バッハ「BWV124 わがイエスをわれ捨てず」徹底解説 ― テクスト、音楽、演奏史を深掘りする

概要

ヨハン・ゼバスティアン・バッハのカンタータBWV124「Meinen Jesum laß ich nicht(わがイエスをわれ捨てず)」は、いわゆるコラール・カンタータの系譜に位置づけられる作品です。原詩は17世紀の作詞家クリスティアン・ケイマン(Christian Keymann)による讃美歌で、バッハはこの信仰告白的なテキストを素材にして、教会暦の礼拝で歌われるカンタータとして仕立てています。本文では、テクストと神学的背景、楽曲構成と作曲技法、演奏上の留意点や代表的録音などを詳細に掘り下げます。

テクストと神学的背景

「Meinen Jesum laß ich nicht」は「我、我がイエスを離さず」といった決意を歌うコラールで、信仰の堅持、キリストへの執着(clair cling)と慰めが中心主題です。原詩はクリスティアン・ケイマン(1607–1662)が記しており、当時の敬虔主義的な文脈や個人的信仰告白の伝統を反映しています。バッハはこのコラール詩をそのまま用いる場合と、各節を自由詩に書き換えてアリアやレチタティーヴォに変換する場合を使い分け、礼拝の聖書朗読と対話させる形で音楽に仕立てます。

信仰の主題は、福音書におけるイエスとの結びつきや信頼のモチーフと結びつきやすく、礼拝の該当する主日(たとえば顕現節後の主日など)の聖句と照合することで、バッハは信徒に直接的な説教音楽を提供します。テクストの言葉遣いは個人的で直接的なため、バッハの音楽も感情表現と対位法的技巧の両面で「個」の信仰を描き出すことになりました。

楽曲構成と主要な音楽的特徴

BWV124は典型的なコラール・カンタータの枠組みを踏襲しており、合唱によるコラール・フンタジア(コラール幻想)で開幕し、中間にアリアやレチタティーヴォを挟み、最後は4声のコラールで閉じる、といった構成要素が見られます。合唱の冒頭でコラールの旋律が明確に示され、それが器楽モチーフや対位線と結びつきながら発展していく点が聴きどころです。

音楽的には以下の点が注目に値します。

  • コラール旋律の扱い:原詩のメロディがソプラノに托されるか、合唱全体で歌われる形で提示され、器楽がその周りで装飾・発展させる。旋律の長短を生かしたアーティキュレーションや、フレーズの終わりにおける休止と復帰の扱いが巧みです。
  • モチーフによる意味づけ:"離さない"、"しがみつく"といった語句は、反復音型や執拗な短いモチーフで表現されることが多く、音形がテクストの意味を強調します。
  • 対位法と和声進行:バッハは単なる伴奏にとどまらず、独立した対位線を用いてテクストの複層的意味を音楽的に反映させます。これにより、個人的信仰の確信と共同体的な賛美が同時に聞こえてくる構造が形成されます。
  • 通奏低音と器楽色彩:弦楽器群と通奏低音が基礎的なテクスチャを作る一方、オーボエなどの木管が歌唱線を補強したり、独自の対話を行ったりして、色彩の層を増します。

各楽章の聴きどころ(概要)

典型的には開幕のコラール幻想が設計の中心であり、ここで主題が既に提示されます。その後のアリアやレチタティーヴォでは個人的な告白や神への信頼が語られ、器楽の独立した技法がより顕在化します。最終コラールは共同体の応答として機能し、和声の安定と共に礼拝的結論を与えます。

具体的な旋律処理や和声の転回、テクストと音楽の照合(例えば"nicht"や"lass"といった否定や命令を和声の張りやリズムで強調する手法)に注目すると、バッハの作曲上の意図がよりクリアに聞こえてきます。

演奏史と演奏上の注意点

BWV124は20世紀以降の歴史的演奏復興運動においても比較的よく取り上げられる作品です。バッハ作品全体を対象としたカンタータ全集プロジェクト(たとえばジョン・エリオット・ガーディナー、マサアキ・スズキ、ノイコラウス・ハルノンクールらによる録音)は、BWV124の多様な解釈を聴き比べる良い機会を提供します。

演奏にあたってのポイントは次の通りです。

  • テンポ設定:テクストの語尾や句読点に敏感に反応すること。"しがみつく"という主題は、テンポが遅すぎると重荷になり、速すぎると意味が薄れるため、バランスが重要です。
  • フレージングと発語:コラール旋律は歌詞の語感に沿って自然に発語されるべきで、装飾やアゴーギクはテクストの強調に従って付与します。
  • 楽器編成の選択:ピリオド・アンサンブル(古楽器)とモダン・オーケストラで音色やバランスが大きく変わります。古楽器では通奏低音と木管の透明感が高まり、より室内的な親密感が出ます。モダン編成ではより雄壮な響きが得られますが、バランス調整が必要です。
  • 合唱の扱い:冒頭コラール幻想における合唱はいわゆる"コラール・ファンタジア"においてソロ的要素と合唱的要素を行き来するため、アンサンブルの柔軟性が求められます。

代表的な録音と比較の視点

録音を聴き比べる際には、以下の点に注目すると理解が深まります。

  • アーティキュレーションとアクセントの配分(語句の重心をどう取るか)
  • テンポと反復モチーフの扱い("しがみつき"モチーフの切り出し方)
  • 楽器の音色と合唱の規模(室内的か大編成か)

おすすめの演奏例として、ジョン・エリオット・ガーディナー(Bach Cantata Pilgrimage)、マサアキ・スズキ(Bach Collegium Japan)、ノイコラウス・ハルノンクール(Concentus Musicus Wien)らの録音は、それぞれ歴史的演奏法と現代解釈の違いを鮮明に示してくれます。これらはいずれもBWV124を含むカンタータ全集プロジェクトの一環として録音されており、解釈の幅を知るには最適です。

テクストと音楽の結びつきの例(分析的指摘)

バッハは語句に対して音形で直接応答することを好みます。たとえば"nicht(~しない)"という否定が登場する箇所で和声の急変や転位を用いて不安感を醸成し、その直後に確信的な音形で肯定的な表現を回復する、といった手法が用いられます。また"ich lass ihn nicht(私は彼を離さない)"のような決然の言葉には、反復音型や装飾の凝縮により"しがみつく"感覚を音楽的に表現することがしばしば見られます。こうした具象化は、バッハの宗教音楽における特徴の一つであり、BWV124でも顕著です。

今日の演奏における意義

BWV124は個人的信仰と共同体の礼拝をつなぐ音楽として、現代の聴き手にも直接響きます。宗教的背景を持たないリスナーであっても、言葉と音が結びつく点、情緒と論理が同時に提示される点に魅力を感じるでしょう。音楽学的には、バッハのコラール利用法やテクスト音楽化の具体例として研究価値が高く、演奏面では解釈の余地が多いことから演奏者にとっても挑戦しがいのあるレパートリーです。

まとめ

BWV124「わがイエスをわれ捨てず」は、テクストの強い個人的主張を出発点に、合唱と器楽の対話を通して礼拝的意味を音楽化した作品です。コラール旋律の扱い、モチーフによる意味付け、対位法的発展など、バッハの技術と信仰が高密度で結実しており、聴くたびに新たな発見がある作品と言えます。演奏史的な多様な録音を聴き比べることで、解釈の幅と時代による音楽理解の変化も味わってください。

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参考文献