バッハ:BWV 240『サンクトゥス(ト長調)』徹底解説 — 歴史・構造・演奏のポイント

作品概要

Johann Sebastian Bach の『サンクトゥス(ト長調)』BWV 240 は、カトリック・あるいはルター派の典礼内で唱えられる「Sanctus(聖なるかな)」のテキストに基づく短い合唱曲です。ト長調という明るい調性と、祝祭的な音色を想起させる和声進行により、礼拝の頂点を飾る華やかなフィナーレ的役割を果たします。楽曲は比較的短く、合唱と器楽(弦楽器・通奏低音)を基礎に、祝祭性を強めるためにトランペットやティンパニが加わる編成で演奏されることが多いのが特徴です。

歴史的背景

Bach が手掛けた多くの宗教曲と同様に、サンクトゥスのための小品群は、礼拝での使用や儀礼的な場面を念頭に置いて作曲されました。BWV 240 の成立時期については諸説ありますが、総じて彼の教会音楽制作が活発であったライプツィヒ在任期(1723 年以降)に関わる断片や改訂が含まれていると考えられています。短い祝祭作品として、カンタータや典礼的なミサ形式の一部として用いられた可能性もあります。

テキストと典礼上の位置

Sanctus のラテン語テキストは「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主」が主題であり、続く「Pleni sunt coeli et terra gloria tua」(天と地はあなたの栄光に満ち)へと展開します。典礼ではキリエやグロリアと同じく、ミサの中心部で神の崇高さを称える役割を担います。Bach はこの短いテキストを、音楽的に凝縮して表現することに長けており、テキストの強勢や反復を対位法や和声の展開で鮮やかに描き出します。

楽曲構造の概観

BWV 240 は、一般に次のような要素で成り立っています。

  • 導入部(Sanctus) — 和声的に明快で、短い動機が合唱によって繰り返される。しばしば弦とリズム的な伴奏の上に、声部が主要動機を表出する。
  • 展開/中間部(Pleni sunt coeli) — テキストに応じて音楽が拡大し、豊かなハーモニーや対位法的な動きが現れる。合唱のテクスチュアが厚くなり、器楽もより活発になる。
  • 終結(Osanna) — 短いフレーズの反復や、しばしばフーガ風の扱いによる締めくくり。祝祭的な終止感を強調するため、金管や打楽器が加わることがある。

和声と対位法の特徴

Bach のサンクトゥスに見られる和声的特徴は、単純な祝祭曲以上の深さを持ちます。ト長調の明るさを用いながらも、属和音や二次ドミナントを巧みに挿入して緊張と解放を作り、短いフレーズの中でドラマを生み出します。また「Sanctus」「Pleni」「Osanna」といった語句の反復に対して、対位法的処理(模倣や逆行、左右声部の掛け合い)を用いることで、限られた時間の中に濃密な音楽的展開を詰め込んでいます。

編成と音色の使い分け

伝統的に BWV 240 のような祝祭的サンクトゥスは、合唱(SATB)に弦楽器群と通奏低音を配し、華やかさを加えるためにトランペットやティンパニが加わります。Bach はトランペットを「祝祭の色」として用いることを好み、ト長調の輝かしさを強調するうえで有効に使っています。しかし、現代の歴史的演奏実践(HIP)では、声部数や弦の人数、金管の有無などが多様であり、教会の規模や用途に応じた縮小編成でも成立する柔軟性があります。

演奏・解釈のポイント

  • テンポ感:テキストの語勢と音語的な自然さを優先しつつ、儀礼性を損なわないテンポ設定が望ましい。過度に速めると祝祭感は出るがテキストが不明瞭になりやすい。
  • アーティキュレーション:短い動機の反復が多いため、明瞭なアーティキュレーションと声部の輪郭づけが重要。合唱は溶け合いつつも各声部の独立性を保つ。
  • 息遣いと句読点:ラテン語の語尾や母音を大切にし、語の意味に応じてフレージングを決めると、音楽的表情が自然に生まれる。
  • 装飾とディナーミクス:バロック的な装飾は控えめにし、音量変化(クレッシェンド/デクレッシェンド)で劇的効果を出すことが多い。

版と写本・テクスト源

BWV 240 を含む短いサンクトゥス群は、原筆稿の散逸や複数の写本を通じた伝承があり、現代の演奏者は校訂版や複数の写本を参照して解釈の基準を定めます。現代の標準全集(Bach-Gesellschaft や Neue Bach-Ausgabe)では、史料批判に基づいた校訂が行われており、そこから演奏用の楽譜が作られています。楽譜を選ぶ際は、装飾や連桁、声部割り当ての解説が付された版を参照するとよいでしょう。

代表的な録音と聴きどころ

BWV 240 は短い曲ながら、演奏者の編成や解釈によって印象が大きく変わります。歴史的演奏実践に基づく小編成の演奏では、声部の明晰さと対位法の透明性が際立ちます。一方、大編成と現代的な音響を用いる録音では、祝祭的で圧倒的な音色が強調され、典礼的な厳粛さよりコンサート的な華やかさが前面に出ます。聴く際の注目点は、トランペットやティンパニの用いられ方、合唱の語尾処理、そして「Pleni」から「Osanna」へのエネルギーの高まりがどのように構築されているかです。

実践的な聴きガイド

初めてこの曲を聴く場合は、まずテキスト(ラテン語)を目で追いながら、どの語句が音楽的に強調されているかを確認してください。次に、弦や管の伴奏が合唱に対してどのような役割を果たしているか(支え、リズム推進、音色のコントラスト)に注意を向けると、Bach の小品における緻密な音響設計が見えてきます。最後に、フレーズ終わりの処理やテンポの揺らぎを聴き比べ、異なる解釈の持つ効果を味わってください。

まとめ

BWV 240『サンクトゥス(ト長調)』は、短いながらも構成の巧みさと祝祭性に富んだ作品です。Bach の教会音楽の中で、典礼的要素と音楽的完成度が見事に融合した例であり、演奏解釈の幅が広いことから、録音や演奏会で多様な表情が楽しめます。合唱と器楽が一体となって描く「聖なるかな」の高揚感を、テキストと音楽の両面で味わうことがこの曲を深く理解する鍵となります。

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参考文献