バッハ:BWV159「見よ、われらエルサレムにのぼる」——受難週に向けた深淵な音楽と神学的思索

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作品概説 — タイトルと位置づけ

「見よ、われらエルサレムにのぼる」(ドイツ語原題:Sehet, wir gehn hinauf gen Jerusalem)は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハのカンタータの一つで、BWV 159 の番号を持ちます。題名が示すとおり、イエスのエルサレム入城および受難へと向かう出来事を巡る主題を扱っており、受難週(特に受難を前にした礼拝)に関連する典礼的文脈の中で機能します。この作品はバッハの宗教カンタータ群のなかで、受難への内的準備と共同体的反応を音楽的に結晶させた一例と見なせます。

典礼的・テキスト上の背景

タイトルの文言は聖書の物語に根ざし、イエスがエルサレムに向かうことを宣言する場面と結びつきます。バッハの多くのカンタータ同様、この作品も聖書朗読、詩的な独唱詩句、そして教会旋律(コラール)を織り交ぜながら、個人の信仰と共同体の礼拝とを結び付けます。テキストは具体的な福音書の言葉を直接引用する場合と、詩的に受難を反映する箇所とが入り混じることが多く、聴き手に対して出来事の歴史性と現在性の両面を提示します。

音楽的特徴と構成の概観

BWV 159 は、バロック後期におけるバッハの成熟した語法を示す作品で、テキストの意味を細やかに音楽化する点に特徴があります。序奏的な合奏部(もしあれば)から始まり、独唱アリア、レチタティーヴォ、合唱(あるいは合唱に相当する応答)、そしてコラールで締めくくるというカンタータの典型的構成を踏襲している作品群の系譜に位置づけられます。

バッハはしばしば和声進行、対位法的な発想、リズム上のモティーフを通じてテキストを描写します。例えば、「上る」「歩む」「苦しみ」といった動詞は、上昇進行や推進力のあるリズムで表されることが多く、受難に関連する悲痛や決意は短調・内省的な和声や転調、そしてヴァイオリンやチェロの独奏的なパッセージによって表現されます。本作品でも、同様の手法によって〈歴史的出来事〉への注視と〈信仰的応答〉の両面が強調されると考えられます。

テキスト描写(ワードペインティング)の事例と解釈

バッハのカンタータでは、語句や概念が具体的な音型や和声進行に対応することが多く、聴く側は音楽を通じてテキストの意味を二重に受け取ります。たとえば「のぼる(hinauf)」という語が出てくれば、音域の上昇や上向きの伴奏型が用いられ、群衆や行進を示す場面ではリズミカルな反復が現れます。また、「悲嘆」「死」「裏切り」といったテーマは、半音階的下降や不安定な和音で表されることが多く、受難の暗い側面を音楽的に可視化します。

合唱とコラールの機能

バッハのカンタータにおける合唱・コラールは、単なる装飾ではなく教会共同体の声を代弁する重要な要素です。BWV 159 でも、コラールが終曲に置かれることで、個人の告白や詩的瞑想が共同体的な賛歌へと統合されます。コラールの旋律はしばしば既存の教会旋律(ルター派の伝統的メロディ)を使用し、その和声付けや対位法的展開によってテキストの神学的含意を一層明瞭にする役割を担います。

演奏実践上の留意点

  • 楽器編成と音色:バッハ時代の楽器(古楽器)を用いるか、現代楽器を用いるかで音色や実際の演奏感覚が大きく変わります。古楽アプローチでは弦のアーティキュレーションやバロック弓の使用、古調律(例えば415Hz)などが、より当時に近い響きを生みます。
  • テンポと発語:テキスト理解を基盤にしたテンポ設定が重要です。特にレチタティーヴォでは語尾の切り方、句読点に応じた音楽的呼吸を重視してください。
  • 合唱と独唱のバランス:合唱がある場合でも独唱者の内省的表現を損なわないよう、バランスを慎重にとる必要があります。伴奏楽器との対話的なバランスも作品理解に直結します。

神学的・精神的な読み解き

「見よ、われらエルサレムにのぼる」という命題は、単なる歴史的行路の描写ではなく、信者にとっての〈受難への内的な参加〉を促すものです。バッハは音楽によって、聴く者を出来事の当事者にする力を持ちます。カンタータの構造自体が個的省察と共同的応答を往復させることで、受難の神学(贖罪、従順、希望)を立体的に体験させます。

楽譜と史料—信頼できる情報源

BWV 159 に関する原典資料や写譜、学術的解説は専門のデータベースやカタログで確認できます。初期の写本や校訂版、近年の歴史的演奏研究に基づく版を参照することで、作曲当時の表記や演奏上の留意点が明確になります。研究者や演奏家はこれらの一次資料を照合して解釈を深めます。

代表的な録音と聴きどころ(聴取ガイド)

BWV 159 を聴く際は、以下の点に注目すると深い理解が得られます。まずテキストの各節に対する音楽的応答(ワードペインティング)を追い、次に独唱者と合唱の語り分け、最後にコラールが作品全体にもたらす総合的意味です。録音は古楽器アプローチと近代的な大型合唱の双方に特徴的解釈があり、異なる演奏伝統を聴き比べることで新たな発見があります。

受難カンタータ群における位置づけと後世への影響

BWV 159 は、受難週に向かう一連のカンタータ群のなかで、テキストと音楽が密接に連関した例の一つです。バッハのこうした作品群は、後世の作曲家や演奏実践において教会音楽の表現可能性を広げ、宗教音楽の劇的表現と神学的深度を同時に追求する伝統を強化しました。

まとめ — 聴き手への招待

BWV 159 は、受難へ向かう時期における信仰の緊張と希望を繊細に描き出すカンタータです。音楽的な技巧や和声の巧妙さが、単に技巧的な驚嘆に終わらず、テキストの神学的意味を豊かにするために用いられている点が重要です。演奏や聴取を通じて、歴史的出来事が現在の信仰体験へと転化されるプロセスに立ち会うことができるでしょう。

参考文献