はじめに
モーツァルトの交響曲第21番イ長調 K.134（以下 K.134）は、若きウルフガング・アマデウス・モーツァルトが手掛けた軽やかで緻密な交響曲群の一つです。本稿では、この作品の成立背景、楽章ごとの構成と主題の扱い、楽器編成と当時の演奏習慣、さらに現代の聴きどころや代表的な録音・版について、できる限り詳細に解説します。初心者にも分かりやすく、同時に音楽愛好家や演奏家にも実用的な情報を盛り込みました。
歴史的背景：作曲年代とモーツァルトの置かれた状況
K.134 は、モーツァルトが十代半ば（1772年頃）に作曲した一連の交響曲のうちの一曲に位置づけられます。モーツァルトはこの時期、ザルツブルクに在住し、父レオポルトや地元の宮廷・市民音楽界のために多彩な器楽作品を手がけていました。交響曲は当時、室内楽や歌劇と並んで重要な公共の音楽形態であり、祝祭や宮廷の催し、あるいは公開演奏会で演奏されることを念頭に置いて書かれていました。 K.134 を含む1770年代初期の交響曲群は、イタリア古典派の簡潔さとザルツブルクの実用性を反映しており、後年の成熟したモーツァルト像とはまた異なる、明快で歌謡性豊かな魅力を持ちます。
楽曲概観と楽章構成
K.134 は典型的な三楽章構成をとる作品です（第1楽章：速いテンポのソナタ形式風、 第2楽章：穏やかな中庸のテンポ、 第3楽章：軽快な終楽章）。全体として約10分前後の演奏時間となることが多く、当時の交響曲としては標準的な長さです。
- 第1楽章（Allegro）：明るいイ長調で始まり、弦楽器による流麗な主題が提示されます。序奏を伴わない簡潔なソナタ組立で、主題の対比と短い展開を通じて均衡の取れた構造を示します。モーツァルトらしい歌謡的な旋律語法と、短い動機の発展が特徴です。
- 第2楽章（Andante / 中庸のテンポ）：柔らかなホルンの色彩やオーボエの歌を生かした歌心ある中間楽章。和声の動きは穏やかで、簡潔なコントラストと小規模な変奏的処理が見られます。
- 第3楽章（Allegro / Presto に近い終楽章）：リズミカルで活発な終楽章。ダイナミクスの対比や短い主題の反復を利用し、聴衆を軽やかに締めくくります。当時の交響曲終楽章に典型的な開放感が支配的です。
編成と管弦楽法
この交響曲は、当時の宮廷楽団が通例として用いていた小編成を前提に書かれています。標準的には弦楽合奏を基盤に、オーボエ2本とホルン2本を加えた編成が想定されます。トランペットやティンパニは一般に用いられず、木管は主にオーボエで色彩を補う役割を果たします。 弦楽器のパート分担は内声（ヴィオラ）と外声（ヴァイオリン）を明確にし、主題の歌わせ方や伴奏のアルコ分散和音など、当時の室内的な均衡感が保たれています。ホルンは調的な根幹を支えつつ、主題の成立や効果的な呼応に用いられ、オーボエは旋律線の強調や対旋律で彩りを添えます。
形式的特徴と作曲技法の観察点
K.134 では、モーツァルトの若年期に見られる「簡潔性」と「歌謡性」が顕著です。以下は楽曲分析を行う際の主なチェックポイントです。
- 動機処理：短いリズミックな動機を繰り返し転用し、楽曲全体の統一感を生み出す手法が多用されています。
- 調性の扱い：主調での明確な中心化を保ちながら、副次的な調へは短い範囲で移動し、急激な遠隔調の使用は最小限に留められています。
- 対位法的要素：簡潔な模倣や対旋律が頻出し、和聲的処理の中に適度な独立線を挿入することで音の層が豊かになります。
- 経済的な発展：長大な展開を行うのではなく、短い素材を巧みに組み替えて進行させる点が、当時の交響曲スタイルを象徴しています。
演奏・解釈上のポイント
演奏する際は、以下の点を意識すると作品の魅力を引き出せます。
