序章:K.129の位置づけと作曲年
交響曲第17番 ト長調 K.129(以下 K.129)は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが十代半ば、1772年頃に作曲した作品とされる管弦楽作品です。モーツァルトは1756年生まれですから、この作品の成立時には16歳前後であり、すでに多くの交響曲や室内楽、宗教曲、オペラ(未完も含む)に取り組んでいた成熟期の直前に位置します。 K.129は、同時期に書かれた他の交響曲群(例えばK.125〜K.138あたりの一連)と同様に、古典様式の形式感と若々しい旋律性が同居する作品です。楽器編成は当時の宮廷オーケストラ構成に即しており、典型的には弦楽器にオーボエ2本とホルン2本を加えた編成で演奏されます(クラリネットはこの時期のこの種の交響曲では一般的ではありません)。演奏時間は録音や解釈に依存しますが、おおむね12〜15分程度の短めの作品です。
楽章構成と全体の骨格
K.129は伝統的な三楽章形式を採り、一般的には以下のような構成になっています。
- 第1楽章:Allegro — 典型的なソナタ形式。明快な主題提示と均整の取れた展開が特徴。
- 第2楽章:Andante — 歌謡性の高い緩抒楽章で、弦楽ソロ的な旋律と柔らかな伴奏の対比が目立つ。
- 第3楽章:Allegro(あるいはPresto系の快速楽章)— リズミカルで活発な終楽章。ソナタ=ロンド的要素を含む場合が多い。
第1楽章は提示部、展開部、再現部という古典的ソナタ構造に則りますが、モーツァルトならではの簡潔さと洗練された動機処理が随所に見られます。第2楽章は感情表現に重心を置いた歌唱的な楽想が中心で、楽章全体の中で特にメロディの魅力が際立ちます。終楽章は爽快なエネルギーで締めくくられ、小規模な交響曲ながらも全体の起伏が巧みに設計されています。
第1楽章の分析:主題と発展の技巧
第1楽章はト長調の明るさを前面に押し出した楽章です。主題は短い動機に基づく整ったフレーズ構成で、対位的発展よりも均衡のとれた和声進行とリズムの変化によって聴き手を惹きつけます。この時期のモーツァルトはハイドンやJ.C.バッハなどの先達から学んだソナタ主題の扱いを自らの語法として取り入れ、提示部の主題対比(第1主題の活発さと第2主題の歌謡性)を明瞭に示します。 展開部では主題動機の分割・転調を用い、短いフレーズの連鎖で緊張を高めます。目立つのは大胆な遠隔調への言及というよりは、近親調を用いて均整を保ちながら変化をつける技巧で、古典派の「均衡性」を重視する姿勢が顕著です。再現部では主題がト長調へ戻され、ホルンやオーボエが和声的な輪郭を補強することで、編成の限られた中でも色彩感を生み出しています。
第2楽章の聴きどころ:内面的な歌と伴奏の工夫
アンダンテ楽章は、短い交響曲の中で最も内省的な瞬間を与える部分です。主旋律はしばしば第一ヴァイオリンや内声部に委ねられ、木管が柔らかな色合いを加えます。モーツァルトは短い曲想の中で声部間の呼応を巧みに織り込み、単旋律を超えて合奏全体で歌う感覚を生み出します。 和声面では平行調やその他の近い調へ穏やかに移行しつつ、戻る際の解決感を丁寧に構築します。弦のピチカートや内声の対旋律など、伴奏側の細かい仕掛けが聞き手の耳を楽しませる点も重要です。演奏においては歌わせる弓使い、フレージングの自然さ、呼吸の感覚をいかに与えるかが演奏解釈の鍵となります。
第3楽章の性格:終結への推進力と簡潔な構成
終楽章は活発で快活な性格を示すことが多く、モーツァルトの交響曲に見られる「明るい終止感」を提供します。ここではリズムの明瞭さと主題動機の反復、短い対比部の挿入が効果的に用いられ、作品全体を締めくくる役割を果たします。 構成面ではロンド形式(A–B–A–C–Aなど)やソナタ=ロンドの要素が見られ、主題の回帰が聴衆に達成感を与えます。モーツァルト特有の即興風の装飾や短いトリル、軽妙な切れ味が終始にわたり散りばめられ、演奏者の機敏さが求められます。
