バッハ『Weichet nur, betrübte Schatten』BWV 202:しりぞけ、もの悲しき影 — 春の到来を歌う独唱カンタータの魅力
導入 — しりぞけ、もの悲しき影
『Weichet nur, betrübte Schatten(しりぞけ、もの悲しき影)』BWV 202 は、ヨハン・セバスティアン・バッハが手がけた世俗的な独唱カンタータの代表作の一つです。タイトルが示す通り、影(悲しみや憂い)を追い払って春や愛、光を迎えるという詩的な主題が一貫しており、小編成の室内楽的な伴奏とソプラノ独唱による親密で表情豊かな音楽が特徴です。本稿では作品の背景、詩の主題、音楽構造、演奏上のポイント、そして鑑賞のための聴きどころを、できるだけ正確な史料に基づきつつ深掘りして解説します。
歴史的背景とジャンル
BWV 202 は世俗カンタータ(独唱カンタータ)に分類され、教会用の教会カンタータとは異なり、宮廷や私的な祝祭、沙汰の場で演奏されることを想定して作曲された作品です。バッハはライプツィヒやコーテン、ヴァイマールなどで教職や宮廷楽長を務める中で多数の世俗カンタータを書きましたが、BWV 202 はその中でも音楽的完成度が高く、特に歌詞と音楽の結びつきが巧みな作品として評価されています。作曲年代や初演の詳細については資料ごとに見解が分かれる点もありますが、18世紀前半に成立した独唱カンタータ群の中に位置づけられます。
テキスト(詩)と主題
詩は春の到来や恋の喜びを歌う内容で、影や悲しみを追い払い、自然の目覚めとともに心も晴れやかになるというテーマが反復されます。詩人の名字や出自が確定していない場合もありますが、バッハの世俗カンタータの多くが当時の宮廷や学術的な社交界の依頼によるもので、朗詠的かつ寓意的な言葉遣いが用いられます。歌詞の具体的なイメージを音楽がどのように描いているかを追うことが、BWV 202 を深く味わう鍵になります。
編成と曲の配置(概観)
BWV 202 は小編成で、ソプラノ独唱を中心に、独奏楽器(フラウト・トラヴェルソやヴァイオリンなど)と弦楽合奏、通奏低音が絡む室内楽的な編成が採られます。楽章はアリアとレチタティーヴォが交互に現れる構成で、最後に祝祭的な終結アリアで結ばれることが多く、全体として劇的な連続性よりも叙情性と即興的な語りが重視されています。
音楽的特徴と分析(深掘り)
1) メロディと言語表現:バッハはソプラノの旋律に非常に語り口のあるフレーズを与え、詩の抑揚や語尾のニュアンスを細かく音楽化しています。短い呼吸や休止、装飾音によって言葉が強調され、聴き手は文字どおり語りかけられるような感覚を得ます。
2) 調性と和声進行:穏やかな長調を基調にしつつ、悲しみや戸惑いを示す箇所では短調や予期せぬ転調、半音階的な進行が用いられます。バッハはこうした和声のコントラストで「影」と「光」を明確に描き分け、解決したときの安心感を音楽的に表現します。
3) 楽器の役割:独奏的伴奏(特に横笛やヴァイオリン)はソプラノと対話する役割を果たします。ソロ楽器はソプラノの感情を反復したり拡張したりして、語りの余韻を音で受け止めます。これにより作品全体が小規模なオペラ的場面のような構成を得ます。
4) リズムと舞曲性:アリアの中には舞曲風のリズムや反復フレーズが見られ、春の明るさや躍動感を踊りのように表現します。一方でレチタティーヴォでは語りのリズムに従って自由にテンポが変化し、言葉の意味を優先する演奏が求められます。
演奏上のポイント(実践的観点)
・装飾とアーティキュレーション:原典写本や当時の慣習を踏まえると、ソリストは装飾音を効果的に使って語句を装飾することが期待されますが、過剰な装飾はテキストの意味を曖昧にします。フレーズごとの言葉の区切りを大事にし、語尾のディクションを明瞭にすることが重要です。
・ピッチとテンポ:バロック演奏史的にはピッチは現代より低め(例:A=415Hz 前後)が用いられることが多く、これにより声と古楽器の相性が良くなる傾向があります。テンポはアリアごとに性格が異なるため、歌詞の感情に即したテンポ設定が求められます。
・伴奏のバランス:小編成であるがゆえに伴奏が歌を覆い隠してしまわないよう、通奏低音(チェロ、コントラバス、チェンバロなど)と独奏楽器のバランスを丁寧に調整する必要があります。特にフラウトやヴァイオリンのオブリガートはソロ的な位置づけのため、ソプラノと相互作用するよう合わせることが肝要です。
代表的な録音と解釈の違い
BWV 202 は録音が多数存在し、古楽器アプローチと現代楽器アプローチで色合いが大きく変わります。古楽器団体による演奏は透き通った音色と軽やかなリズム感が強調され、語り口の自然さが際立ちます。一方、近代的な楽器を用いた録音では温かみのある弦の響きと濃密な表現が魅力となります。ソプラノの声質—軽やかなリリコ・レッジェーロから豊かなフル・ソプラノまで—により、同じ楽譜から多様な表情が生まれるのもこの作品の面白さです。
鑑賞ガイド — 聴くときの着眼点
- 冒頭から詩が提示される瞬間に注目し、バッハがどのように言葉を音に変換しているかを追う。
- 独奏楽器と声部の対話を聴き分け、楽器が語る“もう一つの声”に耳を傾ける。
- 和声の変化や半音階的な動きを手掛かりに、感情の揺れや解決を感じ取る。
- レチタティーヴォでの発語(ディクション)とアリアでの旋律の連続性が、ひとつの物語を紡ぐ過程を感じる。
まとめ — 小さな編成に込められた大きな表現力
BWV 202『Weichet nur, betrübte Schatten』は、規模は小さいながらテキストと音楽が緊密に結びついた完成度の高い世俗カンタータです。バッハの深い語り口、巧みな和声処理、そして独奏楽器と歌の繊細な対話によって、春の光や愛の喜び、影の消失といったテーマが色鮮やかに描き出されます。演奏・鑑賞の両面で何度でも新たな発見がある作品であり、古楽・現代的解釈を問わず多様な演奏が楽しめる点も魅力です。
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参考文献
- Bach-Cantatas.com: BWV 202 'Weichet nur, betrübte Schatten'
- IMSLP: Weichet nur, betrübte Schatten, BWV 202 (score)
- Wikipedia: Weichet nur, betrübte Schatten
- Bach Digital: Work BWV 202


