バッハ:BWV 216a「選ばれたプライセの町」を読み解く—成立・来歴・復元の視点から
はじめに
BWV 216a(通称の邦題としてここでは「選ばれたプライセの町」と呼ぶ)は、ヨハン・セバスティアン・バッハの周辺に伝わる世俗カンタータ群の一つで、現存資料が断片的であり作曲者帰属や成立事情に不確定要素を多く含む作品です。本コラムでは、来歴や作品の位置づけ、音楽的特徴、近現代での復元・上演に向けた考え方を整理し、聴きどころや研究の留意点を提示します(以下、未確定な点は明記します)。
作品概要と現存状況
BWV 216a は世俗的な祝典用カンタータであったと考えられており、タイトルや詩の断片からは地元の都市や川(Pleiße=プライセ)を讃える内容であった可能性が示唆されます。ただし、楽譜(自筆譜)全体が残されていない、あるいは散逸・断片化しているため、今日の版で聴ける形は復元や仮定に依拠する部分が多くあります。
成立と来歴(不確定性の整理)
Bachの世俗カンタータ群には、市民祝典や選挙、大学行事、個人的な祝辞など多様な場面での作品が含まれます。BWV 216a がまさにその一例で、地元の祝祭に向けた「祝賀カンタータ」であった可能性が高いものの、以下の点で研究上の注意が必要です。
- 原詩(台本)が誰によるものか不明の箇所が多く、ピカンダー(Picander)など既知の詩人との直接の結びつきが確定していない。
- 楽譜の完全な自筆譜が残っていないため、編成(独唱・合唱・器楽編成)や各楽章の音楽的内容の多くは断片やパラレルなパロディ(既存曲からの流用)を手がかりに推定されている。
- 長年にわたり写本や口承による伝承が混在してきたため、異なる写本間でテクストや音符が食い違う箇所がある。
以上の事情からBWV 216a は確実に現存する「完全作品」として扱うには限界があり、研究・演奏は常に根拠の明示が求められます。
音楽的特徴(推定を含む)
断片的な資料から読み取れる範囲で、本作に期待される音楽的特徴を整理します。
- ジャンル的性格:祝賀的な合唱で幕を開ける序曲的な構成、舞曲風のアリア、レチタティーヴォを交えたドラマ性のある展開など、バッハの他の世俗カンタータと共通する形式的な構成が想定される。
- 編成:弦楽器群を中核とし、トランペットやティンパニが加わる祝祭的編成が用いられた可能性があるが、具体的な配器は現存資料に依るため確定的ではない。
- 素材のパロディ性:バッハはしばしば宗教曲から世俗曲へ、あるいは逆方向に音楽素材を適用(パロディ)しているため、BWV 216a でも既存のモチーフや楽章が別作品と関連している可能性がある。これは欠損部分の補填や復元作業で有力な手がかりとなる。
復元の論理と実務
BWV 216a のような断片的作品を現代に甦らせる際には、複数のアプローチが併用されます。
- 一次資料の徹底的調査:写本、台本、典礼書、当時の目撃記録などを総合して、どの程度の音楽資料が原型に近いかを判定する。
- パロディ源の特定:バッハが同時期に手がけた他作品との共通素材を探し、欠落部を埋める際のモデルとする。
- 作曲技法の再現:和声的進行・対位法・リズム・装飾法などバッハ固有の書法を参照し、補筆・再構成を行う。ここでは学術的な透明性(どこを補ったか明示すること)が不可欠である。
- 実演による検証:歴史的演奏慣行(音量バランス、テンポ設定、装飾の扱い)を踏まえたリハーサルを通じ、復元案の妥当性を検討する。
復元された版には、学者・演奏家によって異なる解釈があり得るため、複数の版本や録音を比較して聴くことが重要です。
演奏・聴きどころ(実践的アドバイス)
BWV 216a を鑑賞する際には、以下のポイントを意識すると理解が深まります。
- テキスト優先で聴く:世俗カンタータはその場の祝辞や風俗と密接に結びつくため、詩の語り口や祝辞としての構造に注目すると、音楽の「機能」が見えてくる。
- 断片性を理解して聴く:現存版は復元や仮説に基づく箇所が含まれることを前提に、どの部分が原曲由来でどこが補筆かを示した版注を参照することを勧めます。
- 対比に注目:祝祭的な合唱と個人のアリア、レチタティーヴォによる語りの対比は、バッハの他の世俗作品にも共通する聴きどころです。
現代研究の意義と課題
BWV 216a のような断片作品を研究・上演することは、バッハ受容史や18世紀の地方祝祭文化の理解を深めるうえで重要です。一方で、復元や演奏は想像力に依存する部分も大きく、学術的透明性(補筆箇所や仮説の明示)と演奏芸術としての説得力のバランスが常に問われます。
まとめ
BWV 216a は、バッハ研究における「現在進行形の課題」を象徴する作品です。断片的な資料を手がかりに、パロディの可能性、成立事情、復元の方法論を明確にしながら音楽を現代に再生する作業は、学術と実演が協働することで初めて成立します。聴き手としては、享受する喜びとともに、どこまでが原曲でどこからが復元かという視点を持つとより深い鑑賞が可能です。
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参考文献
- Bach Digital(データベース) — バッハ作品の原典情報や写本所蔵情報を検索できます。
- List of cantatas by Johann Sebastian Bach(Wikipedia) — BWV一覧と個別作品の概説。
- Bach Cantatas Website — 世俗・教会カンタータの解説・資料集。
- IMSLP(国際楽譜ライブラリープロジェクト) — 公表譜・写本の公開資料。
- Dürr, Alfred & Jones, Richard D. P., "The Cantatas of J. S. Bach" — カンタータ総説(学術的基礎文献の一つ、詳細は版を参照)。


