の反復が聴衆の関心を引きつけ、短いコーダで終結するのが通例です。
形式・和声・対位の分析(聴きどころ)
第一楽章のソナタ形式はモーツァルトの後年の見事な完成形と比べると簡素ですが、既に主題展開や対位的処理の萌芽が見られます。主題は均整の取れた4小節や8小節フレーズで構成され、短い動機を素材にして展開部で連鎖的に変形されます。転調は主に属調(C調)や下属調へと穏やかに進行し、過度な劇的逸脱は少ないため、古典初期の明晰さが保たれます。 和声進行は機能和声が明快で、属和音によるテンションと解決感を重視します。第2楽章では場合によって短調への移行や副属調の色合いを帯び、情緒的な広がりを見せます。終楽章ではリズム主導の動機が楽曲全体を引き締め、シンプルながら効果的なフレーズ運用が見られます。
オーケストレーションとテクスチャー
この時期の交響曲に共通するのは、管楽器が主に和声的・色彩的役割を果たす点です。ホルンはトニックとドミナントを補強するために用いられ、オーボエは旋律の装飾や対旋律を担当することが多いです。弦は主導的役割を果たし、第一ヴァイオリンが主題を屈指して提示します。モーツァルトの筆致は既に透明感あるテクスチャーを志向しており、各声部は明確に機能分化されています。
様式的背景と影響(イタリア楽派・マンハイム)
K.76 に見られるスタイルは、イタリア楽派の歌謡性とマンハイム学派のオーケストレーション技法が混交したものと解釈できます。モーツァルト自身が幼少期からイタリアでの作曲・上演経験を持ち、またザルツブルクやミュンヘンの楽団文化を通じてマンハイムの影響に触れていたことが、初期交響曲の多様な語法に反映されています。特に動機の取り扱いやダイナミクスの処理にはマンハイム的な効果がみられる場合があります。
版と校訂(スコアの扱い)
K.76 を含む初期交響曲群は、現存写本の差異や欠落部分を補う校訂作業が必要となることが多いです。現代の演奏では、信頼できる校訂版(デジタル・モーツァルト版や主要出版社の校訂)を参照することが推奨されます。新版では写譜の誤記や記譜法の差異が解説され、演奏上の選択肢(装飾、繰り返しの取り扱い、調性の解釈など)に対する注釈が付されます。
演奏実践上の注意点(歴史的演奏慣行と現代楽団)
歴史的奏法(古楽器・古典派奏法)で演奏する場合、軽やかな弓遣い、ダイナミクスの自然な起伏、ホルン・オーボエの音色を活かした対話的なバランスが重要です。モダン楽器で演奏する場合でも、テンポの弾力性や音量バランスを古典様式に寄せることで作品の透明感と構成美を引き出せます。特に小編成で演奏すると、各声部の線が明確になり、モーツァルトの初期語法が際立ちます。
録音・演奏史の概観
K.76 はモーツァルトの後期傑作ほど頻繁に単独で録音されるわけではありませんが、初期交響曲全集や若き日の作品集に収録されていることが多く、古楽系団体から現代オーケストラまで幅広く演奏されています。録音を選ぶ際は、校訂版の明記、演奏尺度(古楽器かモダン楽器か)、録音の音響(楽器のディテールが聞き取れるか)を参考にすると良いでしょう。
鑑賞のポイント(具体的な聴取ガイド)
聴く際のポイントをまとめます。
- 第1楽章:主題の提示に注目し、動機がどのように短小フレーズから展開されるかを追ってください。展開部での転調やモチーフ変形が初期の成長の跡を示します。
- 第2楽章:メロディーの歌わせ方と伴奏の質感、管楽器の色彩的役割に耳を澄ませると深みが増します。
- 第3楽章:リズム的な推進力と動機の反復による締めくくりを楽しんでください。終結部のコーダ処理は作曲家の成熟の前兆を感じさせるでしょう。
学術的意義と現代への位置づけ
K.76 はモーツァルトの初期交響曲群の一端を示す作品であり、後の成熟した古典派スタイルへ至る過程を追跡するための貴重な資料です。作曲技法、オーケストレーション、形式感覚といった要素が既に芽生えている点で研究対象としての価値が高く、演奏家にとっても解釈の試金石になります。
まとめ
交響曲 ヘ長調 K.76(K.42a)は、モーツァルトの若き創造力を伝える作品です。省略されがちな初期作品ですが、様式的な純度と均整の取れた構成、美しい主題の提示は聴く者に多くの示唆を与えます。演奏史や校訂の問題を踏まえつつ、古楽的アプローチと現代的解釈の双方で味わうことで、この小品の奥深さを再発見できるでしょう。
エバープレイの中古レコード通販ショップ
エバープレイでは中古レコードのオンライン販売を行っております。
是非一度ご覧ください。

また、レコードの宅配買取も行っております。
ダンボールにレコードを詰めて宅配業者を待つだけで簡単にレコードが売れちゃいます。
是非ご利用ください。
https://everplay.jp/delivery参考文献