- 軽快さと明瞭さ：若いモーツァルトの明るさを重視し、テンポは過度に遅くせず、リズムの輪郭を明確に保つ。
- 弦のバランス：室内的な響きを大切にし、内声と外声のバランスを調整することで主題の歌わせ方が生きる。
- 装飾と実行可能性：当時の礼儀的装飾（歌唱的なトリルや小さな装飾）は過度に施さず、作曲家的意図を尊重する。
- ホルンとオーボエの扱い：ホルンは和声的根拠として安定を保ちつつ、オーボエは旋律の色彩を補助する役目に徹する。
版と校訂について
モーツァルトの初期交響曲は原典写本が複数の伝承経路を通ることが多いため、版によって細かな音符の違いが見られます。演奏・研究目的であれば、Neue Mozart-Ausgabe（新モーツァルト全集）などの学術版を参照するのが望ましく、楽譜上の表記や補筆の有無を確認して演奏解釈に反映させてください。商業譜（Bärenreiter、Henle 等）も実用的で信頼できますが、校訂注記は必ず確認しましょう。
代表的な録音とおすすめリスニング・ガイド
K.134 は演奏時間が短く、単独でのレコードは少ないものの、初期交響曲集や全集録音に含まれることが多い曲です。歴史的奏法に基づく演奏と、モダン楽器による古典的解釈の両方でそれぞれの魅力が楽しめます。以下は聴取時の指標です。
- 歴史的演奏（古楽器／HIP）では、テンポはやや軽く、フレージングに透明性がある演奏が多く、楽器のアーティキュレーションや音色の違いから新たな発見があるでしょう。
- モダン楽器の演奏は豊かな弦の厚みとダイナミックな広がりで、交響曲としてのスケール感を味わえます。ただし、細部の機微は控えめになりがちなので、録音のバランスに注意して選ぶと良いです。
具体的な指名録音としては、以下のようなアーティストや全集が参考になります（注：録音の可用性は時期や地域により異なります）。
- クリストファー・ホグウッド（Academy of Ancient Music）などによる古楽器解釈
- シギスヴァルト・クイケン指揮 La Petite Bande などのHIP演奏
- モダン楽器ではモーツァルテウム管弦楽団（Mozarteumorchester）や、伝統的な全集を手掛けた指揮者による録音
聴きどころのポイント（章ごとに）
第1楽章：主題の提示部でのフレージングと短い動機の連結に注目してください。第二主題の歌わせ方やつなぎの部分での和声の動きが、曲全体の構造を明らかにします。 第2楽章：イ長調の明るさを保ちながら内面的な歌が広がる場面です。管楽器（特にオーボエ）が入る箇所の色彩変化を堪能してください。 第3楽章：リズム感とアクセントの処理が勝負どころ。短いフレーズの反復と変化に耳を傾けると、モーツァルトの巧みな語り口が際立ちます。
学術的・教育的意義
K.134 は教育的にも魅力ある教材です。形式感（ソナタ形式の萌芽）、主題動機の発展、古典派の編曲技法などを学ぶ上で有用であり、室内楽的な対話を重視した演奏法を身につけるのにも適しています。若き日のモーツァルトが如何にして簡潔な素材から豊かな音楽を紡いだかを実感できる作品です。
まとめ：K.134 の魅力とは
交響曲第21番 K.134 は、長大さや劇的対立を目指すのではなく、短い素材を磨き上げることで高い完成度を実現した作品です。歌謡的な旋律、明瞭なリズム、精緻な編曲感覚が調和し、若い作曲家モーツァルトの機知が発揮されています。軽やかな演奏で聴くのも良し、学術版に基づいて細部を精査するのも良し——いずれの場合も、短い時間の中に凝縮された古典派の美を味わえるはずです。
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エバープレイ編集部
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