バッハ:BWV239『サンクトゥス ニ短調』──短くも深い礼拝音楽の世界
導入:BWV239とは何か
J.S.バッハの作品目録(BWV)における番号239は、短い『サンクトゥス(Sanctus)』の設定に充てられています。本稿では、史的背景、楽曲の構造的特徴、演奏上の注意点、比較考察、そして現存資料と版の問題点までをできる限り丁寧に掘り下げます。BWV239は長大なミサ曲の一部とは異なり、典礼での実用を意図した短縮された聖歌的作品として位置づけられることが多く、その簡潔さの中にバッハの宗教音楽の本質が凝縮されています。
史的背景と成立事情
『サンクトゥス』はカトリック・ルター派を問わずミサの重要な一節で、バッハは生涯にわたり複数の『サンクトゥス』設定を残しました。BWV239に関しては、一般に教会での典礼使用を念頭に置いた短い合唱曲であり、長大なミサ曲や荘重な宗教劇とは別枠で編まれた作品と考えられています。自筆譜(オートグラフ)が現存するかどうか、あるいは成立年代については確定していない部分もあり、写本や早期の版を通じて伝来した可能性が高い旨が専門家の間で指摘されています(出典参照)。
編成と楽譜の現状
BWV239は一般に四声(ソプラノ、アルト、テノール、バス)による合唱と通奏低音(チェンバロあるいはオルガン+チェロ・ヴァイオローネ等)を基本とする短い設定であると見なされています。オーケストラ的な規模を必要とする派手な楽器群を伴う作品ではなく、典礼の実用性を重視した室内的・教会的な編成が想定されます。ただし、演奏史の中で後補的にオーボエやトランペットを加えて演奏される例もあり、編成は時代や演奏者の解釈によって柔軟に変化してきました。
音楽的特徴と構造
BWV239の大きな特性は「簡潔さ」の中に見られる書法の凝縮です。サンクトゥス部分は通常、平静かつ荘重な和声進行で始まり、テキストの『聖なるかな』という反復句に対して和声進行と対位法的な処理が施されます。バッハは短い楽曲でも対位法やモチーフの展開を怠らず、限られた時間の中でテキストの意味を照らし出すように音楽を構成します。
多くのサンクトゥス設定同様、続く『ホサンナ(Hosanna)』で短いフーガ風の扱いが現れることがよくあります。ホサンナ句は繰り返しと対位法的な声部間の応答を通じて礼拝的なクレッシェンド(高揚)を作り出し、通常は繰り返しの最後に歓喜的または荘厳な終結部へと導かれます。BWV239でも、テキストの反復と声部間の模倣が核心的な役割を果たしている点が注目されます。
和声と対位法:短い楽曲に見られるバッハ流の濃縮
短いサンクトゥスという制約があるからこそ、バッハは和声法や対位法をより密度高く配置します。例えば、主要動機が低声部で提示され、高声部がそれに応答するという基本的な対位の手法を用いることで、短時間に豊かな音楽的展開を生み出します。また、内声部の独立性を保ちながらも和声的な方向性は明確に保たれ、テキストの各語句に適切な音響的色彩を与えます。
典礼的機能と演奏実践
BWV239は典礼の中で『サンクトゥス』として演奏されることを想定して作られているため、実際の教会使用を考慮した演奏実践が重要です。テンポ設定は静謐さと荘厳さのバランスを取り、通奏低音のリズム感と和声感を重視して合唱が歌うことが求められます。歴史的演奏(HIP)では小編成の合唱・通奏低音での実演が主張される一方、20世紀以降の大規模合唱・現代オーケストラ編成での上演例も多数あります。どのアプローチを取るかは音響環境や典礼的文脈、解釈上の選択によって変わります。
比較:BWV239とバッハの他のサンクトゥス/ミサ曲
バッハの作品群には長大な『ミサ曲ロ短調(BWV232)』の中に含まれるサンクトゥスなど、さまざまな規模のサンクトゥス設定があります。BWV239のような短い設定は、日常の典礼や特別な礼拝の中で実用的に用いるためのものとして機能しました。これと対照的に、ミサ曲ロ短調におけるサンクトゥスは大規模かつ儀式的な性格を持ち、管弦楽や大合唱を伴います。BWV239は簡潔さゆえに即時的な宗教的効果を狙い、短時間でテキストの核心に迫る設計になっています。
写本・版の問題と研究上の諸点
BWV239に関する研究では、原典資料の有無、成立年代、編成などに関する議論が続いています。多くの小規模教会作品と同様、自筆譜が残っていない場合は写本や後世の版を比較検討して成立事情を推定することになります。写本間の相違(声部の移動、和声の補訂、器楽伴奏の追加など)を丹念に検証することで、当初の意図に近い演奏写本を復元する試みが行われています。
演奏と録音の現場からの実践的アドバイス
- 合唱編成:小規模の教会合唱(各声部2〜3人程度)での演奏は、バロック様式の明晰さと各声部の独立性を生かしやすい。
- 通奏低音:オルガンまたはチェンバロが中心。低音補強のためにチェロやコントラバスを加える場合は、和声の輪郭を損なわないようにする。
- テンポとアーティキュレーション:テキストの呼吸と語感を優先し、過度な遅速を避ける。短い楽曲なので表情づけは細部で行うのが効果的。
- 演奏空間:教会など残響のある空間ではテンポを少し抑え、ハーモニーの混濁を避けるためにテクスチュアを明確にする。
現代の受容とプログラミング
BWV239のような短い礼拝曲は、コンサートの前半やアンコール、さらには宗教曲をテーマにした小規模プログラムの中で重宝されます。長大な宗教作品と組み合わせることで、対比効果を生み出すことも可能です。また、教育的プログラムではバロック合唱の入門曲として取り上げられることが多く、対位法や通奏低音の実践的理解に役立ちます。
まとめ:短小ながらも示唆に富む一曲
BWV239『サンクトゥス ニ短調』は、その短さゆえに見落とされがちですが、バッハが礼拝音楽に求めた要請(テキストの明瞭な提示、礼拝的効果、実用性)を凝縮した作品です。原典資料や成立事情には未解明の点も残りますが、音楽的には対位法と和声の緊密な結合により、短時間で強い宗教的表現を生み出す点で特筆に値します。演奏にあたっては編成やテンポ、通奏低音の扱いに配慮することで、バッハの意図に近い響きを現代に再現できるでしょう。
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参考文献
- IMSLP: Sanctus, BWV 239 (Bach, Johann Sebastian)
- Bach Cantatas Website: BWV 239
- Bach Digital (総合検索ページ)
- Oxford Music Online / Grove Music Online(記事検索)
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