バッハ BWV 535a 前奏曲とフーガ ト短調 — 詳細分析と演奏ガイド

作品概観:BWV 535aとは何か

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(J.S.バッハ)のオルガン曲「前奏曲とフーガ ト短調」は、一般にBWV 535として知られていますが、写本や稿本の異同により「535a」として区別される版が存在します。BWV番号は後世のカタログ番号であり、Bach-Werke-Verzeichnis(BWV)により作品を整理したものです。535aはしばしば535の別稿、あるいは演奏上の異同を含む写譜として扱われ、曲自体はト短調の厳格で陰影ある世界観を持つオルガン作品です。

史料と成立事情(概説)

BWV 535/535aに関する一次資料は複数の写本に分かれて残されています。これらの異同は、バッハ自身の手によるもの(自筆譜)なのか、弟子・写譜家によるものなのか、あるいは後代の改訂なのかといった問題を招いています。現代の校訂版や専門書では、535aを別稿として掲げ、楽曲の細部──符尾、連結、装飾、さらには和声付けや声部の扱いにおける差異──を比較することが行われています。

成立年代については、明確な自筆譜の日付が存在しないため、バッハのライプツィヒ時代(1723年以降)に整理・写譜された可能性が高いとされますが、確定的な年月は不明です。教会オルガン曲としての性格を持つこの作品は、礼拝や説教前後の実用的な演奏目的と、作曲家としての高度な対位法の試みが同居しています。

楽曲の構成:前奏曲(Präludium)

前奏曲は緊張感に満ちた序章で、ト短調という調性がもたらす暗さと厳格さが前面に出ます。冒頭は明確なモチーフを提示し、それが展開・変形されることで曲の骨格を形成します。下声に刻まれるバスやペダルの持続音(あるいは連続した低音パターン)に対して、上声が装飾的に動き、点描的なテクスチャと和声進行が交互に現れるのが特徴です。

和声的には、短三度と五度の強調、属和音の反復や短い転調が用いられ、終盤に向けて緊張が高まる構成をとります。楽式的には自由形式に近く、即興性を想起させる部分と厳格な対位的処理が混ざり合うことで、オルガン曲としての豊かな表現幅を得ています。

楽曲の構成:フーガ(Fuga)

フーガは主題(テーマ)の提示から始まり、複数の声部による厳格な模倣進行で構築されます。ト短調の主題はしばしば短く、明確なリズム形態を伴い、これが転回・伸展・縮小されながら各声部に現れます。典型的なバッハのフーガでは、主題の提示→応答(属調等)→エピソード(主題の断片的展開)→再現→コーダというダイナミクスが見られますが、535/535aのフーガもその流れを踏襲しつつ、作曲家独特の和声処理と声部交替の巧みさが際立ちます。

対位法的な観点で注目すべきは、バス(ペダル)の役割が単なる低音補強に留まらず、主題の声部の一つとして対等に機能する点です。これによりフーガ全体のテクスチャが豊かになり、終結部での総奏(tutti)的な効果が高まります。

版の差異(535 と 535a の相違点)

  • 写本間の符点・符尾・装飾の違い:装飾音やスラー表記の有無により演奏解釈が変わるケースがある。
  • 和声・声部の補訂:一部の写本では和声付けや対旋律の補筆が見られる。
  • 拍節感やアーティキュレーションの示唆:連結記号や休符の長短等の差でフレージング観が変わる。

これらの差異は、演奏者や校訂者にとって解釈上の選択肢を与えるものであり、どの版を採用するかが演奏の色合いを左右します。したがって演奏・録音を行う際は原資料の比較が重要です。

演奏上のポイントとレジストレーション(登録)

オルガン作品としての演奏では、以下の点が特に重視されます。

  • 音色設計(レジストレーション):ト短調の暗さを活かすために、低音側には16'や8'の豊かな基音を、上声には8'や4'の明瞭な音色を用いると良い。対比のために中間部でストップを絞るなど、ダイナミクスに変化を付けることも有効。
  • テンポ:前奏曲はテンポ感を一定に保ちつつ、フレーズごとの呼吸を明確にする。フーガは主題の輪郭が明瞭に聞こえるテンポを選ぶことが肝要で、速すぎると対位法の構成が不明瞭になりやすい。
  • アーティキュレーション:装飾音や連結をどの程度明示するかは資料に基づいて判断する。古楽奏法に基づく軽いスタッカートやレガートの差異が作品の性格を変える。
  • ペダルの扱い:ペダルの音色はフーガで重要な役割を果たすため、独立した力強さと明瞭さが求められる。バス声部が主題を提示する箇所では、音の輪郭を明確に取る。

様式的な位置づけと比較

BWV 535/535aは、同時代あるいは近時期のバッハのオルガン曲群と並べて聴くことで、その特色がいっそう明らかになります。例えば、より大規模でフランス的色彩の強いトッカータや、教会カンタータのオルガン曲と比べると、535系はやや簡潔で機能的な面が強いと言えるでしょう。一方で対位法の技巧や和声の深さは、晩年の高度な作品群に通じるものがあります。

校訂版とスコアの選び方

写本間の差異を踏まえると、演奏用には信頼できる校訂版(学術的注記付き)を選ぶことが推奨されます。大学出版や大手楽譜出版社が出している注釈版には、各写本の相違点の注記が含まれていることが多く、演奏解釈の根拠を得やすくなります。原典版(Urtext)や、複数写本を比較した批判校訂版を併用すると良いでしょう。

注目録音と演奏家(参考)

歴史的・現代的な視点で多くの録音があります。古典的な名演としてはヘルムート・ワルヒャ(Helmut Walcha)やマリー=クレール・アラン(Marie-Claire Alain)などの録音が挙げられ、どちらもバッハのオルガン作品解釈で高い評価を受けています。近年では歴史的演奏慣習に基づく音色設計やテンポ感で再解釈された録音も多く、複数の演奏を聴き比べることで楽曲理解が深まります。

聴きどころ(リスニングガイド)

  • 前奏曲:冒頭のモチーフの提示とその変容に注目。左手(あるいはペダル)に現れる低音の反復と上声の対比がドラマを作る。
  • フーガ:主題の初出と各声部での追従、エピソードに現れる動機の分割・転調技法、終結部での全声部の総合力に耳を傾けると、バッハの対位法の妙がよく分かる。
  • 版の違い:異版がある場合、装飾や連結の差異が音楽の印象をどう変えるかを比較してみると面白い。

研究上の論点と今後の課題

535aを巡る主要な論点は、稿本の由来(自筆か写譜か)、どの差異がバッハ自身の意図であるか、そして演奏実践における版の扱いです。近年はデジタル化された写本資料の公開が進み、写本間比較やスタイル分析が容易になっています。将来的には、写本の筆跡解析やインク・用紙の化学的検証などを含む学際的研究によって、より確かな成立史が明らかになる可能性があります。

まとめ

BWV 535a(および535)は、ト短調の厳格さと深い表現力を持つオルガン作品です。写本間の異同は演奏解釈の幅を広げ、演奏家には楽譜批判と歴史的理解が求められます。聴き手にとっては、前奏曲の即興的で陰影ある語り口と、フーガの緻密な対位法が織り成す緊張感こそがこの曲の魅力です。原典資料に基づいた比較・検討を行い、複数の演奏を聴き比べることで、より深い鑑賞が可能になります。

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参考文献