バッハ BWV 157『われを祝福し給わずば、われ汝を離さじ』徹底解説:背景・構成・演奏の見どころ
導入 — BWV 157 の魅力
ヨハン・セバスティアン・バッハのカンタータ〈われを祝福し給わずば、われ汝を離さじ〉(独題:Ich lasse dich nicht, du segnest mich denn、BWV 157)は、聖書の物語と個人的信仰表現が凝縮された作品です。小編成かつ声楽と独奏ヴァイオリンの親密な掛け合いにより、静謐かつ劇的な感情の動きを聴き手に直接訴えかけます。本稿では、作曲背景、典礼的・聖書的文脈、楽曲構成と音楽的特徴、演奏上のポイントや代表的録音までを詳しく掘り下げます。
作曲の背景と成立
BWV 157 はバッハの教会カンタータの一つで、一般にライプツィヒ時代(1720年代)に成立したとされます。祝祭日の典礼に即した宗教的内容を持ち、比較的小規模な編成(独唱者と独奏ヴァイオリン、通奏低音)で演奏されるため、教会内部の親密な礼拝空間に適した作品です。成立年については諸説ありますが、1720年代中頃から後半にかけての制作と推定されることが多く、初演もライプツィヒで行われた可能性が高いとされています。
テキストと典礼・聖書的文脈
タイトルは旧約聖書のヤコブ(ヤコブスの格闘、創世記32章)の言葉に由来し、「あなたが私を祝福してくださるまで、私はあなたを手放しません」という決意の表明を示します。一方で、このカンタータが本来意図した典礼的場面は、教会暦の祝日における清めや奉献の主題と結びつきます。つまり、個人の信仰の確信(ヤコブの執念)と、神への信頼や祝福の応答という二重の意味合いが、テキストの中心に据えられています。
テキストの作者と詩の構造
本文の詩人(テキスト作者)は必ずしも確定していません。バッハの多くのカンタータと同様に、聖書からの引用(ヤコブの言葉)と当時流通していた宗教詩やコラールの要素が組み合わされ、連続したテキストとして仕立てられています。詩の構成は、個人的な宣言(アリア)と解釈的なレチタティーヴォ、そして教会歌(コラール)への回帰という伝統的カンタータの枠組みを踏襲しています。
編成と楽曲の構造
この作品は比較的小編成で書かれている点が特徴的です。多くの演奏では以下のような編成が想定されます:
- 声楽:ソプラノまたはアルト独唱(解釈により異なる)
- 独奏:ヴァイオリン(オブリガート)
- 通奏低音(チェンバロ、オルガン、チェロ/コントラバス等)
楽曲構成は通例、アリアとレチタティーヴォが交互に現れ、最後にコラールや短い結語が来る形式を取ります。全体の運びは礼拝の祈りの流れに沿い、個人的祈願→内省→神の応答というドラマティックな線が描かれます。
音楽的特徴と解釈のポイント
BWV 157 の音楽にはいくつか際立った特徴があります。
- 呼吸感と親密性:小編成であるため、声とヴァイオリンの対話が極めて明瞭です。アリアではヴァイオリンの物語的な装飾句が歌唱線を支え、祈りのトーンを生み出します。
- テキストの音楽化(ワード・ペイント):ヤコブの「離さない」という固執の表現は、反復や付点的リズム、低音域への強い根付きで表現され、祝福の到来や和解は明るい調性や上昇進行で示されることが多いです。
- 調性と色彩:バッハは短い曲でも巧みに調性を配し、憂いと救済、執着と解放を対比させます。独奏ヴァイオリンはたびたび装飾的・象徴的モティーフを担い、祝福や光の表象を担うことがあります。
- レチタティーヴォの機能:語り部的役割を持つレチタティーヴォは、聴衆の理解を導き、アリアの感情を次の段へつなげます。伴奏が簡素であるぶん、テキストの明瞭性が重要です。
演奏上の注意点
演奏にあたっては次の点が重要です:
- 独唱者とヴァイオリンの呼吸を合わせること:歌曲的なフレージングと弓遣いの一致が、テキスト表現の核心になります。
- 通奏低音の選択:オルガン主体かチェンバロ主体かで音色の印象が変わります。礼拝空間の残響を考慮したバランス取りが必要です。
- テンポ設定:祈りの静謐さを損なわない速度が求められます。過度に速めると詩の意味が削がれる恐れがあります。
- 語尾とアクセントの明確化:ドイツ語の発語(あるいは訳詞の日本語表現)を通じて、詩の焦点を明確に伝えることが大切です。
代表的な録音と演奏解釈の違い
このカンタータは小編成ゆえに、演奏者の解釈が色濃く表れます。代表的な演奏としては、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮の『Bach Cantata Pilgrimage』シリーズ、マサァキ・スズキ(鈴木雅明)率いるBach Collegium Japan の解釈、ニコラウス・アーノンクールやトン・コープマンなど、バロック演奏の先導者たちによる録音が挙げられます。テンポ、装飾、音色の違いにより、同じ曲でも祈り深い雰囲気からより劇的な表現まで幅広い表現が可能です。
テキストと神学的意味の読み解き
ヤコブの言葉は、単なる執着ではなく、祝福へ向かう信仰の確信を示します。バッハはこの主題を通して、信仰の執念と神の慈愛が交錯する瞬間を音楽化します。聴く者は、個人的な祈りの内面化と共同体の典礼的応答という二重の視点で曲を受け取ることができます。
現代の聴き方と意義
現代においてBWV 157は、コンサートでも礼拝でも演奏され、バッハの宗教音楽における“親密さ”を体験させてくれます。小さな編成だからこそ聞き取れる細かな表情や、ソロ楽器と独唱の化学反応は、現代の聴衆にも深い感動を与えます。また、テキストの普遍性──願いと祝福、執着と解放──は時代を超えて共感を呼びます。
結論
BWV 157〈われを祝福し給わずば、われ汝を離さじ〉は、バッハの宗教音楽の中でも特異な親密さと劇的緊張を併せ持つ作品です。編成の小ささを逆手に取った緻密な音楽設計と、聖書テキストを巡る深い神学的含意が、演奏者と聴衆双方の心に強い印象を残します。演奏の際は、テキストの意味を丁寧に紡ぎ、声とヴァイオリンの対話をいかに生き生きと再現するかが鍵となります。
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参考文献
- Bach Cantatas Website — BWV 157 テキストと注釈
- IMSLP — スコア: BWV 157
- Bach Digital — Bach Werke Verzeichnis(作品データベース)
- Wikipedia (English) — Ich lasse dich nicht, du segnest mich denn, BWV 157