楽器編成と音色:当時の慣習と演奏上の注意点
K.129の標準的な編成は弦5部(第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)にオーボエ2、ホルン2という構成です。古典派初期の交響曲では通奏低音(チェンバロやフォルテピアノ)を加える場合もありますが、18世紀後半のウィーン・ザルツブルク地区の慣行では必須ではありません。 演奏に際しては以下の点が議論になります:
- テンポ感:快速楽章は過度に速くしないこと。古典様式の明快さとバランスを保つ。
- アーティキュレーション:弓の重心を明確にし、モーツァルト的な軽やかさと透明感を重視する。
- ヴィヴィッドなダイナミクス:当時のスコアは細かいクレッシェンド指示が少ない場合が多いので、演奏者の解釈で抑揚を付ける。
- ピッチと楽器:史的演奏(古楽器)かモダン楽器かで色合いが変わる。古楽器ではホルンやオーボエの自然な音色が際立つ。
作曲背景と様式的影響
1770年代初頭のモーツァルトはイタリア旅行や各地での演奏経験を経て、イタリア・オペラやロンドンで聴いた交響曲様式の影響を受けていました。K.129にはイタリア・ガラント様式の明朗さと、ハイドン流の構築感が混在しており、古典派交響曲の典型的な特徴を学び取りつつ、自らの旋律的才能で昇華させた痕跡が見られます。 特にハイドンの交響曲で培われた主題動機の展開や楽章間のバランス感覚は、若いモーツァルトにも大きな示唆を与えたと考えられます。一方でモーツァルト特有の歌謡的なアリア風旋律や小品的な即興風味は、この時期から既に明確に表れており、後期の成熟した交響曲へ続く重要な萌芽を示しています。
聴きどころと鑑賞のヒント
K.129を聞く際のポイントをいくつか挙げます。
- 第1楽章:主題の対照とその再現での変化を追い、木管が何処で色を添えているかに注意する。
- 第2楽章:旋律の歌わせ方、弓遣いや呼吸感、内声部の働きに耳を澄ますと新たな発見がある。
- 終楽章:主題の回帰とリズムの推進力が全体をどうまとめるかを聴く。短い楽章でも構成の巧みさが光る。
- 演奏解釈:古楽器による録音とモダン楽器による録音を聴き比べると、音色やアーティキュレーションの違いによる表現の幅が理解できる。
代表的な録音と演奏解釈の比較(例示)
この交響曲は単独録音もありますが、通常は全集盤の一部として聴く機会が多い作品です。おすすめの演奏傾向としては、以下のような違いが楽しめます。
- 古楽器/古楽指向の指揮者(例:トレヴァー・ピノック、ニコラウス・アーノンクールなど) — 速めのテンポ、明瞭なリズム、古典期の色彩感を強調。
- モダン楽器のオーケストラ(例:ネヴィル・マリナー/Academy of St Martin in the Fields など) — 柔らかい弦の響き、温かみのある管楽器音、バランスの良いアンサンブル。
実演や録音を選ぶ際は、演奏解釈(テンポ感、装飾の有無、ダイナミクスの幅)を基準にすると、自分好みの演奏に出会いやすいでしょう。
まとめ:短さの中に凝縮されたクラシックの美
交響曲第17番 K.129は、長大な交響曲群と比べると短く簡潔ですが、その分、モーツァルトが当時身につけていた技法と個性的な旋律感覚が凝縮されています。若き作曲家が古典派の規範を学びつつ、自らの音楽的語法を磨いていく過程をうかがい知れる作品であり、聴き手にとってはモーツァルトの早期成熟を実感する絶好の入口になります。
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